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贈り物

 放課後、俺と理素は連れ立って旧校舎へ行き、歴史研究会の部屋に入る。

 今日は先に愛素さんがいた。


「やあやあ会員諸君、こんにちは。鍵はあるかね」

「こんにちはです、姉さん」

「鍵はありませんが、俺ならいます」

 いつものあいさつを交わす。

「何を飲むかね?」

「ホットコーヒーが飲みたいです。ブラックで」

「ココアをいただいてもよろしいでしょうか。甘々なものを」

「ブラックコーヒーとメガ甘ココア。うけたまわった」

 愛素さんは手際よく俺たちの飲み物をつくり、テーブルの上に置いた。

 その後、自分用の日本茶を淹れる。


「『宇宙2.0はまもなく終わります』という表示についての、きみたちの見解を聞きたいな」

 愛素さんはお茶をすすり、ポッキーを二本手に取って、リスのように齧る。

「俺は別になんとも思っていません。せいぜい宇宙が終わるまで何をしようかな、やり残したことはあったかなと思うくらいで。でも誰がやっているかわからない謎の表示に対して、権力者が過剰反応するのを懸念してはいます。どこかの国の政治家や軍人が過敏になって動きすぎるのは、やめてほしいですね」

 俺はやりたいと思ったポッキーの三本同時食べを敢行する。


「ふうむ。過剰反応とは?」

「たとえば表示を敵対国の仕業と決めつけ、なんやかんやあって戦争を起こすことです。過剰反応の最たるものは、核ミサイルの発射とか第三次世界大戦の勃発とか民族大虐殺とかですね」

「そんなのいやあああやめてよ政治家軍人過剰反応それとそんなこと言わないでよキーちゃんあああああ想像したら泣けてきたあ」

 俺が大仰なことを言うと、愛素さんはいともたやすくネガティブモードに陥り、泣いた。


 理素はポッキーを一本つまんで、ハツカネズミのようにちびちびと食べる。

「鍵くんと昼休みにした話のつづきになりますが、私たちのVR宇宙を創造したひとつ上のVR宇宙の人間であれば、私たちの宇宙を簡単に終わらせることができます。この表示は、私たちの創造者がやっているのではないでしょうか」

「きっとそうなんだろうね」

「きみたち何言ってんのおアタシたちのVR宇宙って何ひとつ上のVR宇宙って何アタシたちの創造者ってなんなのよおおお」


 愛素さんがネガティブモードに陥っていると、ちょっといたずらしたくなってしまうときがある。

「力は山を抜き気は世を覆う

 時利あらずして騅ゆかず

 騅のゆかざるをいかんすべき

 虞や虞やなんじをいかんせん

 要するに敵は強大で、打つ手なしということです」

「四面楚歌ってこと垓下の歌うたわないでえええ」

 紀元前202年、項羽は楚漢戦争で劉邦に敗れ、垓下で討たれた。

「敵ですらないと思います。相手は私たちにとって全知全能者で、私たちは相手にとってただの三次元動画です」

 理素は俺よりもえげつないことをさらっと言い、姉にとどめを刺した。

「いやああああああああああああああああああああ」


 そのとき扉が開いて、女の子が会室に入ってきた。

 俺の義妹、美舟だった。

 愛素さんは懸命に口を閉ざし、人見知りな理素はきゅっと固まって、俺の陰に隠れる。

 美舟は愛素さんの悲鳴を聞いたようで、驚いた表情をしていた。


「こんにちは。取り込み中だった?」

「いや、大丈夫だよ、美舟さん。歴史研究会に何か用?」

「歴史研究会ではなくて、空原さんに会いに来たの。ここにいるだろうと聞いたものだから」 


 美舟がそう言うと、理素はますます固くなって、俺の上着をぎゅっとつかんだ。

「会いたいのは理素の方だよね。ここには愛素さんと理素のふたりの空原さんがいるんだ」

「あ、お姉さんもいるんですね。失礼しました。うん、理素さんに会いに来た」


 美舟は俺の後ろで縮こまる理素に話しかける。

「初めまして。わたしは先日キーくんの義妹になった明日葉……じゃない白根井美舟と言います。理素さんが義兄の友達だと聞いて、私もあなたの友達になりたいと思ったの」

「あ……は……初めましてです……」

 理素はかろうじてことばを返す。


「あ、やっぱりそんな感じなのね。内気な人だと聞いてたから、簡単には友達になれないだろうなとは思ってた。わたしが怖いかな? 怖くないですよ~。駅前のファンシーショップであなたに喜んでもらえそうな贈り物を見つけたの。プレゼントしたら、今日はすぐに帰るね」

 美舟は鞄から小さな箱を取り出した。箱は、赤い地にたくさんの小さなピンクのハートが舞う包装紙でくるまれている。

 理素に渡そうとする。

 彼女は本当に怖がっているようで、手に取らない。

 しょうがないので、俺がいったん受け取り、それから理素に渡す。


 美舟はプレゼントを受け取らなかった理素の態度に気分を害したようで、少し膨れっ面になった。

「開けてみてよ」

 やや強い調子で言う。

 理素はこわばったままで、包装紙を開こうとしない。 


「開けてくれないかな」

 声はさらに高くなり、強い調子になる。

 理素はびくつくばかりで動かない。臆病な森の動物が、猛禽類におびえているようだ。


「はあ……」

 美舟はため息をつく。

「ごめんなさい。出直すね」

 彼女は理素ではなく、俺の方を見て言った。


 美舟は部屋から出て行き、理素の手からぽとりと小さな赤い箱が落ちる。

 俺は床から拾って、包装紙をはがし、箱を開ける。

 中には金の鍵のチャームが入っていた。


 誘拐監禁実況動画は、多くの人の目に触れている。

 誘拐犯が頑児さんの手によって殺された後、理素が犯人のポケットをまさぐって金の鍵を探したのは、有名な話だ。

「そんなまがいものはいりません……」

 理素の目はふだんよりもさらに暗く、まるでブラックホールのようだった。 

「無神経な人ね」

 愛素さんはネガティブモードから脱け出して、ぷりぷりと怒る。

 このプレゼントは失敗だったな、と俺も思った。

 美舟に悪気はないのだろうが、良いものを選んだつもりが逆効果になっている。

 宮田くんも美舟も、理素の友達にはなれそうにない。

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