第4話:不浄の「芸術品」と、黄金に謝りなさい!
「ちょっと! さっきから何なのよ、この街の空気! 加湿器に聖水でもぶち込んだのかしら? 息苦しくてやってられないわ。アタシの毛穴が『清潔すぎて死ぬ!』って悲鳴を上げてるわよ!」
王都グランゴルドの中央広場。ヒカリは扇子を激しく動かし、街を包む「高貴な静寂」を切り裂くように毒づいた。
門の前でNPCになりかけたハルカを、ヒカリが物理的なビンタと罵詈雑言で無理やり引きずり戻してから数時間。王都は不気味なほど平和だった。石畳は鏡のように磨かれ、行き交う人々は皆、判で押したような穏やかな微笑みを浮かべている。だが、その瞳には光がない。
「ヒカリ、そう怒るなよ。ここは大陸最大の『完成された檻』だ。ゴミ一つ落ちていないのは、住民がゴミを捨てるという『非効率な思考』を奪われたからだよ。それはまるで、防腐剤をたっぷり注がれた剥製の森を歩くようなものだね。」
サエキは上質なバックパックを背負い直し、イタリア製のコーヒーミルを無造作に回している。ゴリゴリという不協和音だけが、この街の完璧な調和を唯一拒絶していた。
「やれやれ。僕の比喩も、この街の空気には少しばかり『重層的』すぎるかもしれない。もっとシンプルに言おうか。ここは、死んでいるのに腐ることを許されない場所だ。」
「……アンタの比喩は相変わらず胃もたれするわね。でも、その通りよ。見てなさい、あの噴水の前のイケメン。顔だけは彫刻みたいに立派だけど、さっきから15分、一回も瞬きしてないわ。あれ、人間じゃないわよ。ただの『イケメン型の街灯』ね!」
【PARTY STATUS:王都グランゴルド・中央広場】
* ヒカリ: Lv.3 / NPCになるまで、あと 98日 [状態:審美眼の暴走]
* サエキ: Lv.5 / NPCになるまで、あと 85日 [状態:やれやれ]
* ハルカ: Lv.6 / NPCになるまで、あと 12日 [状態:ハッピーの後遺症]
* クニオ: Lv.6 / NPCになるまで、あと 42日 [状態:定型文の誘惑]
* タツヤ: Lv.4 / NPCになるまで、あと 78日 [状態:承認欲求欠乏症]
パーティーの面々も限界が近かった。特に、一度システムに侵食されかけたハルカは、青白い顔で「……ハッピー、と言いそうになるたびに舌を噛んで耐えてますわ……」と震えている。
侍のクニオにいたっては、噴水の縁に座り込み、「拙者、もう歩きたくないでござる。この噴水の水の音を24時間聞いていられたら、それが拙者の『ござる』の本望……」と、焦点の合わない目で呟き始めていた。
「クニオ! シャキッとしなさい! アンタ、自分のアイデンティティを『水の音』に委ねるつもり!? 侍なら、せめて自分の刀の錆び具合でも数えてなさいよ!」
ヒカリが叫ぶが、クニオの頭上には不吉なシステムログが点滅していた。
【警告:クニオの精神がルーチン化の閾値に達しました】
【第1段階:ルーチン化 進行中】
その時、広場の中心にある白亜の時計塔から、黄金の甲冑に身を包んだ男が現れた。
王都の近衛騎士団長、ガルフ。
彼は不自然なほど左右対称な顔立ちで、髪の一房すら風に乱れることなく、ヒカリたちの前に立った。
「異邦の勇者たちよ。これ以上の騒乱は、この美しき王都の法に抵触する。貴殿らに『安らぎ』を与えよう。魔王討伐などという空虚な苦しみは、この私が、王の名において抹消してやる。」
ガルフが剣を抜いた。その剣身には、自分たちを「ゴミ」として認識する冷徹なプログラムが刻まれている。
「……出たわね。この世界の『良心的顔をした独裁者』。アンタ、その顔、誰に許可取って維持してるのよ? その左右対称な美しさ、裏を返せば『没個性』の極みよ! 鏡を見て吐き気がしないのは、アンタの脳みそが鏡そのものだからじゃないの!?」
ヒカリの咆哮と共に、戦闘が開始された。
ガルフの攻撃は正確無比だった。無駄な動きが一切ない、計算された斬撃。
「無駄だ。貴様らの動きはすべてログに残っている。左へ3ステップ、そして右へ回避。……定型だ。」
