26. The End - 何処まで行っても、終わりなどない-
わざわざ出社して来て、全員がWeb会議をしている。
ばかか?
日本に帰って来て、IT派遣の仕事を再開した私。
フルリモートなら猫耳魔獣のままでも良かったけど、出社するのは無理だ。
少し抵抗があったけど、前世の自分の体に融合した。
本来なら、魂を入れた器には融合出来ないのだけど。
前世の私は、また、死んだのだ。
どうやら日本での私は寿命を越えてしまったらしい。
代わりの魂を詰め込んでもうダメだろう。
私の一生は一体何だったのか。
異世界転生という続編があったから、もはや他人事のようだけど。
バブル全盛期に、ろくに勉強をしないまま高校を出た。
進学校だったからか、私の成績がひど過ぎたからか。
進路が決まらぬまま、社会に出て行った。
自業自得だ。社会や政治を恨んではいない。
バブル全盛だったから、仕事には困らなかった。
私は、工場で半年の契約社員として働き始めた。
これが人として生きる事なのか? と疑問に思った。
1分10秒毎に繰り返される単調な作業。
工場で働く事は、私にはひどく苦痛だった。
20歳になって自動車の運転を仕事に活かせるようになった。
免許取得から2年経過している事が、当時はセールドライバーに必須だった。
私は、自動車の運転すら満足には出来なかった。
何度も会社のトラックをぶつけたし、交通事故も起こした。
ただ、そこから抜け出すためのきっかけは掴んだ。
セールスドライバーは、配達するだけが仕事ではない。
文字通りセールスをするのだ。私が、配達していたのは一般家庭向けの食料や日用品だった。営業をかける先は、一般家庭の主婦だ。住宅地や、集合住宅の密集した団地に行っては、片っ端からインターホンを鳴らして回った。
元より、営業職は資格も経験も必要無くなれる。
気合と根性さえあれば誰だってなれる。毎日、同じ事を繰り返す単調な毎日から抜け出すためなら、私の機械と根性は無限だった。
資格も経験も必要の無い対極のひとつが、システムエンジニアだ。
資格はテスト勉強と同じ要領でいくらでもとれる。
回答集をネットで売っているから、バカでもクズでも資格だけはとれる。
でも、経験ってやつはお金を出しても買えない。
休日だろうが、深夜だろうが、仕事があれば私は食らいついた。
そうやって、私は少しずつシステムエンジニアの経験を積んで行った。
当時の所属がブラック派遣だったのも、結果的ににはうまく作用した。
スキルに見合っていない派遣先に潜り込めた。2重どころか、5重派遣のお陰だ。中間に居る誰もひとりとして私のスキルなんか把握していない。右から左で奴隷売買でもする様に、私は横須賀の山奥に運ばれた。そこで、鬼のような奴に怒鳴りつけられ、それでも私は諦めなかった。
実戦を通して、ついに「ネットワーク環境の設計・構築」という、実績を得た。お金で買える資格じゃない、本当に使えるITパスポートを手に入れたのだ。
そうやって、必死に働いて来たのに。
私は、死んでしまった。
牢獄の様な環境から抜け出せぬまま。
中身だけは、異世界に転生して、今もこうして生きているけどね?
「やはり、人に使われている内は、どうにもならんか」
私は、何を言っているのか聞き取れないWeb会議を閉じた。
周り中で、別の会議をしているのだ。聞き取れるものか。
ついでにPCも閉じた。
どうせ、ここの派遣契約は今日で終わりだ。
少しくらい早く逃げ出したところで構わない。
どれだけ文句を言われようともう聞く必要も無いのだ。
私は、派遣先責任者に貸与されたPCと携帯電話、入館証を渡すと職場を後にした。
さあ、今度こそ私は自由だ。
異世界で手に入れた魔法の力で、好き勝手に生きてやろう。
一度ならず、何度も死んだ身だ。覚悟はもう決まっている。




