第7話:響けドリル、唸れ毒舌。鋼の胃袋に風穴を空けなさい!
第7話:響けドリル、唸れ毒舌。鋼の胃袋に風穴を空けなさい!
鉱山都市バラムの地下深く、巨大な歯車が悲鳴を上げながら回転を再開した。
「効率」という名の怪物に呑み込まれたドワーフたちが、ピッケルを構えたまま不自然に静止し、その背後から鋼鉄の床を突き破って「それ」が姿を現した。
巨体はすべて錆びついた金属で構成され、頭部には巨大なドリルが三基、唸りを上げている。
【BOSS:重機竜ギガドリル(試作型)】
※警告:この個体は「最適化」を妨げるノイズを粉砕するために設計されました。
「ちょっと待ちなさいよ、試作型ってなによ! アタシたち、デバッグ作業員じゃないのよ!?」
ヒカリの怒声が響く中、ギガドリルが猛烈な勢いで回転し、一行に向かって突進してきた。
「やれやれ。比喩的に言うなら、今の僕たちは『精密機械の中に放り込まれた、一粒の砂利』といったところかな。……あぁ、今の表現は少し平坦だった。もっとこう、月夜に濡れるカラスの羽のような……いや、思い出せない。」
サエキが眉間に皺を寄せる。比喩のキレが鈍るたびに、彼のNPC化までの日数が目減りしていくのが、ヒカリの視界には見えていた。
「サエキ、御託はいいから撃ちなさい! カゼキリバッサリでもなんでもいいわよ!」
「了解した。……風よ、バッサリといこうじゃないか。『カゼキリバッサリ』!」
サエキが放った真空の刃が重機竜の装甲を削るが、火花が散るだけで決定打には至らない。
「拙者に任せるでござる! この鋼の化け物、武士の魂で切り刻んで……あれ? 拙者、なんでござるって言ってるのでござるか? そもそも侍って、給料制だったのでござるか……?」
クニオが刀を抜いたまま硬直する。彼の語尾「でござる」が、キャラ設定ではなく「システムのバグ」としてループし始めていた。
「クニオ! アンタ、自分のキャラ設定まで忘れてんじゃないわよ! タツヤ、アンタも何とかしなさい!」
「へへ……ヒカリさん、大丈夫ですよ。ほら、このボタンを連打すれば、なんだか『当たる』気がするんだ……!」
タツヤが、虚ろな目で宙に浮かぶスロット型の魔法インターフェースを叩き続けている。
「ハナレテミーナ! ハナレテミーナ! ああ、当たらない! 全然当たらないよ!」
「ハナレテミーナはエンカウント率を下げる魔法よ! 戦闘中に使ってどうすんのよ、このギャンブル狂い! ハルカ、アンタはキズナオールよ! クニオがパニックで過呼吸になってるわ!」
「ヒカリさーん! 私、今すっごくハッピーです! 痛覚が消えたんです! 無敵です! 無敵の私を見てください!」
ハルカが、ギガドリルの回転する刃の前に、踊るようなステップで躍り出た。彼女の自意識ゲージは今や「残り18日」を指し、真っ赤に点滅している。
「バカ! 戻りなさい、ハルカ! 痛くないのはアンタが『データ』になりかけてるからよ! 喜びのあまりに自分の形を捨ててどうすんのよ!」
ヒカリは扇子を力一杯振りかざした。
「ああ、もう! どいつもこいつも、システムに飼い慣らされて……! アタシが、この不細工な鉄クズごと、アンタたちの目を覚ましてあげるわよ!」
ヒカリの全身から、どす黒いほどの魔力が溢れ出す。それは、この整えられたゲーム世界に対する「生理的な拒絶反応」そのものだった。
「食らいなさい! 『ピカピカドカーン』! ……の、100連発よ!!」
ヒカリが放ったのは、雷鳴というよりも「罵詈雑言の可視化」だった。不規則なタイミングで降り注ぐ雷光が、効率化されたギガドリルの予測演算を次々と狂わせていく。
ドリルが逆回転し、制御を失った重機竜が壁に激突した。
「今よ、サエキ! アンタのその小難しい理屈で、この機械の回路をショートさせなさい!」
「ふむ……やってみよう。……君の存在は、まるで『深夜のキッチンで迷子になった、解けかけのジェラート』だ。甘く、冷たく、そして救いようがない。」
サエキが放った言葉は、もはや魔法ですらなかった。しかし、その「あまりに無駄で、回りくどい比喩」というデータを受信したギガドリルは、論理エラーを起こして煙を吹き出した。
「ガガ……イミフメイ……非効率ナ……言語……構成……シャットダウン……」
大爆発と共に、重機竜はバラバラの鉄屑へと還った。
静寂が戻った酒場に軽快なファンファーレが鳴り響く。
「テテッテッテー!」
ヒカリ(Lv.5 → 6)
[能力向上]: 魔力が 18 アップ! / 毒舌の射程が 5m 拡大!
