第67話 「もっと知りたい。あなたのこと、わたしのこと」
日曜の昼。
美里と彼は、街の図書館の裏手にある小さなカフェにいた。
お気に入りの席。大きな窓から差し込む光。
彼「このあいだ言ってた、エッセイってこれ?」
美里「うん、ちょっと古いけど、言葉が丁寧で好き」
彼「美里さんらしい」
そんな何気ない会話も、
最近は、少しだけ心の奥まで届くようになってきた気がする。
美里「ねえ……聞いてもいい?」
彼「うん」
美里「……前に、付き合ってた人っていた?」
彼「……いたよ。1年くらい前まで」
美里「……そうなんだ」
彼「でも、その人とは……なんていうか、“相性がよくなかった”」
美里「それって……?」
彼「“恋人”って呼び合ってるのに、お互いに遠慮しっぱなしだった」
「本当のこと、言えないまま、終わった感じ」
美里は、カップを持つ手に少しだけ力が入る。
それに気づいた彼が、そっとテーブルの下で美里の手を握る。
彼「でも美里さんとは、ちゃんと話せてる気がするよ」
モノローグ(美里の心の声)
(この人の過去を知るのは、
少しだけ苦しいけど、ちゃんと向き合いたい)
(私も、隠さずに話せるようにならなきゃ)
美里「……私ね、30になるまで、ちゃんと誰かと付き合ったこと、なかった」
彼「うん、前に言ってたね」
美里「でもね、それって“縁がなかった”とか、
“仕事が忙しかった”って理由じゃなくて……」
「たぶん、怖かったんだと思う」
「誰かに触れられることも、心を見せることも」
彼「……今も?」
美里「少しだけ。でも、あなたといると……怖くない」
「もっと知りたいって、思う。あなたのことも、わたしのことも」
彼はゆっくり頷いて、
窓の外を見ながら、小さく言った。
彼「……俺、今すごく嬉しい」
「なんか、美里さんって、強く見えて、
でもこうやって自分のこと話してくれると、
すごく……愛おしいって思う」
モノローグ(美里の心の声)
(こんなにちゃんと話したの、いつ以来だろう)
(触れ合うことより、もっと深くて、
もっとあたたかい“心の交流”だった)
(恋人って、たぶんこういうことなんだ)
ノート(ふたりの距離が縮まった日)
✅ 美里:恋愛経験ゼロの過去を“話す勇気”を出す
✅ 彼:過去の恋を“飾らずに”伝える
✅ 二人:初めて本音で向き合い、「信頼」が芽生える
✅ キーワード:「もっと知りたい」は“好き”の進化形
モノローグ(別れ際、美里)
(きっと私たちは、
“理想のカップル”じゃない)
(でも、少しずつちゃんと“私たち”になっていってる)
(その速度が、たまらなく好き)
第68話
「会わない時間も、好きが育つ」
月曜、朝。
美里はオフィスのエレベーターの中で、
スマホを何度も確認していた。
美里(LINE……まだ既読になってない)
(昨日の夜はあんなに近くにいたのに。今は、画面越しですら遠い)
(……わがままかな)
彼からのメッセージ(11:34)
おはよう。今週、ちょっと忙しくて、返信遅れるかも。
ちゃんと寝て、ごはん食べて、元気でいてね。
モノローグ(美里の心の声)
(わかってる。
彼が今、がんばってるのも、優しいのも、知ってる)
(でも、ほんの少しだけ──さみしい)
水曜、夜。
美里は、ベッドに寝転びながら、
図書館で彼と読んだエッセイ本を開いていた。
美里(“会えない時間こそ、恋が育つ”……か)
(そうだったらいいな。
会いたいって思う気持ちが、ちゃんと“好き”に変わっていくなら)
スマホに目を落とす。
彼からのメッセージは、まだ来ていなかった。
翌日、昼休み。カフェにて、亜紀と。
美里「……ねえ、会えないだけで、こんなに不安になるもん?」
亜紀「なるよ。好きなら」
美里「でも、重くなりたくないし」
亜紀「重いのは“気持ち”じゃなくて、“伝え方”だから」
「今のままの美里なら、全然大丈夫。素直で、ちゃんと相手のこと考えてるもん」
美里「……そうかな」
亜紀「で、伝えた?」
美里「……まだ」
亜紀「そろそろ、“会いたい”って、言ってもいいんじゃない?」
夜。
美里は、スマホに指を置いて、小さく深呼吸をした。
美里(“既読がつくかどうか”で、こんなに心が動くなんて、
正直、ちょっと面倒……でも、幸せ)
メッセージ送信(21:16)
今週忙しいって言ってたのにごめんね。
ちょっとだけ、会いたいって思ってしまってる私です。
返事(21:19)
ごめん、美里。今日、ずっと君のこと考えてた。
俺も、すごく会いたい。
土曜、少しだけでも会える?
