宇宙3.0
俺と理素は部屋を細かく探していった。
床をタイルひとつひとつに至るまで点検し、首が痛くなるほど天井を見つめ、壁面も隈なく探す。
窓ガラスに目を凝らし、窓枠もしっかりとチェックする。
柱時計をはずし、かけられていた壁を調べ、時計を分解しようとまでしたが、それはできない構造だった。
もちろん仮設トイレも探した。
トイレの中、トイレの下、便器の中も覗いた。
それでも鍵は見つからなかった。
「ないね……」
俺はあきらめかけた。
「確かにこの部屋にはないようですね」
「もしかしたら、鍵はフユさんが身につけていたのかもしれない。彼女の遺体とともに、火葬炉に入れられてしまったんじゃないかな」
「それはあり得ません。遺体は私がしっかりと調べました」
「見落としがなかったとは言いきれないだろう?」
「いいえ。なかったと断言できます」
理素は頑なに否定した。
「鍵は別の部屋に移されたのかもしれません」
「でもあのときフユさんは、一度もこの部屋から出なかったよ」
「私もそう思っていました。でもそれは単なる思い込みなのではないでしょうか?」
「思い込み?」
「そうです。この部屋は別に密室であったわけではありません。きっとフユさんはここから出て、別の場所に鍵を置いたんです」
「そんなところは見なかったけれど……」
「私も見ませんでした。でも姉さん、鍵くん、私が目撃しなかっただけで、フユさんが出ていった可能性は残されています。たとえば、三人とも眠っていたときに……」
「真夜中とか?」
理素はうなずいた。
「他の部屋も探してみましょう」
彼女の鍵を探そうとする意志は固い。
洋館中を探すのは大変だが、とことん理素につきあうしかなさそうだ。
監禁されていた部屋から出て、隣室のドアを開けた。
照明をつける。
そこには机や本棚、ベッド、クローゼットなどがあった。エアコンも設置されていた。八畳ほどの大きさの洋室で、監禁部屋と比べると狭いが、人が日常的に過ごすには快適そうだ。
理素がクローゼットを開けると、中には女性ものの衣服がハンガーに掛けられていた。
フユが真夜中に短い時間ここに来て、仮眠を取っていたというのは、ありそうなことだ。なにしろこの洋館は、彼女の住居だったのだから。ここはフユの私室だったのかもしれない。
俺たちはその部屋を捜索することにした。
机の一番上の引き出しは鍵がかかっていた。
他の引き出しを開ける。二段目にはなかったが、三段目の引き出しに小型の鍵があった。
鍵穴に違和感なく差し込むことができて、俺は回した。
「あった……」
引き出しの中に探し物があった。
俺がおかあさんからもらった金の鍵が見つかった。
理素が俺の横から覗き込んだ。
「ありましたね……」
俺と理素は顔を見合わせて笑った。
「やった。あったよ!」
「やりました。見つけました!」
そのときピロリロリーンと電子的なベルが鳴り、机の上の空間が揺らいだ。
光り、陰り、また光り、何かが実体化していくように見えた。
俺と理素が見ている前で、空中に白い扉が現れた。
「なんだこれ……?」
「超自然的な現象が起こりましたね。やはりこの世界はゲームだったのでしょう」
ピロリロピロリロピロリロピロリロ……電子的なベルが連続的に鳴り響く。
白い扉に黒い文字が浮かびあがる。
あなたは宇宙2.0をクリアしました。
ベル音がやみ、代わって印象的な音楽が流れ始めた。
新鮮だけれど、どこか懐かしさも感じるメロディアスな曲。
このゲームのエンディング曲なのだろう。
黒い文字が書き換わる。
鍵を差し込んでください。
ゲームは宇宙3.0に移行します。
「鍵をください」と理素が言う。
「鍵をあげる」と俺は答える。金の鍵を彼女に渡す。
理素は鍵を白い扉の鍵穴に差す。
時計回りに半回転させる。
扉を開けると、向こう側からこちら側に光が流れ込んできた。
世界は光に満たされて、明るすぎて何も見えなくなっていく。
自分の身体も見えない。近くにいるはずの理素も見えない。視界のすべてが白い。
「これが宇宙の終わりなのか?」
「宇宙2.0は終了しますが、宇宙3.0が構成されていきます。私たちはそこで再構成されるでしょう」
理素が言う。
どうしてそんなことがわかるのだろうと俺は思う。
宇宙2.0の俺は意識を失う。