[削除完了]: 記憶データ「中学校の卒業式で、こっそり泣いた放課後の夕景」を消去。
「ちょっと! 勝手にアタシのセンチメンタルな思い出をゴミ箱に入れないでよ! 魔力が上がった代わりに、アタシの『人間らしい湿っぽさ』が乾いていくじゃない! 効率化なんて頼んでないわよ、このクソシステム!」
サエキ(Lv.7 → 8)
[能力向上]: 洞察力が 14 アップ! / 比喩の階層構造が 2段階 深化!
[削除完了]: 感覚データ「焼きたてのパンの、あの抗いようのない幸福な香り」を喪失。
「やれやれ。知性が高まると同時に、世界の色が欠落していく。比喩を飾るためのスパイスを奪われて、どうやって詩を紡げというんだい? 僕のバックパックは、知らぬ間にずいぶんと軽くなってしまったようだ……。」
タツヤ(Lv.6 → 7)
[能力向上]: 素早さが 10 アップ! / 運(博打運)が 15% 向上!
[削除完了]: 記憶データ「初めて万馬券を当てた時の、あの震える指の感触」を消去。
「あれ……? なんだか体が軽いな。もっと、もっとボタンを叩けそうな気がするよ。……ところでヒカリさん、僕はなんで競馬が好きだったんだっけ? あの『ドキドキ』が、なんだか冷たい記号に見えるんだ。……ま、勝てればいいか、えへへ。」
クニオ(Lv.8 → 9)
[能力向上]: 攻撃力が 20 アップ! / 殺気が 30% 増加!
[削除完了]: 記憶データ「かつて自分が『俳優』として、カメラの前で笑っていた記憶」を消去。
「……斬る。ただ、効率よく、最短距離で斬る。……拙者は、武士。それ以外のデータは、戦いには不要。……ヒカリ殿、拙者の顔が『役者』のようだと誰かが言っていた気がするが、それはバグの類でござるか?」
ハルカ(Lv.8 → 10)
[能力向上]: 魅力が 25 アップ! / 発言の予測不能度が 50% 向上!
[削除完了]: 感情データ「悲しい」という概念の参照コードを完全に紛失。
「キャハハハ! ヒカリさん、見てください! 私のレベルが2つも上がりました! さっきまで胸が少しチクチクしてたんですけど、今、その『チクチク』っていう言葉の意味が消えちゃいました! 私、一生笑っていられる自信があります!」
【システム警告:自意識侵食モニター】
ヒカリ: NPCまで あと 95日(安定。だが、鏡を見る時間が5分減った)
ハルカ: NPCまで あと 15日(臨界点。会話の8割が定型文の『笑い』に移行中)
ヒカリは、不自然に輝くハルカの瞳を見て、奥歯を噛み締めた。
「……笑ってんじゃないわよ、ハルカ。アンタ、今、一番大事な『自分』をシステムに差し出したのよ。……サエキ、次の街へ急ぐわよ。このままだと、この子、ただの『笑う置物』になっちゃうわ。」
目の前のドワーフたちは、何事もなかったかのように「掘る・飲む・笑う」のルーチンに戻っている。
「ヒカリ。……悲しいことに、今の爆発で、僕のバックパックに入っていたコーヒー豆が全て灰になった。そしてもっと悲しいことに、僕はその香りを、もう二度と思い出せない。」
サエキが、空っぽのコーヒーミルを空しく回す。カラカラという乾いた音だけが、鋼の街に響いた。
「……サエキ、パスタを茹でなさい。味なんてしなくていいわ。アンタが、アンタであるために、その無駄な工程をやり抜きなさい。……アタシは、ここの店主のケツを叩いて、まともなマルゲリータを作らせてくるから。」
ヒカリは、NPC化カウントダウンの数字を見つめる。
ヒカリ: NPCになるまで、あと 95日
ハルカ: NPCになるまで、あと 15日
「……15日。……冗談じゃないわよ。そんな短期間で、アタシの可愛いパーティーメンバーを、ただの背景オブジェクトにさせてたまるもんですか。」
ヒカリは、鋼鉄の街の空に広がる、彩度が高すぎる偽物の星空を見上げた。
ドワーフの技術を盗んだ魔物をぶち殺して、ハルカの『心』を取り戻すわよ。……ついてきなさい、この泥団子共!」




