第51話 「恋人って、どこからですか?」
日曜の夜、美里の部屋。
いつもの紅茶も、なんだか今日は味が薄い。
ソファに沈みながら、スマホを見ては置き、また見ては置く。
(手、つないだ。しかも……自然に)
(でも……「付き合ってください」とか、言われてない)
(あれって……何? 私たち、なに?)
月曜日、昼休み。
親友・亜紀とのいつものカフェ。
「で? ででで? 進展あったの?」
「手、つないだ……」
「えっ、それで!?」
「……それだけ」
「“それだけ”って、手をつないだんでしょ!? ほぼ恋人でしょ!」
「……けど、“付き合おう”って言われてない」
「うわ、出た。30代女子の“言語確認欲求”!」
美里、ふっとつぶやく。
「恋人って……どこからなんだろうね」
「それ、答えある?」
「ううん。でも……“付き合おう”って言葉がないと、不安なんだよね」
帰り道、ひとり考える。
(私は、何をそんなに不安がってるんだろう)
(たぶん……“都合のいい存在”になるのが怖いんだ)
(ちゃんと“私だけ”って、言ってほしい)
(……でも、自分から聞くのも怖い)
(“重い”って思われたらどうしよう)
その夜、スマホに届いた彼からのメッセージ。
?
「今度、もう少し話せる時間とれませんか?」
「美里さんとちゃんと向き合って話したいことがあって」
「……え?」
(もしかして……向こうも、同じこと考えてた?)
モノローグ(ソファの上で、スマホを抱きしめながら)
(“恋人”って、誰かに決めてもらうことじゃなくて、
お互いがそう思えたときに、はじめて“関係”になるんだ)
(でも、私は――ちゃんとその言葉が欲しい)
ノート(関係の輪郭)
✅ ふたりの距離:確かにつながっている
✅ 美里の不安:関係が“宙ぶらりん”であること
✅ 次の約束:彼からの「ちゃんと話したい」宣言
✅ 小さな予感:「その日、きっと関係に名前がつく」
第52話
「“付き合おう”って、言える側になりたい。でも──私、7歳も年上だよ?」
夜、美里はお気に入りのアロマキャンドルを灯し、ノートを開いていた。
「私から“付き合おう”って言ってもいいんじゃないか」
「うん……うん、それもアリ」
「……でも、ほんとに? それ、私が言って成立する関係なの?」
ノートに書いた文字がにじむ。
“彼は、7歳年下”。
年齢なんて関係ない――そう思いたかった。
でもそれは、どこかのテレビドラマの中の話。
モノローグ(心の声)
(私、忘れてたフリしてた。彼が、まだ20代前半だってこと)
(私みたいなアラサーOLとは、人生のフェーズが違う)
(彼が“すぐ結婚”とか考えてないのも当たり前で……)
(もし私が“付き合おう”って言って、それが彼の“負担”になったら?)
「……こわい。言うの、やっぱり……こわい」
翌朝、通勤電車の中。
広告の中の“年の差カップルの結婚特集”に目が止まる。
そこには、「10歳差でもハッピー!」という笑顔の写真。
(この人たちは、どうやって不安を超えたんだろう)
(わたしは……まだ、自分の“年齢”を乗り越えられてない)
カフェでの亜紀との会話
「“付き合おう”って言う勇気が欲しいの。でも……私、7歳上だよ?」
「だからなに?」
「彼の将来、重くしないかなって……」
「美里、それ言ったら、“年上は恋しちゃいけません”ってことになるよ」
「……」
「ていうかね、“付き合ってから考える”でいいんじゃない?」
「うん……そう、かも」
「つか、美里の魅力、年齢とか関係ないでしょ」
ノート(年齢の壁、心の整理)
✅ 自分から言いたい → でも怖い
✅ 原因:年齢差、将来への不安
✅ 必要なのは:勇気じゃなくて、“自分を信じること”
モノローグ(帰り道、空を見上げて)
(年齢も、過去も、全部含めて“私”なんだ)
(それを好きだって言ってくれる人がいたなら……
私も、ちゃんと気持ちを返していいんだよね)
第53話
「それでも、言いたい。“好き”の続きを」
日曜の午後、静かなカフェ。
今日は“話をしよう”と約束した日。
ふたりは、窓際の席に向かい合っていた。
美里は、あらかじめ考えていた。
「ちゃんと気持ちを整理してから言おう」
「焦らず、言葉を選ぼう」
「“付き合ってください”は、最後に伝えよう」
……そう、心では何度も練習した。
けれど現実は、
彼の笑顔を見て、
「久しぶりです」なんて言葉のあと、
たった10秒で、口から出てしまった。
「……あの、わたし――」
「うん?」
「……好きです」
「えっ」
空気が、一瞬止まった。
(あああああ言っちゃった!! まだ早いって言ってたのに!)
