第30話「図書館の彼か、トレーナーさんか──揺れる、私の恋愛回路」
カフェ。陽射しの入る窓辺。
美里はカップを両手で包んだまま、ふっとつぶやいた。
「ねえ亜紀……」
「ん?」
「……じゃあ、トレーナーさんだったらどう?」
「……は?」
「だってさ、図書館の彼とはまだ数回の挨拶だけど、
トレーナーさんとはジムで毎週会ってて、普通に喋ってるし──」
「なるほどね、**“接点多いほうが恋になりやすい理論”**ってやつか」
会話:亜紀の見解は、あくまで冷静
「確かに、恋は“物理距離”と“会話の量”が育てるところあるよ。
でもさ、“誰と一緒にいたいか”と“誰となら現実的か”って、全然違う話じゃない?」
「……現実的?」
「美里、“好き”って思えるのはどっち?」
「うーん……
図書館の彼は“気になる人”。
トレーナーさんは“安心して話せる人”って感じ……かな」
「つまり──“好きになれそう”と“優しくされて嬉しい”は、別物だよ」
モノローグ(美里の中の天秤)
(図書館の彼には、ちょっと触れるだけでドキドキする)
(でも、トレーナーさんには、
悩みも言えるし、話すと笑顔になれる)
(私、どっちに“抱かれたい”って思ってるんだろう)
(──それが、答え、なのかも)
ノート(ついに出てきた“究極の問い”)
✅ 図書館の彼:まだ知らない。でも知りたい。触れてみたい
✅ トレーナーさん:もう知ってる。話せる。安心できる
✅ 問い:「“恋人”として求めてるのはどっち?」
→心が震えるほうか、落ち着くほうか。
→どちらと“キスしたい”か。どちらに“触れてほしい”か
亜紀のまとめ(まっすぐで優しい)
「“結構会ってるし、話しやすいし”って理由で恋人に選ぶのは、
お弁当買うとき“近いから”で選ぶコンビニみたいなもんよ」
「……それはちょっと嫌かも」
「うん。“ちゃんと食べたいもの”がそこにあるかどうか、で決めな」
「……名言かよ」
第32話「またしても、韓国ドラマのベッドシーンを見てしまった夜」
土曜の夜、ひとり。
お風呂も済ませ、洗濯も終わって、
なんとなく開いたサブスクのおすすめ。
「“君のそばで眠るまで”」
──タイトルからしてもう“美里ホイホイ”。
再生してしまったそのドラマ、
予想通り、終盤に入っての“例のシーン”が、あまりに完璧だった。
モノローグ(見ている最中の美里)
(あー……この照明。
この空気感。
この“触れるまでの時間差”が……罪)
(髪の毛、そっと払って、
“……いい?”って聞く声。
ズルい、ズルい、ズルい……)
(……このまま布団の中、どうなるの?
どこに手が行くの?
息、近すぎない?)
見終わったあと、美里はベッドの上で天井を見つめる。
「……なんかさ、わたし、
“あれ”に憧れてるんじゃなくて──
“ああされたい”んだよね」
ノート(今日はド直球)
✅ 憧れ:演出の美しさより、“安心して触れられる関係”そのもの
✅ 自覚:ただキスがしたいわけじゃない。
→「私を大事にしてくれる人に、そっと触れられたい」
✅ 課題:あんな風に触れてくれる人は、現実にいるのか?
翌日、亜紀との会話(カフェ、日曜ブランチ)
「ねぇ亜紀。昨日、韓国ドラマ見てて、またやられた」
「またベッドシーン?」
「うん。……でもね、なんか今回、じっくり見ちゃったの。止められなかった」
「それ、性欲じゃなくて“安心と信頼の欲”ね」
「え、そんな種類あるの?」
「あるある。“愛されたいって思ってるときの欲”は、本能じゃなくて感情で動くのよ」
「……たしかに、そうかも」
モノローグ(本当は、誰にああされたいのか)
(図書館の彼?
……まだ遠い。想像できるけど、触れてくるイメージが湧かない)
(トレーナーさん?
あの筋肉で包まれたら、そりゃ安心感はありそうだけど、
……それだけ、かも)
(じゃあ私、いったい“誰に”されたいんだろう)
(──もしかして、“まだ誰にも会ってない”のかもしれない)
第35話「禁断のものに出会う ――雑誌の付録、まさかの女性向けAV」
金曜の夜。帰宅途中の駅ナカの本屋。
いつもは素通りする大人向けの雑誌棚に、なぜか足が止まった。
『心も体も潤う、オトナの夜時間』特集
付録:女性専用AV DVD収録
(……え?)
レジに持っていくとき、手が震えた。
でも、袋に入れてくれたとき、少しホッとしていた自分もいた。
自宅。照明を少し落として。
テレビにDVDをセットする。
説明書には「女性目線で撮られた、丁寧な愛情表現」なんて書かれていて──
始まった瞬間、美里は開いた口が閉まらなかった。
モノローグ(あの静かな衝撃の中で)
(え、え、なにこれ……
えっ、ちょっと待って、優しい……?
なんでこんなふうに髪、撫でるの……
「大丈夫?」って……そんなこと言ってくれるの?)
