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鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第3章 黒髪の侠女

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第12話 逃げの一手

 ヤリらしき得物を構えた『女晄石狩り(ハンター)』のただならぬ剣幕に、ジャンはタスクの背にサッと隠れた。

 

「なんだ、あのネエちゃん……⁉︎ あんなデケえヤリをまるで棒っきれみてえに軽々振り回してんぜ……! あの細っそい身体のどこにあんなパワーがあんだ……⁉︎」

「……『(げき)』だ」

「あ? ゲキ?」

 

 タスクは『女晄石狩り(ハンター)』の得物を指差し続ける。

 

「穂先の側面に三日月状の刃が付けられているだろう。あれは神州の長柄武器で『戟』と呼ばれる物だ。文献で読んだだけで実際に眼にするのは初めてだが」

「へー……って、んなコトどうでもいいんだよ! なんかあのネエちゃん、今にも襲い掛かって来そうじゃね⁉︎」

「ああ、なんとか誤解を解かなければ」

 

 先ほどまでとは打って変わったタスクの弱気な様子をジャンは不思議に思った。

 

「どうしたんだよ? さっきまでアンタもやる気マンマンだったのによ」

「……女子(おなご)と刃を交えるのは気が進まない」

「アンタ、フェミニストだったのか」

「『ふぇみにすと』とは————いや、言っている場合ではない、か」

 

 タスクはカタナを鞘に収めて『女晄石狩り(ハンター)』に敵意が無いことを示した。

 

「————聞いてくれ。俺の名はタスク・クサカベ。ここには人を捜しに来ただけで、人違いと分かったからにはお前たちをどうこうするつもりはない。即刻退散するから、お互い刃を引いて手打ちとしよう」

【今更怖じ気づいてもダメだね。仲間の前で刃を見せたんだ。ここを出たかったら、あたしを倒すしかアンタたちに道はないよ……!】

 

 停戦を呼び掛けたタスクだったが、『女晄石狩り(ハンター)』は神州語でまくしたて威嚇するように再び得物を突き出してきた。言っていることは分からないが、取りつく島もないその様子にジャンは頭を抱える。

 

「こりゃ無理だ。お互いナニ言ってっか分かんねえんだもん……」

「……仕方ない。『ばいく』を停めている場所まで退()くぞ、ジャン」

「え?」

 

 タスクはむんずとジャンの襟首を掴むと、残った手で何やら(いん)を結び始めた。

 

「……オン イダテイタ モコテイタ ソワカ、(はや)き翼を我が脚へ————『韋駄天(イダテン)』!」

「うおッ⁉︎」

 

 次の瞬間、ジャンは凄まじい速度で身体が引っ張られるのを感じ思わず眼を閉じた。まるでバイクをフルスロットルで飛ばしているような疾走感が全身を包み込む。

 

「————着いたぞ」

「へっ?」

 

 地面に下ろされた感触を覚えたジャンが眼を開けると、眼の前に鈍い光を放つ愛車・ゼフィール号の姿が見えた。

 

「早く『えんじん』を掛けろ。もうこの街に用はない」

「え? え? ゼフィール号? なんで? ゴロツキたちのエリアに置いてきたはずじゃあ……⁉︎」

 

 いまだ事態を飲み込めない様子のジャンに緑髪のタスクが説明する。

 

神州(シンシュウ)人たちの住処(すみか)から走ってきた」

「はあ⁉︎ 走ってきたって、こっからあそこまで10分ぐれえは掛かったろ⁉︎」

「『韋駄天』の力だ。簡単に言えば脚が物凄く速くなる」

 

 そう言うと、タスクの緑掛かっていた髪色が元の黒色に戻っていく。

 

「……また『カミオロシ』のチカラかよ……って、そんなに速く走れんなら、わざわざ俺を雇う必要なんかなかったんじゃねえのかよ⁉︎」

「無理を言うな。常にあの速度で走れば身体が壊れてしまう。そんなことより早くしろ。あの女子(おなご)が追いついて来る前にこの街を出るぞ」

「あ、ああ。分かったよ……」

 

 立ち上がったジャンはお尻の土埃をパンパンと払ってゼフィール号にまたがった。

 

「しっかし、さすがデキるハヤブサのシュウちゃんだぜ。しっかりゼフィール号を守ってくれてたんだな————」

「————ピイィッ‼︎」

 

 その時、当のシュウの鳴き声が響き、タスクとジャンが同時に顔を向けた。

 

【……ふーん。ハヤブサか。ずいぶん訓練されてるようだね】

 

 そこには二階建ての家屋の屋根の上でシュウを鷲掴みにしている黒髪の女の姿があった。

 

「シュウ! って、なんであのネエちゃんがもう追いついてんだよ⁉︎」

 

 慌てふためくジャンを制してタスクが黒髪の女————リンファを睨みつける。

 

「シュウを離せ……!」

【コイツをどうこうする気はないよ。こう見えても動物は好きだからね】

 

 リンファが手を離すと、解放されたシュウは力一杯羽ばたいて距離を取った。リンファの手に捕らえられて、さすがのシュウも動揺しているようだ。

 

 リンファは指に付いたシュウの羽毛をフッと息で払うと、依然鋭い視線を向けて来るタスクを興味深そうに見下ろした。

 

【……この大陸に来てから、あたしと同じくらいの速度で走れる奴は初めて見たよ】

「…………」

【お前……よく見てみると、その(とう)扶桑(フソウ)国の(こしら)えだね。師父から聞いたことがあるよ。扶桑国には神仏の力を自分の身体に宿す不思議な術を使う一族がいるってね……】

 

 ここまで神州語で話したリンファは言葉を区切って屋根の上から音も無く着地した。常人には真似できない見事な身のこなしである。

 

【最初は仲間にちょっかいかけてきた奴を懲らしめてやろうと思ってただけだったんだけど、お前自体に興味が湧いてきたよ】

 

 楽しげな表情を浮かべたリンファは戟をタスクに突き出して続ける。

 

【さあ……。ここから出たかったら、あたしと闘って勝つしかないよ。扶桑国のサムライ……!】

 

 そう口にするリンファの全身からは(かす)かにオーラのようなものが漂っていた。

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