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NPCになるまで、あと◯日  作者: あめたす


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第11話:潮風の『お約束』と、記憶のスクラップビルド

第11話:潮風の『お約束』と、記憶のスクラップビルド


[場所:港町ポルト・大波止場]


「……なによ、この磯臭さ。画面越しに塩分濃度まで伝わってきそうな、不自然なほどの『港町感』ね」


ヒカリは鼻先を扇子で覆いながら、石畳の波止場に降り立った。

視界に広がるのは、真っ青な海と、整然と並んだ帆船。そして、いかにも「海の男」といった風貌のNPCたちが、網を繕うモーションを寸分違わず繰り返している。


「ヒカリ様、見てくださいよ! あの魚、ピチピチ跳ねてますよ! でも、網から地面に落ちた瞬間、スッと消えてカゴの中に戻るんです。マジックですかね、これ。アンコール案件ですよ!」


ハルカが、物理演算の限界を超えた魚の動きに目を輝かせている。彼女の「予測不能な天然ぶり」は、もはやシステム側がバグとして処理しきれず、半ば放置されている状態だ。


「……ふむ。あれはマジックではない、ハルカ殿。この世界の『最適化』というやつだ。無駄な物理挙動はリソースの浪費に繋がるからな。……それにしても、この潮風。私の故郷の、横浜の……横浜の……。……おかしいな、観覧車の形が思い出せん」


クニオが眉間に皺を寄せ、愛刀の柄を強く握りしめた。

彼の「武士の矜持」という名の自意識は、レベルアップのたびに、現実世界でのモダンな記憶を削り取られている。


「……やめなさい、クニオ。無理に思い出そうとすると、その隙間にシステムの『汎用テキスト』が入り込んでくるわよ。あんたの思い出が『村人Bの苦労話』に書き換えられたら、アタシ、笑いすぎて腹筋がドット単位で千切れるわ」


ヒカリが毒を吐きながら一行を見渡すと、そこには相変わらず「ノイズ」の塊のような男たちがいた。

黄金の騎士道を撒き散らすゴローと、その光に当てられて肌を露出させながら「日差しが……正義の日差しが痛い……!」と悶絶しているタツヤだ。


「がっはっは! ヒカリ様、そんなにカリカリすんなって! ほら見ろ、あのデカい船! あれが『シー・ガーディアン号』か。あいつに乗れば、他の大陸まで一直線だ!」


ゴローが指さした先には、巨大な外海船が停泊していた。しかし、その乗船口には、いかにも「イベントフラグ」を管理していそうな、厳めしい顔つきの役人が立ちはだかっている。


「……あーあ、始まったわ。お決まりの『通行止め』ね。どうせ『大海魔クラーケンを倒してこい』だの、『伝説の航海日誌を持ってこい』だの、使いっ走りをさせられるんでしょ。この世界の運営、創造性が枯渇してるんじゃないの?」


ヒカリが吐き捨てるように言うと、案の定、役人の頭上に「!」マークが出現した。


「……おっと、旅の方。この先へ行きたいのかい? だが困ったことに、最近はこの近海に巨大なイカが現れて、船が出せないんだ。……もし、あんたたちが腕に覚えがあるなら……」


「はいはい、わかったわよ。そのイカ、刺身にして盛り付けてくればいいんでしょ? 注文はそれだけ? ついでにワサビも調達してきましょうか?」


ヒカリのメタ全開の食い気味な返答に、役人のAIが一瞬フリーズする。


「……イカを……刺身……? いえ、クラーケンを……討伐して……いただければ……」


「いいから、場所を教えなさい。アタシたちの自意識が、これ以上『お使いイベント』の摩耗で削り取られる前にね」


【戦闘ログ:港町ポルト沖】


[エンカウント:大海魔クラーケン]


「デカすぎんだろ! これ、一本の足だけで何人前のゲソ揚げができるんだよ!」


タツヤが叫びながら、補助魔法『スカスカヨケール』を乱射する。


「タツヤ! 弱音を吐くな! 貴殿のその『逃げ腰のステップ』こそが、敵の狙いを狂わせているのだ! そのまま踊り続けろ!」


クニオが真空の刃『カゼキリバッサリ』を放ち、巨大な触手を切り裂く。


「よぉし! 仕上げは俺の盾で、そのヌルヌルした顔面をカチ割ってやるぜ! 騎士道、全開だ!!」


ゴローが突進し、クラーケンの巨体を揺さぶる。


「……全く、どいつもこいつも暑苦しいわね。……とっとと沈みなさい、この巨大軟体動物! 『ピカピカドカーン』!!」


ヒカリが扇子を振り抜くと、空から特大の雷がクラーケンの脳頂を直撃した。

派手なエフェクトと共に、大怪獣は光の粒子となって霧散していく。


「テテッテッテー!」


ヒカリ(Lv.9 → 10)

[能力向上]: 魔法攻撃力が 22 アップ! / 威圧的な立ち振る舞いが 30% 向上!

[代償]: 記憶データ 『初めて自分で買ったCDのタイトル』 を削除完了。


クニオ(Lv.11 → 12)

[能力向上]: 斬撃の速さが 15 アップ! / 渋みが 20% 増加!

[代償]: 記憶データ 『学生時代の部活動の顧問の名前』 を削除完了。


ハルカ(Lv.7 → 8)

[能力向上]: 運が 50 アップ! / 言動のシュールさが 40% 向上!

[代償]: 記憶データ 『実家の電話番号』 を削除完了。


「……ねえ、ちょっと待って。今、私の頭の中から『小室哲哉プロデュース』の何かが消えたわ。……何だったかしら。思い出せないけど、すごく、すごく大事な『時代の空気』が消えた気がする……!」


ヒカリが震える手でこめかみを押さえる。

レベルが上がる。強くなる。

そのたびに、彼女たちは「自分」というスクラップブックから、大切なページを一枚ずつ破り捨てさせられているのだ。


「……がっはっは! 大丈夫だ、ヒカリ様! 過去なんて忘れたって、今ここに俺たちがいて、腹が減ってる! それだけで十分『生きてる』証拠じゃねぇか!」


ゴローが、記憶を失ったことを微塵も気にしていない様子で、ヒカリの肩を叩く。

その無駄に高い彩度の笑顔が、今のヒカリには、唯一の救いのように見えた。


【システム状況:自意識モニター】

ヒカリ: NPCまで あと 68日(記憶の欠落によるショックで 2日 減少)

ゴロー: NPCまで あと 10日(臨界状態:だが、暑苦しさがシステムをバグらせ、タイマーが再停止)

ハルカ: NPCまで あと 55日(実家の電話番号を忘れたことで、逆に解放感を感じている)


「……そうね。あんたみたいな『暑苦しいノイズ』が隣で鳴ってるうちは、アタシもまだ、ただの背景キャラにはなり下がらないわよ」


ヒカリは再び扇子を広げ、不敵に微笑んだ。

目の前には、手に入れたばかりの『航海日誌』を掲げた役人が、再び定型文を喋り出そうと待機している。


「さあ、船を出しなさい。次は『水上の都ヴェーゼ』よ。……そこには、どんな『芸術的なバカ』が待ってるのかしらね」


不揃いな5人の影が、西日に長く伸びていた。

その影の形さえも、いつかシステムによって「正しい形」に修正されてしまうのかもしれない。

だが、今の彼らの足音は、確かにこの世界の静寂を、不快なほど鮮やかに踏み荒らしていた。

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