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メインヒロイン

 放棄された庭は、植物と昆虫の天国になっていた。

 かつて俺たちが誘拐監禁されたときには、よく手入れされた庭園だったような記憶があるが、今や見る影もなく、樹木や草が無秩序に生い繁っている。

 蜘蛛が枝と枝の間に粘りけのある糸を張り巡らせて、蝶やトンボを捕らえている。

 つる植物はもっとも元気で、地面がまったく見えないほど伸び広がっていた。他の植物に絡まり、この地を支配しているかのようだ。

 

 俺は適当な枯れ枝を拾って蜘蛛の巣を払い、やっかいなつるをサトリさんからもらった牛刀で切りながら、洋館の玄関をめざした。藪漕ぎというやつだ。こんなことをするはめになるとは、想像もしていなかった。

 俺の後ろを理素が怖々とついてきている。自然とたわむれるのを歓ぶような子ではない。インドアで情報に触れるのを楽しむタイプで、それは俺も同じだ。

 VR宇宙仮説を信じると、この宇宙のありとあらゆる事象は情報で、顔に張りつく蜘蛛の糸も情報の一種ということになるが、こんな気持ちの悪い情報はいらない。


 洋館の壁はつる植物が繁茂するのに適しているようで、隙間なくつると葉に覆い尽くされて、どこが玄関かわからなくなっている。

 とりあえず門からまっすぐ建物に向かって進み、たどり着いたところでつるを切り裂いてみた。

 何本も切って、払って、取っ手を見つけた。その下に鍵穴があった。

 牛刀があって本当によかった。サトリさんは洋館の持ち主だけあって、こんな事態を予想していたのだろう。

 ありがとうございます、と心の中で感謝する。


 リュックのポケットから銀の鍵を取り出し、鍵穴にはめる。反時計回りに四分の一回転させると、カチンという小気味よい手応えがあった。

 取っ手を引いたが、つるが邪魔をして、まだ玄関は開かない。

 牛刀を使って、扉を覆っているつるをさらに切る。

 ようやく玄関が開いて、俺と理素は洋館の内部に入ることができた。


 気密性の高い建物のようで、中にまではつる植物は侵入していなかった。

 壁にスイッチがあり、押すと照明が点いた。

 光ったのはなんと、天井から吊り下げられているシャンデリアだ。

 玄関の先は大きな広間になっていた。

 その四隅には大理石の太い柱があって、建物全体を支えているようだ。

 俺たちはここを通って二階の監禁部屋へ行ったはすだが、まったく憶えていない。

 壁には明るい海と港と白い建物を描いた絵が飾られていた。エーゲ海の島かなんかの風景画だと思うが、それにも見憶えはない。

 あのとき俺には周りを見る余裕など少しもなかったし、なにしろ十年以上前のことだから、記憶がなくても不思議ではない。


 とにかく豪華な洋館だ。

 フユは自分たちのことを救貧平等軍と呼んでいたが、少なくともここに住んでいたあの人は貧乏だったとは思えない。

 ハル、ナツ、アキは貧乏人で、彼らやその他の貧困者のために、日本国政府と戦ったのだろうか。

 冬里アカリはそれについて何もことばを残していない。


「またここに来てしまいましたね」

 理素が感慨深げに言う。

「あれはいい思い出じゃない」

「そうですね。でもあの事件がなかったら、鍵くんは私とこんなに長く親しくつきあってはくれなかったでしょう。それは嫌です」

「あんなものがなくても、俺は理素とずっと友達でいたと思うよ」

 理素は首を横に振る。

「きっとなんとなく疎遠になっていたと思います。男女の幼馴染って、そういうものじゃないですか?」

「俺と理素はちがうと思う」

 俺がそう言うと、彼女は微々笑した。


 俺たちは並んで、広間の先にあった幅の広い階段を上った。

「まもなく宇宙は終わり、それにともなって私たちの人生も終了するわけですが、鍵くんには心残りはありませんか?」

 俺はその問いについて考えてみた。何も思い浮かばなかった。

「特にないみたいだ」

「私も同じです。強いて言えば、鍵くんと最後のときを一緒に過ごすことが望みですが、それは今叶っています」

 理素とともに最後を迎えるのは、悪くないと思った。

 だから、俺も同じ気持ちだよ、と言った。

 彼女は微笑んだ。今日はよく笑ってくれる。


「鍵くんがこのゲームの主人公だとすると、私はメインヒロインですね」

「愛素さんと美舟はサブヒロインなのかな? そっちのルートもあったんだろうか?」

「あったかもしれませんが、もうその分岐点は過ぎていますね。私とともに洋館へ向かった時点で、姉さんと美舟さんルートは消失しました」

 理素は笑顔を俺に向けつづけている。

 戦争が起こり、宇宙は終わろうとしているが、これは俺にとってしあわせな最終回なのだろう。


 二階へ上がり、廊下を進んで、東側の部屋のドアを開ける。

 光がなくて、真っ暗だ。壁を手探りして、スイッチを探す。

 あった。


 灯りを点ける。

 部屋の中に柱時計があった。アンティークな時計はもう動いてはいなかった。

 五歳のときの記憶が鮮やかによみがえる。

 俺と理素と愛素さんは、確かにこの部屋にいた。

 二十五平方メートルほどの広さがある。その真ん中あたりで、手錠をかけられて震えていた。

 隅にはあのときのまま、仮設トイレまで残されている。

 フユが外を見ていた窓があったが、今はつる植物で覆われてしまっていた。

 俺たちはここで三夜を過ごし、爪をはがされ、四日目の早朝、頑児さんに救われた。

 あのときの恐怖と苦痛をありありと思い出した。ろくでもない情報だ。


 俺は部屋を見渡した。

 もちろんフユとアキの死体はなく、俺たちに与えられた毛布なども残っていない。

 部屋の中はがらんとしていた。  

 ざっと見たところ鍵はなかった。

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