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閃光、爆音、粉塵

 俺と理素は住宅街を歩きながら話した。

「サービス終了まで、あとどのくらい時間が残されていると思う?」

「わかりません。提示されているのは、まもなく終わります、ということばだけですから」

「そうだね」

「とにかく急がなくてはなりません。味覚の次に視覚を奪われたら、行動不能になってしまいます」 

「ダメージが少ないのは嗅覚かな。聴覚がなくなると、会話できなくなってしまう」

「おしゃべりできなくても、私はそれほど痛痒を感じないかもしれません。意思疎通はスマホがあればできます」

「俺は理素の声を聴きたいけどな」

 彼女はほんのわずかに頬を赤くした。

「そうですか……。まあ私も鍵くんとは話していたいです」 

「触覚がなくなると、どんな感じになるんだろう」

「今わたしたちは、足の裏に地面を感じながら歩いています。鼻には空気を吸う感触があり、皮膚は風や温度を感じています。これらが消失したら、身体がなくなったように感じるのではないでしょうか」

「きっとそうだろうね」

「VR宇宙には、情報だけしか存在しません。感覚情報を失うのは、死と同義です」

「五感を失って、思考だけが残るという可能性はあるかな?」

「それはあり得ますね。真っ暗な世界の中で、ひとり孤立して、何も感じずに意識のみが存在する。サービス提供の最終段階ですね」

「悪夢でしかないんだが」

「爪をはがされる痛みよりはマシです」

「それはそうだね……」


 その点では理素と同意見だ。

 超絶孤独はかなり怖いが、爪をはがされる痛みは二度と感じたくない。

「触覚を失えば、痛みも感じなくなるでしょう」

「それが感覚喪失の唯一のよいところだね」

 理素と話していると、時間が早く過ぎる。駅舎が見えてきた。

 駅の改札の前に、愛素さんが立っていた。

 俺は彼女の前で立ち止まった。


「鍵はあるかな?」

 愛素さんは俺に向かって右手の人さし指を突き立てる。

「鍵はありませんが、俺ならいますよ」

 俺は自分の胸に人さし指を立てて答える。

「鍵を探しに行くんだね」

「理素が探したいらしいし、あれは俺にとっても大切なものですから」

「気をつけてね。宇宙が終わる前に、見つけられることを祈ってる」


 俺と理素は改札を通り、駅構内に入った。

 振り返って見ると、愛素さんは改札の外側に立ったまま、俺たちを見送っている。


「あの人は来ないのかい?」

「姉さんは洋館が怖いみたいです。痛みを思い出しますから。それと、最後のときをおとうさんと一緒に過ごしたいと言っていました」

「そうか。残り少ない時間を、大切な人とともに過ごす。いいことだな」

「私は……鍵を探しつつ……大切な人と……一緒にいられます」

 理素は俺を見て、ことばを探しながら、ゆっくりと言った。

 そう言われて、俺も最後のときを彼女といたいと思っていることに気づいた。

「光栄だよ、理素。最後までそばにいるよ」


 理素ははっきりと微笑んだ。

 事件が起こる前のように。


 俺たちは満員電車に乗り、吊り革につかまって、並んで立った。

 こんなときでも人々が会社や学校へ行こうとしているのが不思議だが、「サービス終了のおしらせ」が最初に表示されたのは一昨日のことでしかない。まだ多くの人は従来の行動を維持している。

 ガタンゴトン、と車輪が鳴り、車両が振動する。


「洋館にはどう行ったらいいかわかってる?」

「わかっています。JRで池袋まで行き、私鉄に乗り換えます。山の麓の駅で降りて、その後はタクシーに乗りたいと思っています」

「誘拐されたときも、車で行ったんだよね。すごいスピードだった」

「私たちはトランクの中にいました。あれもひどい拷問でした」

「そうだったね。車のトランクには二度と乗りたくない」


 窓の外には建物が密集した二十三区の風景がある。

 晴れていたが、強い風が吹いていた。

 電車が駅に止まると、大勢の人が降りる。

 駅のホームに立ち食いそば屋があった。すべての人が味覚を失くしたのに、営業しているのだろうか。

 ホームからは、降りた人たちと同じくらいたくさんの人が乗ってくる。

 俺と理素は人の圧力に抗して、並んで立ちつづけた。

 電車が発進する。


 車窓からキラリと光る飛行物体が見えた。

 ミサイルみたいだな、と思った。細長く、後ろから火を噴いて飛んでいる。

 それはビル群の中に吸い込まれていった。

 閃光が見えて、ドカンという爆発音が聴こえ、粉塵が建物の間から舞いあがり、空へと広がっていく。

 ミサイルみたいではなく、そのものだった。


「え?」

 俺はぽかんと口を開ける。

「きゃあーっ」と叫ぶ人の声。

 電車内がざわめく。

「ついに始まりましたか。予想より早いです」

 理素はあまり表情を変えなかったが、声には深刻な響きがあった。

 俺はごくりと喉を鳴らした。スマホに「戦争」と打ち込んで検索する。


「XXXXXX国は、味覚消失をXXXX共和国のバイオテロと断定し、宣戦布告」

「XX国政府は同盟国と足並みを揃え、すでに行動を開始しています。サイバーテロおよびバイオテロをX国の先制攻撃と認定し、宣戦布告を行いました」

「X国とXXXは共同で凶悪な陰謀と侵略に立ち向かうと宣言した。国家の危機に際しては核攻撃も辞さない。敵の攻撃がやむまで戦う」

「XXXのミサイル発射を確認」


 俺はスマホの情報をひととおり読み、また車窓を見た。

 空を軍事用らしい航空機の編隊が飛行している。

「緊急停車します」

 車内放送があって、電車がガッタンと音を立てて止まった。

「安全確認のため、しばらく止まります」

 電車は駅間にあって、誰も外に出ることはできなかった。

 ぎゅうぎゅう詰めの車内でただ待ちつづけるのは、苦痛でしかなかった。

 俺はため息をついた。理素は完璧な無表情になって、沈黙を守った。


「安全が確認できましたので、発車いたします」

 電車が動き、次の駅に到達した。

「前方に電車が止まっています。信号が変わるまで停車します」

 放送の声は、重苦しく聞こえた。

 満員電車にいるのが我慢ならないという感じで、駅のホームへ出ていく人が何人かいた。

「ここは危険だ」と話す人がいて、その声にうながされるように、さらに数人が車外へ出た。

 安全な場所なんてあるのだろうか?

 ミサイルはどこに飛んでくるかわからないし、そもそもこの宇宙はまもなく終わるのだ。


「どのくらい待たされるんだろう?」

 俺は理素にらちもないことを訊いた。

「わかりません」  

「俺たち、急いでるんだよね」

「急いでいます。でも歩いて洋館へ行くことはできません。遠すぎます」

 彼女は俺よりもずっと冷静だった。

 自分が恥ずかしくなった。

 ほどなくして電車が動き出し、ほっとした。

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