洋館の所有者
その後も車窓からいくつかの爆発を目撃した。
映画のような光景だと思ったが、爆発した建物の中には、生きている人間がいたはずだ。
もしミサイルがこの電車に命中したら、俺たちもただでは済まない。あっさりと死んでしまうかもしれない。
スマホで情報を得る。
日本各地にミサイル攻撃があり、確認されているだけでも数十人の死傷者が出ている。ビルが倒壊し、がれきに埋もれている人々もいる。火災が発生し、消し止めることができず、燃え広がっている。
日本国政府は敵国が複数で、XX、XXX、XXXが攻撃してきたのはまちがいないと断定した。XXXXと共同で反撃しているらしい。
「戦争って、こんなふうに突然始まるんだな」
俺はつぶやく。
理素は光のない目で立ち昇る焔と煙を見ている。
次々と記事が更新されていく。
XXX太平洋艦隊が出航した。
XXXが空爆された。
戦火は地球上のあらゆる地域、ヨーロッパ、北米、南米、アジア、アフリカ、オセアニアにおよんでいて、平和な場所はなくなっている。
電車は何回も駅間で停車し、予定より一時間以上遅れて、池袋駅に到着した。
JRから降車する。
駅構内は騒然としていた。通勤通学ラッシュの時間帯はすでに終わっていたが、帰宅ラッシュが始まっている。ほとんどの学校が休校になり、いったん通学した学生たちが帰宅の途についているようだ。社会人の動向はよくわからない。彼らは仕事をしようとしているのだろうか。それとも家へ帰ろうとしているのだろうか。
俺たちは人込みの中を縫うように歩き、私鉄の駅にたどり着いた。
池袋始発の私鉄に乗る。
都から県へ向かう下り電車に、俺と理素は運よく並んで座ることができた。
ガタンゴトンと電車は動き出す。
こんな事態になっても運行しているのは、奇跡的なことなのかもしれない。いつ完全に止まってしまうかわからない。池袋駅へ、そして俺たちの住んでいる街へ戻れるかどうかもわからない。もう家には帰れないかもしれない。
電車の扉の上にデジタルサイネージ広告があって、アニメの聖地巡礼を勧めている。
以前ならごく普通に興味を引かれただろうが、今見ると強烈な違和感がある。宇宙が明日にでも終わるかもしれなくて、戦争になって、これから観光に行こうと思う人は皆無だろう。それでも広告は急には変わらずに、表示されつづけている。
五歳のときになくした鍵を探しに行く俺たちの行動も、他人には理解不能だろう。
見つかる可能性は限りなく低い。俺自身も理素に引きずられて動いているだけで、ひとりだったら絶対にしていない行動だ。
心残りをなくすための旅。
おそらくは人生最後の旅。
死を目前にした人間の行動に、理屈なんてない。
それとも理素には、多少なりとも鍵を見つける成算があるのだろうか?
「あの洋館には、いきなり行って入れるの? 誰が管理しているか知ってる? そもそもまだあるの?」
「まだありますよ。所有者は冬里サトリさんです」
「冬里……?」
「誘拐犯のフユさんの本名は、冬里アカリです。サトリさんは、彼女の妹です」
俺は驚いた。
「そんなことよく知ってるね」
「おとうさんに調べてもらいました。おとうさんは今、私立探偵をやっています。凄腕の情報屋さんともつながりを持っているんですよ」
「それ初耳だよ。頑児さんは家事ばかりやっていると思ってた」
「おとうさんはちゃんと仕事をして、お金を稼いでいます」
理素の声には、少しばかり誇らしげな響きが含まれている。
彼女は話しつづけた。
「私たちがさらわれた当時、あの洋館は冬里アカリさんのものでした。フユさんは、私たちを自分の家に監禁したんです」
「そうだったのか。山上の洋館は絵になるなんて言ってたけど、真相はそれだけのことだったんだね」
「はい。たわいもありません。事件の末にアカリさんが亡くなって、妹のサトリさんが洋館を相続しました」
「そうか。でもそれだと、俺たちは洋館に入れないんじゃないのか。他人の家だろ」
「サトリさんは、山の麓の駅の近くにある自宅兼カフェに住んでいます。紅茶とカレーが美味しいと評判のカフェを、おひとりで切り盛りされています。そこまでは調べがついているんです」
俺はあっけにとられた。
「俺たちはこれからそのカフェに行くの?」
「はい」
「サトリさんにはアポイントメントは取っているの?」
「そんな時間的余裕はなかったし、私に知らない人と話ができると思いますか?」
無理だろうな。理素は人並みはずれた人見知りだ。俺、愛素さん、頑児さんとしか会話が成り立たない。
「カフェまでは案内します。鍵くん、サトリさんと交渉して、洋館に入る許可をもらってください」
「ええ~っ!」
俺はけっして人見知りではないが、いきなり面識のない人にそんな頼み事をするのは嫌だ。
私鉄は思いがけないほどスムーズに運行し、都から県へ移動し、やがて山岳地帯に入った。車窓の外には緑濃い針葉樹林があって、ときどき見える河川には澄んだ水が流れている。
ミサイルも爆発も戦闘機も見えなくなり、日常が戻ってきたようだ。
もちろんそれは錯覚で、スマホは非日常的な世界情勢を伝えている。真偽不明の情報が飛び交っている。
核ミサイルがXXXX本土で爆発したという情報と迎撃に成功したという情報がある。
新潟県にXXXの特殊部隊が上陸し、原子力発電所をめぐって自衛隊と攻防を繰り返している。
XX海峡で海戦が勃発した。
XX諸島はXX軍に占領された。
X軍基地から大陸に向かって、大規模な空襲部隊が発進した。目標はXXの首都および重要都市。有人の軍用機には、多数の軍事用ドローンが搭載されている。攻撃は無人機が行い、人は戦果の観測と次の目標の設定等を担う。
電車が速度を落とし、プラットホームの横に滑り込んで停車する。
「着きました」
理素が言い、俺たちは電車から降りる。
線路は東西に延びていて、南北には山地がある。鷹か鳶か何かが大空をゆるりと旋回している。
無人駅のようだ。出入口は北側にだけあって、自動改札から外に出る。
そこにあった公衆トイレで用を足した。
「行きましょうか」
理素が歩き出し、俺は後につづく。
階段を下りて、清流にかかる橋を渡ると、国道が東西に走っていた。
理素はスマホのマップを確認し、西へ向かう。
国道沿いに交番や高齢者介護用の集合住宅がある。小学校の校舎が見えたが、校門は太い鉄の鎖で閉ざされていた。すでに廃校になっているようだ。
山小屋風の建物の前で、理素は立ち止まる。
「カフェ冬民」という木彫りの看板が掲げられている。彫られているのは、文字と雪の結晶。
「鍵くん、先に入ってください。交渉はすべてお任せします。ミッションは洋館への立ち入り許可を得ることです。失敗は許されません」
「無理言うなよ~」
俺はしかたなく店の扉を開ける。
チリンと鈴が鳴る。