「定型? 笑わせるんじゃないわよ! アタシの人生、定型に収まったことなんて一度もないわ! 食らいなさい! 『ピカピカドカーン』!」
ヒカリが叫ぶ。彼女の手から放たれたのは、雷というよりは、彼女の「生理的な怒り」を強引に可視化したような、ひどく不規則な光の塊だった。
「な、なんだ、この魔法は!? タイミングが……記述されていない! 詠唱に美学がない!」
「美学? そんなもん、クソ食らえよ! アタシの魔法はね、アンタみたいな『綺麗なだけの置物』が一番嫌がる、生臭い現実なのよ!」
ガルフが体勢を崩した瞬間、ヒカリはサエキを見た。
「サエキ! アンタ、何ボサッとしてんのよ! パスタの茹で加減より、こいつの脳天の割れ具合を気にしなさい!」
「やれやれ。乱暴だね。でも、確かにこの黄金のメッキは、少しばかり剥がしてあげた方が、彼も救われるかもしれない。」
サエキが古いペーパーバックを閉じ、指先を鳴らした。
「『ヌルヌルスベール』。……彼の『完璧な足取り』に、少しばかりの不条理を。」
黄金の床が、突如として得体の知れない粘液に覆われた。
「なっ……お、おのれ! 騎士の誇りが……足元が……!」
完璧なはずの騎士団長が、まるで酔っ払いのように無様に滑り、黄金の兜が石畳に叩きつけられた。
「見た!? 見たわよね! 黄金の騎士が泥の上で踊ってるわよ! これよ、これが人間味ってやつよ! ガルフ! アンタ、その顔に謝りなさい! 美形に生まれながら、そんなつまらない定型文の中に閉じこもって、神様に失礼だと思わないの!?」
ヒカリは扇子でガルフを指し、烈火のごとく怒鳴りつけた。
ガルフの意識数値が激しく上下し、システムにエラーが発生する。
【ERROR:近衛騎士団長のAIに致命的なバグを検知】
【記述されていない感情:『恥』が入力されました】
「……恥? 私が……無様な姿を……? ああ、そうか。私は、ただの『騎士団長』という役割を、演じていただけなのか……。」
ガルフの瞳に、一瞬だけ、人間としての「絶望」が宿った。
「……行け、ノイズよ。私の代わりに……この清潔な墓場を、汚してくれ……。」
ガルフはそのまま、光の粒子となって消えた。あとに残ったのは、彼が人間だった頃に持っていたであろう「王家伝来の剣(本物)」だけだった。
【クエスト:近衛騎士団長ガルフを撃破】 【獲得アイテム:王家の紋章】
ヒカリは荒い息をつきながら、地面に落ちた紋章を拾い上げた。
ふと横を見ると、クニオが噴水の水を飲みながら、「……ハッ! 拙者、何をしていた!? ござるを忘れて、ただの背景になるところであった!」と、冷や汗を流して立ち上がっていた。
「……助かったわね、クニオ。アンタ、次あんな顔してたら、アタシがその刀でアンタの眉毛を剃り落としてあげるから。」
「ヒカリ、見てごらん。みんなの数値が押し戻されている。」
サエキが空中のパネルを指差す。
【PARTY STATUS:更新】
ヒカリ: Lv.4 / NPCになるまで、あと 99日 [状態:勝利の咆哮]
サエキ: Lv.6 / NPCになるまで、あと 88日 [状態:やれやれ]
ハルカ: Lv.7 / NPCになるまで、あと 25日 [状態:毒気にあてられて回復]
クニオ: Lv.7 / NPCになるまで、あと 65日 [状態:九死に一生]
タツヤ: Lv.5 / NPCになるまで、あと 82日 [状態:動画を回し損ねた後悔]
「……なによ、99日って。あと1日はどこへ行ったのよ。アタシに永遠を約束しなさいよ、このケチなシステム。」
「それはきっと、君がまだ『魔王を倒して、元の世界に戻る』という、一番大きなフラグを立てていないからじゃないかな。」
サエキの言葉に、ヒカリはふんと鼻を鳴らした。
「元の世界? あんなバケモノ扱いされる場所、戻りたくもないわよ。……でもね、こんな綺麗なだけの地獄に、アンタたちみたいな泥団子を置いていくのは、アタシの審美眼が許さないの。」
ヒカリは、白亜の城へと続く長い階段を見上げた。
そこには、もっと「綺麗で、残酷な定型」が待ち構えているだろう。
「行くわよ。この世界の『神様』に、特大の悪口を叩きつけにね!」
NPCになるまで、あと:99日。