(私なにやってんの!? まだ“それ”の前振りすらしてないのに!)
でも、彼は驚いたまま、すぐに微笑んだ。
「……うれしいです」
「……え?」
「実は僕も、ちゃんと話そうと思ってたんです。
この気持ち、どうしたらいいのかって」
「ほんと……に?」
モノローグ(心の中がぐしゃぐしゃ)
(なんでこのタイミングだったんだろ)
(せっかく準備してたのに)
(でも……彼、笑ってくれた)
(だったら、それでよかったんじゃない?)
彼が、少し照れくさそうに言う。
「……好きって、言ってくれてありがとうございます」
「いや、ほんと、あの、急で、なんかすみません……」
「急だけど……僕も、ちゃんと好きになってます」
ノート(不完全でも、ちゃんと届いた言葉)
✅ 予定してた展開:きれいに言うつもりだった
✅ 実際の展開:勢いで出た“好きです”
✅ 結果:言葉は不器用でも、想いは届いた
✅ 小さな発見:恋って、“間に合わないくらいがちょうどいい”
帰り道、手をつなぎながら
「じゃあ、あの、改めて……その、付き合って……」
「はい、喜んで」
「……え、早くない?」
「そっちが早かったです(笑)」
モノローグ(夜、ひとりでベッドの中)
(“好き”って、きれいなセリフじゃなくていいんだ)
(ちゃんと届いたとき、はじめて恋が始まるんだ)
第54話
「“恋人”になった日、知らなかった世界」
午後6時、街の明かりが灯りはじめたころ。
彼と並んで歩く帰り道。
“付き合おう”って言ってから、まだ数時間。
でも、美里の胸は、もう数日分ドキドキしてる。
「……なんか、変な感じですね」
「うん。今日から“恋人”って言われても、まだ実感がない」
「でも、嬉しい」
「うん……私も、すごく嬉しい」
ふたり、自然に微笑み合った。
でも、目を見て話すのは、やっぱりまだちょっと照れる。
美里の心の声
(恋人になったら、自然に手がつながって、
流れるようにキスして……その先も、
って、思ってた)
(この前見たAVは、あんなにスムーズだったのに)
(……でも私たち、スムーズじゃないけど、
ちゃんと“心が一歩ずつ近づいてる”感じがする)
彼がふと立ち止まる。
「あの……今日、少しだけ寄っていきませんか?」
「え……?」
「無理にとは言いません。でも、もうちょっとだけ一緒にいたくて」
美里は、ゆっくりとうなずいた。
そして――
彼の部屋のソファで、ふたりは隣に座った。
テレビはつけたけど、誰も見ていない。
「なんか、緊張するね」
「僕も、すごく」
「手……いい?」
「うん」
そっと、重なる指。
音もたてず、静かに時間が流れる。
「……ねぇ、キスって、したことある?」
「ない……かも」
「私も。だから……」
「無理にしなくてもいいですよ」
「……ううん、ちょっとだけ……してみたいかも」
ふたりの距離が、そっと近づく。
けれど、唇が触れる前に――
笑いがこぼれた。
「……なにこれ」
「ぎこちなさすぎて、ドラマにならないね」
「でも、たぶんこれが“リアル”なんだと思う」
ノート(恋人になってわかったこと)
✅ 恋人=魔法みたいにすべてが変わるわけじゃない
✅ 心も体も、“信頼”があって初めて近づいていける
✅ AVやドラマみたいにはいかなくてもいい
✅ 私たちのペースで、ちゃんと恋していけばいい
モノローグ(夜、彼の部屋を出て歩きながら)
(“好き”って、すごく静かで、あたたかくて、
時々うまくいかなくて――でも、ちゃんとそこにある)
(それが、“恋人”になった日の私の気持ち)