俺の彼女
「愛していたのに」
彼女は僕の前に現れてそう呟いた。
彼女の髪には滴が付いている。別に雨が降っているわけではない。他にも付いている。何か植物の葉っぱ。埃。白い……あれは発砲シチロールか。
「なんで捨てたのよ」
捨てた。そう俺は彼女を捨てた。もう要らなかったんだ。彼女は用無しだ。今は新しい彼女が居る。
何故捨てたか。だって、彼女は古いから。流行から外れている。まず、服のファッションが古い。俺が彼女に服をプレゼントすることもできた。だけど、それはお金の無駄遣いだ。彼女のために金を使うなんて俺には出来ない。彼女のことは好きだけども。それに、顔も流行から外れている。今時の彼女はギャル系だ。だが、彼女は日本人形のような顔立ちだった。髪の毛の色は黒いし、肌も白い。化粧もほとんどしていなかった。それは今の俺には耐えられない苦痛。
「あたしはあなたのことが好きなの。今も。これからも……ずっと……」
彼女は俺のことが好きなのは分かった。でも、俺は彼女のことが嫌いだ。もう好きではない。だから捨てたのに。なぜ戻ってきたのか。戻ってきても昔の関係は戻らない。
「ねえもう一度。もう一度でいいから」
彼女は泣いていた。いや、泣いているように見えるだけかもしれない。額に滴が付いている。それが涙に見えるだけだ。
「私を抱いて……」
お断りだ。彼女を抱くなんて。そんな汚らわしいことはしたくない。俺には今の彼女が居るんだ。今の彼女を大切にしたい。それに、彼女は臭い。生ゴミと一緒に捨てたから身体にはツンっと臭いが染み込んでしまっている。
昨日新しい彼女を買ってきた。低年齢の女児の為に発売されている“お人形”。それが俺の彼女。今までは、小さい頃、祖母からもらった髪が黒く肌が白い人形だった。小学校、中学校、高校、どこにだって彼女を持っていった。同級生や教師からは「おもちゃは学校に持ってくるな」と言われたが、彼女はおもちゃではない。彼女は俺の彼女だ。心の支えである。大学に入り、そして、就職。就職活動の際も、彼女はいつも俺の鞄に居た。
彼女には特定の名前はない。だから俺は、彼女にはいつも、母親の名前を付けていた。
母親……とはいっても、顔も声も本当に居たのかどうかも分からない。俺が生まれたとき死んだ……らしい。それ以上のこともそれ以下のことも分からない。
だからなのか、彼女への愛情は深かった。彼女とはこれからもずっと一緒だと思っていた。だけど。
『新発売! 喋るミミちゃん!』
彼女に、バカな男だと思われないために取っている新聞と一緒に付いてくる広告に書いてあった謳い文句だ。喋る人形。今はこういう画期的な人形があるのか。その時はそれしか考えていなかった。
「オナカスイタ」
今の彼女が喋った。
彼女の声が聞きたい。これが俺の願望だった。なんども彼女に頼んだ。神様にだって御願いした。でも、それは夢の中でさえ叶わなかった。しかし、今こうして目の前に喋る彼女が居る。喋らない彼女と喋る彼女。喋らない彼女が勝てるわけもない。何十年と一緒にいた彼女だが、今日の朝生ゴミと一緒に捨てた。何の迷いもなかった。
彼女は用済みだ。だけど、目の前に今居る。そして、彼女は喋ったのだ。そう。そうか喋った! 喋ったぞ! あははあはは――――。
「オナカスイタ」
「あなたがすき」
俺は二人の彼女に囲まれて幸せに日々を暮らしている。一人は、今時のギャルだ。髪の色は金髪で、顔の色も麦色だ。もう一人は、何十年も一緒に過ごしてきた、黒髪に白肌の彼女だ。
俺は世界一の幸せ者だ。
人形に話し掛けては、独り言をぶつぶつ呟いているその男は、この精神科病棟の個室部屋で二つの人形を手に、満面の笑みを浮かべている。
了
ある人に見せてほしいということで書いた作品です。
過ぎたことなので、お蔵入りにしようと思ったのですが、せっかくなので投稿させていたいただきました。
自分でよンも、終わり方がよくわからないなと思うのですが、皆様どうでしょか。
できましたら、感想ください。
ではでは。