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サービス終了のお知らせが表示されるんだが、終わるのはどうやら宇宙らしい  作者: みらいつりびと


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基底宇宙

 朝起きてスマホを手に取ると、「運営からのお知らせ」ということばが表示されて、すぐ消えた。

 昨日とちがうのは、その後「基底宇宙の資源枯渇のため、宇宙3.0はまもなく終了します。期限までに鍵を見つけられない場合、宇宙4.0への移行はできず、ゲームは永遠に終わります」という文章がつづいて映し出されたことだった。


 宇宙はバージョン3.0だったのか。

 そして終わるのか。

 おとうさんのことばは当たっていたんだな。


 俺はそう思った。

 さして驚きはなく、自然に受け止めることができた。

 何かのジョークだとも、ハッカーのいたずらだとも思わなかった。宇宙3.0は本当に終わるのだろう。

 終了とはすなわち俺の消滅も含んでいると理解したが、特に哀しみは感じなかった。

 俺の心が擦り切れているからか、おとうさんのことばが心の奥深くに定着して、諦観していたからかはわからない。

 俺には自分の心がまともなのか、異常なのかもわからないのだ。


 まもなくって、いつなんだろう。

 二、三日後か、それとも一週間くらいはあるのだろうか。

 宇宙が終了するまで何をしよう。

 理素を誘って、どこかへ遊びに行こうかな。


 そんなことを考えながら階段を下りてリビングへ行き、「おはようございます」と俺はあいさつする。

 そこにはおかあさんと義父の頑児さんがいて、かつて一緒に誘拐され、今は義理の姉と妹になった愛素さんと理素もいる。

「おはよう。『ございます』はなしにしてほしいって言ったよね?」と頑児さんが言って、俺は「すみません」と頭を下げる。

「おはよう。どうしようキーちゃん、宇宙が終わっちゃう。どうしようどうすればいいんだろう」

 愛素さんは少しパニックぎみだ。

「宇宙は終わったりしないよ。だだの手の込んだいたずらだ。気にするな、愛素」と頑児さんがなだめる。

「でもこの文言は、全世界のスマホとパソコンで、あらゆる言語で表示されたのよ。こんないたずらができる国家、企業、団体が存在するとは考えられないわ」とおかあさんは言う。

 彼女は前の夫から、この宇宙がシミュレーションゲームだと聞いていたのだろうか。母がシミュレーション仮説について知っているのかどうか、俺は知らない。

「じゃあきみは何者がやったと思うんだ?」

 母は黙って首を傾げ、食卓にベーコンエッグを置いた。

 理素も黙り込んでいた。その顔は無表情というより、深刻に悩んでいるように見えた。


 朝ごはんを食べ、支度を済ませて、俺は理素とともに登校する。

 彼女は駅へ歩いていくときも、電車の中でも黙っていた。その沈黙はいつもより重たいように感じられた。

「理素、大丈夫か?」と俺は声をかける。

「大丈夫ではないかもしれません。スマホに表示されたことばにショックを受けました……」

 ふだんほとんど感情を表さない理素の表情が陰っている。愛素さんよりも大きく衝撃を受けているようだ。彼女は姉より気丈だと思っていたので意外だ。


「宇宙は終わるんだね」

「鍵くんはあれを信じているのですか?」

「まあ、そういうことがあってもおかしくはないと思ってる。おとうさんが宇宙はシミュレーションゲームだと言っていたからね」

「私もその話は聞きました。鍵くんのおとうさんの話は、とても興味深かったです」

 理素は遠い目をした。

 誘拐事件後、彼女は人見知りが激しくなって、俺の父とも親しく話したことはなかったが、おとうさんと俺のそばにいて、よく聞き耳を立てていた。

 父はお風呂だけでなく、河原でもあの話をした。

「VR技術は進歩して、いずれ完璧にリアルなVR宇宙をつくれるようになる。無数のVR宇宙がつくられ、そこではNPCが人間と変わりなく暮らしている。どうやってこの宇宙がVRでないとわかるだろう。どうやって僕たちがNPCでないとわかるだろう……」

 俺と理素は対岸に沈んでいく夕陽を眺めながら、おとうさんの話を聞いていた。

 

「私たちの宇宙がつくられたものだというのは、あり得ることです。私たちが見て、聴いて、嗅いで、味わって、触っているものは、すべて脳内で五感に変換された情報に過ぎません。脳が信号を感知しているだけなんです。宇宙に実体はなく、つくりものの単なるシミュレーションだとしても、驚くには当たりません。私たちの宇宙は、私たちを含めて、VRなのでしょう」

「誰が俺たちの宇宙をつくったんだろう?」

「私たちの宇宙より上位に存在している宇宙が、下位にある私たちの宇宙をつくったのでしょう。上位宇宙はさらに上位の宇宙によってつくられ、その上位宇宙もさらなる上位宇宙につくられています。このような入れ子構造により、無限の宇宙が存在していると考えられます」

「無限か……」

 俺は驚かなかった。

 おとうさんも「VR宇宙の中のVR宇宙の中のVR宇宙」というようなことを言っていた。「マトリョーシカ人形みたいにね。そのうち買ってこよう」とも言ったが、それが果たされることはなく、父は逝ってしまった。

 マトリョーシカ人形は、人形の中の人形の中に人形が入っている入れ子構造の人形だ。俺はなんとなく気持ち悪くて、あまり好きじゃない。


「無限は大げさかもしれませんね。極めて多くの宇宙があるということにしておきましょうか」

 理素は車窓から都会のビル群を眺めながら言う。

 俺は彼女のことばについて考えてみる。

「上位宇宙の誰が下位宇宙をつくったんだろう?」

「上位宇宙にも、八十億におよぶ人間が住んでいるかもしれません。そこでは私たちの宇宙よりもVR技術が遥かに進んでいて、少なからぬ人が高度なシミュレーション宇宙をつくることができるのです。そのシミュレーションの中にいる人間が、そこがシミュレーションだと気づくことができないほど、完成度の高いシミュレーションです」

「すると、上位宇宙はいくつもの下位宇宙をつくることができることになるね」

「そのとおりです。だから、シミュレーション宇宙は相当にたくさんあると考えなくてはなりません」


 俺はひとつの宇宙しか感知できないが、宇宙は無数に存在しているのかもしれない。

 その宇宙のほとんどすべてが、シミュレーションだ。

 シミュレーションの中で生きている人間が、シミュレーションをつくっていて、さらにそのシミュレーションの中の人が、別のシミュレーションをつくっている。

 俺がいるところは、シミュレーション宇宙をつくることのできない最下層宇宙なのだ。


「基底宇宙ってなんだかわかる?」

「ことばの意味から考えて、すべてのVR宇宙の基盤となっている最上位宇宙のことでしょう。そこには真の実体として、物質が存在しています」

「基底宇宙の資源が枯渇して、俺たちの『宇宙3.0』は終了する……」

「鍵を見つけなくてはなりません」

 理素は親指の爪を噛んだ。

 見たことがないほど焦燥した顔をしていた。

「期限までに鍵を……」 

 どうして彼女がそこまで焦っているのだろう。

 俺と理素は学校に到着して、訊きそびれてしまった。 

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