第12話:絶望の「水上の都」と、黄金の騎士道の矜持
第12話:絶望の「水上の都」と、黄金の騎士道の矜持
[場所:水上の都ヴェーゼ・サン・マルコ広場跡]
「……なによ、この街。美しすぎて吐き気がするわ」
ヒカリは、白亜の宮殿とエメラルドグリーンの運河が織りなす「水上の都ヴェーゼ」の景色を、忌々しそうに見上げた。
本来なら観光客の歓声が響くはずの広場には、死んだような静寂が横たわっている。
「ヒカリ様、見てください! あそこの橋の上、人が等間隔で並んでますよ! まるで、そう、お団子の串刺しみたいに規則正しくて、アンミカさんもびっくりな白さです!」
ハルカが指さす先、運河にかかる「ため息の橋」の上では、数十人の住人NPCが、全く同じタイミングで、全く同じ角度で、一斉に溜息をつくモーションを繰り返していた。
「……ありゃあもう、人間じゃねぇな」
タツヤが、珍しく怯えたような声を出した。
彼の足元では、補助魔法『ヌルヌルスベール』が暴走し、石畳を意味もなく光らせている。
「……ああ。あれが、意志を失い、システムの一部となった者の末路だ」
クニオが刀の柄を握りしめるが、その手は微かに震えていた。
「……クニオ殿。私の目には、彼らがこの世で最も『正しい』存在に見える。迷いもなく、悩みもなく、ただ決められた美しさを守り続けている。……それは、ある意味での救いではないだろうか」
ゴローの声が、重く響いた。
彼だけが、この異常な静寂に同調するように、どっしりと立ち尽くしている。
「何言ってるのよ、ゴロー! あんた、その暑苦しい筋肉がシステムに洗脳されたわけ!? あんなの、ただの『動く家具』じゃないの! 人間のノイズを消して、綺麗なテクスチャだけ残して何が救いよ!」
ヒカリが叫ぶが、ゴローは答えず、ただ運河の先を見つめていた。
そこには、この街の呪いの根源である『亡霊歌姫ローレライ』が浮遊していた。
【BOSS:亡霊歌姫ローレライ】
「……ああ、美しきノイズたちよ。なぜ、そうまでして『不完全な自分』に固執するのですか?」
ローレライの歌声が響くたび、パーティーの精神が削り取られていく。
物理的なダメージではない。それは、「自分という存在が、いかに無駄で、非効率で、醜いか」を脳内に直接流し込まれるデバフ攻撃だった。
「うるさいわね、このボロ雑巾! アタシたちの無駄は、アタシたちの誇りなのよ! 『ドロドロトケール』!!」
ヒカリの魔法がローレライのドレスを焼く。
だが、ローレライは微笑みを崩さない。
「ヒカリ……。あなたは、現実世界で『バケモン』と呼ばれ、疎まれてきた。……ここなら、完璧な『賢者』として、永遠に愛される背景になれるのですよ?」
「……っ、黙りなさいよ……!」
ヒカリの瞳に、初めて揺らぎが生じる。
その隙を突くように、ローレライの触手がヒカリを襲う。
「行かせねぇぞ……!!」
咆哮と共に前に出たのは、ゴローだった。
彼は最強の補助魔法『カチカチガード』を自分にかけ、盾でヒカリを庇った。
だが、その盾は、物理的な衝撃ではなく、「NPC化への加速」を肩代わりしていた。
「ゴロー! 何してるの!? 下がりなさい! あんた、もう日数が……!」
ヒカリの叫びも虚しく、ゴローのステータスパネルが赤く点滅する。
[NPC化まで:あと 0日 00時間 03分]
「……ヒカリ様。……俺は、あんたの毒舌に救われたんだ。……暑苦しいって、笑ってくれたことが……俺の人生で一番の……『人間らしい』瞬間だった……」
ゴローの体が、急速に彩度を失っていく。
派手な鎧が、どこにでもある「兵士A」の灰色に変質し、その眼から光が消えていく。
「やめて……! 嫌よ! あんたがいなくなったら、誰がアタシの毒舌を笑って受け止めるのよ! 戻ってきなさいよ、このバカ筋肉!!」
ヒカリが泣きながら扇子を振り抜く。
「『ピカピカドカーン』!! 最大出力よ!! 消え失せなさい、システムの下っ端がぁぁ!!」
絶叫と共に放たれた雷光が、ローレライを、そしてヴェーゼの美しい街並みの一部を、物理法則ごと粉砕した。
「テテッテッテー!」
ヒカリ(Lv.12 → 15)
[能力向上]: 魔法攻撃力が 50 アップ! / 絶望への耐性が 10% 向上!
[代償]: 記憶データ 『大切な人の名前』 を削除完了。
タツヤ(Lv.10 → 11)
[能力向上]: 素早さが 20 アップ!
[代償]: 記憶データ 『給料日の喜び』 を削除完了。
ハルカ(Lv.8 → 9)
[能力向上]: 運が 30 アップ!
[代償]: 記憶データ 『小学校の校歌』 を削除完了。
【システム警告:NPC化の完了】
対象: ゴロー
進行度: [第4段階:完全NPC化]
離脱理由: 自意識の全消費によるデータ同一化
現在の状態: ヴェーゼの広場で、壊れた盾を持ち、不動の姿勢で「門」を守る石像と化している。
[現在の定型文]
「ここは、水上の都ヴェーゼ。……美しい街ですね。……何か御用ですか?」
「……ねえ、ゴロー」
ヒカリは、さっきまで仲間だった「門番」の前に立っていた。
話しかけても、彼は二度と「がっはっは!」とは笑わない。
ただ、プログラムされた通りの、完璧に美しい会釈を返すだけだ。
「……あんた、名前を思い出せないわ。アタシがレベルアップした代償に差し出したのは……あんたの名前だったみたい」
ヒカリは自虐的に笑い、扇子で顔を隠した。
隣では、ハルカが「この門番さん、鼻の形が誰かに似てません?」と無邪気に首を傾げ、クニオが静かに黙祷を捧げている。
「……いいわ。名前なんて、ただのデータよ。……でもね、覚えておきなさい。あんたをこんな無機質な石像に変えたこの世界、アタシが必ず、この扇子一本でメチャクチャにしてやるから」
ヒカリが顔を上げた時、その瞳には冷徹な客観性と、燃えるような復讐心が宿っていた。
一歩歩き出すたびに、彼女の背後でヴェーゼの街がバグのようにノイズを走らせる。
「……行くわよ。次は『砂漠の宿場町ザハラ』。……これ以上、アタシの『お気に入り』を削らせるわけにはいかないのよ」
【自意識モニター】
ヒカリ: NPCまで あと 60日
サエキ: 完全NPC化(バラムにてパスタを茹で続けている)
ゴロー: 完全NPC化(ヴェーゼにて門を守り続けている)
タツヤ: NPCまで あと 15日(臨界)
クニオ: NPCまで あと 22日
ハルカ: NPCまで あと 48日
シーズン1 完




