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ビニール傘

 帰りの電車の中でスマホを見ると、世界混乱の情報があふれ返っていた。

 各国の首脳クラスがさまざまな発言をしている。


「X国はインターネットを乗っ取ろうとしている。これ以上攻撃をつづけるなら、わが国は断固として制裁を課す。手段は経済的なものに限らない」

「自作自演の陰謀でわが国をおとしめようとしているXXXXに、われわれは絶対に屈しない。情報テロをただちにやめるよう求める。さもなくばXX軍は立ちあがる」

「わがミサイルは大洋を超える。あらゆる防壁を突破し、敵XXXXを報復の焔で焼き尽くす」

「最後の聖戦が始まる。生き残るのは、神に選ばれた者だけだ。すなわちわが国の民である」

「XXXのサイバー攻撃とXX海上における軍事演習に対し、遺憾の意を表明するものです」


 国家の指導者たちは、説明のつかない「サービス終了のお知らせ」を敵対勢力の情報攻撃と決めつけ、ことばの刃を投げ合っている。

 敵の仕業にしてしまえばわかりやすい。

 理素が言うように、ひとつ上の宇宙からの干渉だと考えれば、説明はできる。だが超越した存在を認めると、国家の威信がゆらぐ。軍事力が無効である事態は、特に大国にとって受け入れがたいだろう。国内統治のためには、敵国の陰謀にしてしまった方が都合がいい。


 しかし陰謀論には副作用がある。

「宇宙2.0は終わります」という表示が現れつづけると、非難合戦はエスカレートせざるを得ない。振りあげた拳を本当にどこかに叩きつけなければならなくなる。

「こりゃあマジで戦争になるかもな……」

 俺は心の中でつぶやいた。

 怖ろしいのは、この宇宙のどこを叩いても、おそらく表示は消えないということだ。

 絶望は深くなり、陰謀論はさらに声高に叫ばれ、争いは拡大していく……かもしれない。

 ひとつ上の宇宙のシミュレーションゲーマーは、そんな俺たちを見て楽しむのだろう。


 帰宅すると、美舟はソファーに座ってスマホを眺め、美しい顔を歪めていた。

 両親はまだ仕事から帰っていない。家の中にいるのは義妹と俺だけだ。

 俺は自室に引っ込もうとしたが、彼女から話しかけられた。


「キーくん、いったいどうなっちゃうのかな?」

「世界情勢?」

「わたしたちの明日」

「ふたつの未来が考えられるね。その一、世界の混乱に否応なく巻き込まれて、困った明日が来る。その二、宇宙2.0が音もなく消えて、当然のことながら不可避的に巻き込まれる。俺たちは安楽死のように、いつの間にか意識をなくす」

「どっちも嫌よ」

「俺はその二の未来がいいな。苦しんで死ぬのはごめんだ。爪をはがされるようなことは二度とされたくない」

 美舟は眉間にしわを寄せた。

「その一でも、爪がはがされることはないでしょ」

「戦争が勃発して、街が火の海になり、全身やけどになりながら逃げ惑う。その苦しみはきっと爪はぎと同等だよ」

「極端なことを言わないで!」

 彼女は突如として大きな声をあげた。

「ごめん……」

 俺は逆らわずに引いた。

 普通の女の子には耐えがたい想定を話してしまったようだ。


 美舟は長い睫毛を伏せた。

「声を荒げてごめんなさい」

「気にしてないよ」

「ねえ、キーくんは本当にそんな悲観的な未来を信じているの?」

「別に信じきっているわけではないけれど、まったく適当なことを言っているわけでもないよ。俺の脳は悲観的な傾向をしているんだ。楽観的な未来を予想するのが苦手で、悪い方に進むんじゃないかと考えてしまう。でも楽観的な想定を話した方がいいのなら、できないことはないよ。言ってみようか?」

「言ってみて」

「明日以降、『サービス終了のお知らせ』は金輪際表示されず、人々はそんなことがあったのをすっかり忘れて、完璧な日常を取り戻す」

「ことばはすらすら出てくるのね。それこそまったく信じてないでしょ」

「楽観的な未来を素直に信じることができないんだ。爪はぎをされたことがあるからね。最悪の未来を信じる傾向がある」

「爪はぎのことはもう言わないで。想像するだけで痛くなるから」

「ごめんよ。俺は悲観的な上に自虐的なんだ」

「義兄が思ってたよりずっと変な人だった」

 彼女は腕を組んで、ふうっと息を吐いた。


「落胆させてごめん」

「がっかりなんてしてないよ。あなたと話すのは意外と面白いわ。わたし、変な人ってけっこう好きなの」

「蓼食う虫も好き好き」

「わたしは虫じゃないし、男の子の好みの話でもないからね。誤解しないでよ」

「美舟さんは高嶺の花だ。誤解なんて絶対にしないよ」


 俺は冷蔵庫を開けた。冷えた麦茶をコップに注ぐ。

 食卓について飲んでいると、美舟はソファーから立ちあがり、対面に座った。

 

「わたしは高嶺の花なんかじゃないよ。キーくんはまあまあイケメンだから、外見的には好みだったりする。もっとも、家族になった人と恋愛するつもりはないけどね」

 俺は驚いた。

「俺がイケメンだなんて初めて聞いた」

「あなたには隠れファンが多いのよ。知らなかった?」

「知らなかった……」


 美舟はにやにや笑い出した。

「キーくんとわたしが一緒に暮らし始めて、がっかりしてる人はけっこういる」

「それは全部男子だろう?」

「女子にもいるのよ。わたしは何人か知ってる」

 俺はますます驚いた。

「誰?」 

「言わない。空原さんも苦々しく思ってるんじゃないの?」

「理素はそんなこと思ってないよ」

「そうかなあ?」

 彼女はにまにました。俺の反応を楽しんでいるのは明らかだ。話が恋愛寄りになって、表情がいきいきしてきた。女の子はそういうのが好きだよな。


 そのとき貴舟さんが帰ってきた。

 彼女の表情は物憂げで、疲れているようだった。

「ただいま。世の中がにわかに大変なことになってきたわ。スーパーで買い物してきたんだけど、棚がすっからかんになりかけてる。慌てて手に入るものを買い占めてきた。肉と野菜はぎりぎり買えた。かろうじて最後の缶詰、インスタント食品、レトルト食品、ビスケットなんかも手に入れることができた」

 義母の両手には、レジ袋が四つも握られていた。持てるだけ買ってきたという風情だった。

「俺、追加で買い出ししてきましょうか?」

「たぶん今行っても、もう何も買えないよ」

 貴舟さんは首を左右に振る。


 それでも俺は走り、近所のスーパーやコンビニを見て回った。

 商品はほぼなくなっていた。飲食物や紙類などの生活必需品は完全に消え失せている。

 昼間は晴れていたのに、激しい雨が降ってきた。

 季節はずれのゲリラ豪雨だ。瞬く間にびしょ濡れになった。

 俺が買えたのは、最後に残っていた透明なビニール傘だけだった。

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