モノローグ(美里の心の声)
(あぁ、もう……なんでこの人、
たった一行で、私の不安をほどいちゃうんだろ)
(“会いたい”って言えた自分に、
ちょっとだけ、拍手したい)
ノート(すれ違いの中の前進)
✅ 美里:不安と向き合い、“会いたい”を素直に伝える成長
✅ 彼:仕事で多忙でも、思いやりある対応
✅ 関係性:沈黙ではなく、“小さな発信”で距離が縮まる
✅ テーマ:離れている時間こそ、“信じる力”と“伝える勇気”
モノローグ(金曜の夜、美里)
(週末が待ち遠しいって、こんなに思う日が来るなんて)
(もう一度会えたら──もっと、ちゃんと話したい)
(あなたのこと、そして……
“ふたりのこれから”のことも)
第69話
「久しぶりの再会に、言いたいことがありすぎて」
──とにかく、したい美里。
土曜の午後。駅前のベンチ。
彼が来るまであと3分。
美里の胸は、もうとっくに走り出していた。
美里(“会いたい”って、ちゃんと伝えた)
(……だから、今日は私、がんばるって決めたんだ)
駅の改札から、彼が現れる。
髪が少しだけ伸びて、ジャケットの袖をまくった手首が見えて。
美里「……お久しぶりです」
彼「一週間ぶり、ですね」
美里「うん。すごく、長かった気がする」
彼「俺も。なんか、会った瞬間、全部どうでもよくなった」
カフェで1時間。
映画館で2時間。
そのあと公園を少し歩いて、夜はもう、目の前まで来ていた。
けど、美里の頭の中ではずっと同じことが繰り返されていた。
美里
(話もしたいけど、ぎゅってされたいし、キスもしたいし、
……できれば、今日はちゃんと……したい)
でも、言えない。
モノローグ(美里)
(彼から来てくれたらいいのに)
(でも、気を遣ってるのかも? 私のペースを大事にしてくれてるのかも?)
(それって優しさ? それとも……迷ってる?)
彼の部屋。
ソファに並んで、ドラマを観るふりをしながら、美里はちょっとだけ身を寄せる。
でも、彼は反応が控えめで。
美里「……ねえ」
彼「ん?」
美里「私って、そういうの、消極的に見える?」
彼「え……?」
美里「なんていうか、誘いにくいタイプ?」
彼「いや、そんなことないけど……」
美里「……あのね。今日、私、したいって思ってるの。
会いたいって言ったときから、ずっと」
彼の目が、まるで初めて美里を見たように、驚きと、喜びと、戸惑いで揺れる。
彼「……正直、俺の方こそ、どうしていいか分からなくて」
「前回も少しぎこちなくて、美里さんを不安にさせたらって思って、
今日は何も期待しないって決めてた」
美里「その気持ちはすごく嬉しい。でも……
期待、してもいい日もあるんだよ?」
モノローグ(美里)
(たぶん、私がずっと欲しかったのは、
**“優しいだけじゃない好き”**だった)
(触れたい、抱かれたい、ちゃんと愛されたい)
(その気持ちを、自分の言葉で言えるようになった今、
やっと“本当の恋”が始まる気がした)
夜が、ゆっくりと動き出す。
照明が落ちる。
彼がそっと、美里の手を取って、静かにキスをする。
彼「……ありがとう、言ってくれて」
美里「うん。今夜は、“ちゃんとしたい”って思ってたから」
ノート(恋に能動的になる夜)
✅ 美里:「したい」という欲求を自分の言葉で伝える成長
✅ 彼:遠慮と優しさの狭間で、受け止めてくれる姿勢
✅ 関係性:遠慮の先にある“本当のふたり”へ一歩踏み込む
✅ テーマ:「欲しい」と言える恋は、“信頼”でできている