サービス終了のお知らせ
朝起きてスマホを手に取ると、「サービス終了のお知らせ」ということばが表示されて、すぐ消えた。
何のサービスが終わるんだろう。確認できなかった。
でもまあそんなことはどうでもいい。
俺は昨夜用意しておいた濡れタオルで顔を拭き、手鏡を見ながら櫛で寝癖だらけの髪を整えた。
寝る用のくたびれているが着心地のよいジャージを、見苦しくはない新しいジャージに着替える。
どうしてわざわざそんなことをしているかというと、昨日から家の中に可愛い女の子がいるから。
義妹だ。
おとうさんが再婚して、義母と義妹ができた。
義妹は俺より二か月だけ年下で、なんと高校の同級生だ。
クラスはちがうが有名な美人で、もちろん俺も知っていた。
入学した当初から彼女は、「すごく可愛い子がいる」とささやかれていた。
俺も目を奪われた。
肩までの長さのサラサラの黒髪。整っているが冷たさより愛らしさを感じる小顔。背の高さは平均的だけど、脚が長くて腰の位置が高い。
多くの男子が告白し玉砕していた。俺は話しかけることもできなかった。
高二の五月、そんな彼女が義妹になった。
結婚式は二週間前だった。
父と義母はモルディブへ新婚旅行に行った。千を超える小さな島からなるインド洋に浮かぶ国。珊瑚が美しいらしい。
三日前、旅行からおとうさんが帰ってきた。
そして昨日、義母と義妹が引っ越してきたのだ。昨夜から学園のアイドル的な美少女とひとつ屋根の下で暮らしている。
「おはようございます」
俺は二階の自室から一階のリビングに下りて、義母と義妹にあいさつした。
新しい家族とうまくつきあっていかなくてはならない。少し緊張している。
「おはよう」
義妹はスマホに向けていた顔を上げて、自然な感じで俺にあいさつを返してくれた。
上が水色、下が白のスウェットを着ている。たぶんそれが寝間着で、俺みたいに着替えたりはしていないのだろう。
髪には寝癖ひとつなくて、サラサラの直毛が黒く艶やかに輝いている。
残念ながら、俺は彼女とは真逆の癖毛で、跳ねた髪を毎朝なでつけなくてはならない。
「おはよう。家族なんだから『ございます』はなしにしてほしいかな」
義母が食卓にスプーンとフォークを運びながら言った。
「あ、すみません」
「謝られるのもちがうんだけど、こんなことをいちいち指摘するのもちがうかな。家族合併って、むずかしいね」
義母はかつてテレビ局のアナウンサーだったが、今は総務部に移って事務をしているそうだ。
ショートボブの黒髪で、黒縁眼鏡をかけている。知的な感じの美人だ。
「ちょっと美舟、朝ごはんの支度手伝ってよ」
「ごめーん。友達に返事しなくちゃいけなくって」
義妹がスマホに目を落としてフリックしながら答える。
「あ、俺手伝います」
「ありがとう。美舟、鍵くんを見習いなさい。おかあさんだって忙しいのよ」
俺の名前は白根井鍵という。
鍵と書いてキーと読む。
変な名前だが、死んだおかあさんがつけてくれた名前だ。今となっては大切な名。
「キーくん、今朝スマホに『サービス終了のお知らせ』って出なかった?」
義妹の美舟は俺の名をカタカナの感じで呼ぶ。そういうふうに呼ぶ人は多い。漢字に聞こえる人の方が少ない。
「出たよ」
「何が終わるのかわからなかった。教えて」
「ごめん。俺もわからなかった」
俺は食パンをトースターに入れる。
義母の貴舟さんはサラダを盛った皿を食卓へ運んだ。
「私もホーム画面に表示されたわ。なんだかわからなかったけど。真実也くんはわかった?」
貴舟さんはおとうさんを親しげにそう呼ぶ。
父と義母は大学の同期生で、ふたりとも軽音楽サークルに属していたそうだ。
おとうさんはソファーに座って、美舟と同じようにスマホを見ていた。
「俺もそれは見た。気になって調べているんだが、何もわからん。どうやら全世界的な謎現象らしいぞ」
父が言って、貴舟さんまでスマホを見る。
俺はかりかりに焼けたベーコンを皿に載せた。
「……ホントだ。スマホやパソコンの初期画面にサービス終了のお知らせと表示されるが、何が終了するのかまったくわかっていない。世界各国の現地語で今日から一斉に起こっている現象……。何なのかしら。超強力なハッカー集団の仕業?」
貴舟さんもネット情報を漁り始めたので、朝食の支度は俺ひとりでやらなくてはならなかった。
使い慣れたキッチンなので、俺がやった方が効率的ではある。
俺たち新家族は、首をひねりながら朝ごはんを食べた。
おとうさんと貴舟さんと美舟は、「サービス終了のお知らせ」が気になっているようだ。でも俺は変な現象なんかより、美しい義妹と同じ高校へどう登校するかの方が、ずっと気かがりだった。
「美舟さん何時に出る? 登校時間ずらそうか?」
「なんで? 同じ学校なんだから、一緒に行こう」
「誰かに見られて、説明しなくちゃいけなくなるよ。親が結婚して一緒に住むようになったこととか、同居してどんな感じだとか。嫌じゃない?」
「別に。名字が変わったからすぐにわかることだよ。どうせ説明しなくちゃならない。それともキーくんが嫌?」
「嫌じゃない」
俺は首を左右に振ったが、本当は少し嫌だった。登校中、何を話せばいいのかかわらない。
でもそれは杞憂だった。
美舟は想像以上に気さくで、話しやすかった。
通学路で、電車の中で、気まずくなるような時間はなかった。
「わたしはね、宇宙人の仕業だと思う」
「まさか」
「まさかの現象が起こってるんだよ。まさかの真実があるに決まってる」
「決まってるの?」
「おそらくたぶん決まってる。もしかしたら未来からの干渉かもしれない。でも何が終了するんだろう?」
「そこは想像できないの?」
「わかんない。全インターネットサービスが終わるのかな」
「まさかの現象が起こっているから、そんなことだってあり得るかもね」
「ネットが終わると困る~」
美舟は本当に困ったような顔をした。
父の再婚話が出るまでまったく話したことのない綺麗な同級生がフレンドリーに接してくれて、心の底からほっとした。
俺にとって義妹との関係性は、ネットの存続なんかよりよほど切実な問題だった。