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再び洋館へ

 理素はスマホでタクシー会社の電話番号を調べて、俺にかけさせた。電話でも他人と話すのが嫌なのだ。

 この地域で営業している二社にかけたが、どちらも出なかった。

 宇宙が終わろうとしている。タクシー会社が営業を停止したとしても不思議ではない。


「洋館まで歩いて二時間くらいよ。車で行けるくらい広い道なんだから、脚で登れないことはないわ」

 若いんだからがんばりなさい、とサトリさんが言う。

 彼女は親切にも、紙に地図を書いてくれた。

 ここから西へ一キロほど歩くと、北へ向かうアスファルトの林道が現れる。舗装道はやがて砂利道になるが、山頂の洋館まで通じている。そう説明してくれた。

「あの家はほとんど放置状態で荒れてるけど、道は林業で使われているから立派なものよ」

「ありがとうございます。歩いて行きます。理素、いいだろう?」

 他に選択肢はない。

 彼女はこくんと頭を下げた。


 俺はカレーセットふたり分の代金を支払った。

 サトリさんはレジの向こうから包丁を差し出した。よく使い込み、よく研がれている感じの刃物。

「もう使わないから、これをあげる。切れ味は最高。アウトドアナイフとして役に立つかもしれないわよ」

 ちょっと触れただけで血が出そうだ。

「牛刀という種類の包丁なの。牛肉だけでなく、実はなんでも切れる万能のナイフよ」

「おいくらですか?」

「あげるって言ったでしょ。無料よ。サービス」

 彼女はタオルで刃を包んで渡してくれた。

「ありがとうございます」

 俺はそれをリュックに仕舞った。


 カフェ冬民から出て、理素と一緒に国道を歩いて西へ向かう。緩やかな登り坂だ。

 国道の南側に澄んだ川が流れていて、さらにその南側に鉄道がある。先頭が半球形になっている銀色の特急列車が、線路の上で止まっていた。

 スマホで運行状況を調べると、その私鉄は運休となっていた。JRも多くの路線が運転を停止しているようだ。

 池袋駅が爆撃されて、機能不全となっているらしい。

 ここまで来れたのが好運か不運かわからない。俺たちは簡単には自宅へ帰れなくなってしまった。

「進むしかありません」

 理素が言って、黙々と西へ行く。

 彼女はまったく泣き言を口にしない。目は前を向き、脚はきびきびと動いている。俺も腹をくくって、がしがしと歩いた。

 

 十五分程度歩いて、山へ向かって伸びている舗装道を見つけた。

「ここですね」

 俺たちは右折し、林道に入った。

 道の周囲には針葉樹の林が広がっている。下草は少なく、杉は天に向かってまっすぐに伸びている。

 スピッスピッスピッという鳥の鳴き声が聴こえた。俺は木立に目を凝らしたが、鳥の姿を見つけることはできなかった。


 ときどき水分を補給しながら、林道を登っていく。

 味覚はなくても、喉は渇く。

 さっき食べた無味のカレーライスも、エネルギーとしては役に立っていると思う。

 バタバタバタという人工的な音が上空が聴こえて仰ぎ見ると、軍用らしきヘリコプターが数機低空飛行していた。

 こんな山中にも戦争の気配が忍び寄っている。


 地面はいつの間にか砂利に変わっていた。

 樹木が伐採されているところがあって、眺望が開け、関東平野が見えた。

 あちらこちらから煙が立ち昇っている。

 見ている間にも、煙の範囲は拡大していく。

 宇宙が終わる前に、人類は自滅してしまいそうだ。

 

「宇宙2.0はどういうゲームだと思いますか?」

 理素が脚を休めることなく言う。

「俺たちの住むこの宇宙は、どんな性質のゲームなのかってこと……? わからないよ」

「ひとつ上のVR宇宙にプレイヤーがいて、宇宙2.0のキャラクターを操作し、この宇宙で行動しているのか? それともゲーマーはこのシミュレーション宇宙をただ単に眺めて楽しんでいるのか? どちらだと思います?」

「プレイヤーがいるとすれば、ゲームにはクリアすべき目標があることになる。シミュレーションだとすれば、特に目標はなく、初期設定を与えられて勝手に変化していく宇宙のようすを観測するだけなんだろう。どちらだろうな。混沌としたこの宇宙に目標があるようには思えないから、シミュレーションかな?」

「そう思いますか? 実はこのゲームの目標は鍵を探し、見つけることで、鍵くんがプレイヤーということはありませんか?」

「俺はプレイヤーじゃないよ」

「夢を見ているとき、人はそれが夢だと自覚していません。完璧につくられた完全没入型VRゲームをプレイしているとき、プレイヤーはゲームをしている自覚を失うのかもしれません」

「だとすると、鍵を探すのに積極的な理素がプレイヤーじゃないのか?」

「もしかしたらそうかもしれませんね。私がプレイヤーである可能性は、ゼロとは言いきれません」

 理素はいつものように無表情だった。

 針葉樹林は静まりかえって、鳥の声だけがときどき響いた。 


 やがて、道の先に大きな凸型の緑色の物体が見えてきた。

 それは、つる植物に覆われきった建物。俺たちが誘拐監禁されていた洋館だ。

 館は鉄の柵で囲われていたが、柵はところどころ錆びて朽ちて、侵入障壁としての用をなさなくなっていた。

 俺はきちんと整地された道から、草ぼうぼうの洋館の敷地に入った。顔に蜘蛛の糸が張りついた。 

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