(ベッドシーンって、もっとガチャガチャしてて、
音がうるさくて、早くて、
なんか“消費される”感じかと思ってたのに……)
(これ、“触れたい”って思わせる愛し方じゃん)
ノート(見終わったあと、思わず書いた)
✅ 今日の事件:女性向けAV、予想の50倍やさしい
✅ 気づいたこと:
→“性”って、怖いだけじゃない
→ちゃんと心ごと扱われると、“欲”じゃなくて“愛”になる
✅ 本音:
→ああいうふうに、“優しく抱きしめられたい”
→でも、“誰でもいいわけじゃない”
→“選んだ人”に、ちゃんと選ばれて、触れられたい
翌日の亜紀との会話
「……あのさ」
「なに?」
「女性向けAVって、さ……すごく、ちゃんとしてるんだね……」
「……あ。ついに開いたな。禁断の扉」
「……うん」
「で、美里、どうだった?」
「……すごく、優しかった」
「ね。“性”って、ただの行為じゃなくて、
“どう触れられたいか”の気持ちが可視化された時間なんだよ」
モノローグ(そして、美里の中で生まれた新しい願い)
(わたし、もう“触れられること”が怖くないのかもしれない)
(怖いんじゃなくて──
“ちゃんと優しくされる準備”が、やっとできたんだ)
(だから、わたし……誰かに抱かれてみたい。
“あんなふうに”。静かに、あたたかく)
第36話「その違い、衝撃。女性向けと男性向けの世界が、こんなに違うなんて」
きっかけは、ふとした興味だった。
女性向けAVを見て、心がじんわりとあたたまった美里。
優しい触れ方、思いやる目線、焦らされるような間、
何より“女として大事にされている”感じがして──
(あれが“本物”なのか、確かめてみたい)
そんな半ばリサーチ的な気持ちで、
ネットで「男性向け AV 人気 ランキング」と検索。
──開いた瞬間、美里は息をのんだ。
モノローグ(クリックした瞬間、世界が変わる)
(あれ……?
なんか音、急にでかい。
BGMもない。いきなり……えっ、なにこのテンポ?)
(……待って、これって“ドラマ”じゃないの?)
(台詞、ほぼゼロ。触れ方も雑。
服脱ぐスピード、倍速?)
(これ……私には、キツい……)
スピーカーの音を慌てて下げようとする手が震える。
でも、どこかで「これも現実なのかも」と思いながら最後まで見届けた。
そして──
「……これ、私が“されたい”って思ってたのと、
まったく違う」
翌日、亜紀に話した。カフェで紅茶をかき混ぜながら。
「……見ちゃった、男性向け」
「ついに行ったか」
「うん。女性向けのあとだったから……衝撃」
「でしょ?だってあれ、“男の夢”であって、“女の現実”じゃないから」
「……夢というか、戦場みたいだった」
「名言出たな、それ」
ノート(今日のテーマ:性の“温度差”)
✅ 男性向け:テンポ速い、台詞少ない、視覚と刺激重視
✅ 女性向け:心のやりとり、表情、安心感重視
✅ 気づき:
→“されたい”より、“共にしたい”が女性の本音
→“見られる”じゃなくて“見つめられたい”
モノローグ(いまの私が求めてるのは──)
(わたしは、
「される側」でいたいんじゃない。
“ちゃんと向き合ってくれる人と、愛し合いたい”だけなんだ)
(その違いを、ようやく自分の中で認められた気がする)
第37話「私が望んでいたのは、“ちゃんと触れられる”愛」
ある夜、家にひとり。
何気なく触れてしまった、「男性向けAVの冷たさ」。
そのあと見返した、女性向けの、あたたかくて、静かな空気。
画面の中の誰かじゃなくて――
“本当に触れてもいい”と思える誰かに、
“ちゃんと抱かれたい”って、はっきり思った夜だった。
モノローグ(美里の確信)
(求めてるのは、
“そばにいる人”じゃない)
(“私を大切にする人”が、そばにいてほしい)
(触れる手が優しいだけじゃなくて、
触れる理由も、想いも、全部がちゃんとこっちを向いてる人)
翌日。会社の昼休み。
亜紀にゆっくり話す。
「……わたし、わかったかもしれない」
「なにが?」
「私、ずっと“触れてくれる人”を探してたけど、違った」
「うん?」
「“触れていい人”じゃなくて、
“ちゃんと触れてくれる愛”がほしいんだって」
「……美里、それ、めちゃくちゃ大事な差分だよ」
ノート(今日の本音)
✅ 求めてるのは:ただ触れられることじゃない
✅ ほしいのは:“ちゃんとした関係”のなかでの、あたたかさ
✅ 気づき:私、“都合よく扱われたくない”だけじゃない
→ “心から大切にされる実感”がほしい
モノローグ(そして静かに、自分の心に問いかける)
(あの図書館の彼……
まだ何も始まってないけど、
あの人の目は、ちゃんと“ひとを見てる”感じがした)
(……話してみたいな。
もっと知ってみたいな。
この人なら、“ちゃんと触れてくれるかもしれない”って、
なぜか思えるんだよね)