23. Light It Up - 自由は己の手で勝ち取れ -
ヒドイ目にあった。
ニワトリの群れに襲われましたよ。あの世界のニワトリは凶暴ですね!
もれなく丸焼きにしてやりましたけど。魔力の充填でも出来たし、ニンゲンのニャアが何を勘違いしたいのか私に殺意を向けてきたので、逃げる様にして地球の川崎市に帰ってきました。
「隊長どうするにゃ?」
「出来ればここには居たくないにゃー」
猫頭達は、今度は猫になっちゃいました。ニンゲンのカラダで居るよりはずっといいそうですけど、やはりこの世界が気に入らないようです。
うーん。どうしたものか?
異世界同位体のニンゲンニャアに同期した事で、未来の記憶を持ってしまいました。その記憶では、私は2024年の春までは、日本に居ないとイケナイようです。しかしー、猫頭達無しで、ここに一人暮らしとかー、うーん。嫌ですね。
「自分達をコピーして、この世界に残そう」
「え!? そんな技は神様でもなければ無理にゃ!?」
「合体は姉妹とかなら出来るけどにゃあ。ただ自我がぶっ壊れる事が多いにゃ」
なるほど。合体が出来たのだから、分裂も出来るのかと思ったけど。
もしかして、魂は分裂とかコピーが出来ないとか? あり得る。
「私達は、魂だって沢山持っているのだし。いけんじゃないの?」
「あ? そういう事にゃ? 魂を在庫から出しちゃうにゃ?」
「その発想は無かったにゃ。隊長は、やはりホッケの開き」
ホッケの開きが褒め言葉なのか罵倒なのか、未だに分かりませんが。どうやら出来そうですよ?
「じゃあ、まずは隊長を分けてみるといいにゃ。さっき、この世界の隊長と合体したばっかりだし、カロリーは足りそうにゃ」
カロリー計算が必要なんですか? 魔法って。ふむー? やはり魔法といえども、無から有を生み出すものではないのですね。何か代償が必要なのです。特殊相対性理論には逆らいまくっている気がしますけど、何か逆らえない世の法則はあるようです。
よくこんなものを、ニンゲンのニャアは使えますね? 猫魔獣の脳は演算能力が高いので、これくらいの計算は余裕ですけど。あいつは、気合と根性でやってそう。何しろ私なので。もしかしたらAIの力でも使っているのかしら?
「え? 猫耳少女がなんで不法侵入してんの? 飲みすぎたカナ?」
さっき合体した私を分離して、在庫から魂をインストール。うまく行きました。私は、2人存在出来ています。ふむ? もしかして似たような事を、過去にも無意識にやってますかね? だから、ニワトリが凶暴な世界にも、もうひとりの私が居るということかも。
はて、ここからどうしたものか? 地球人の私は、異世界転生前のタダのポンコツです。魔法は使えないし、異世界転生を夢見るだけの、飲んだくれシステムエンジニア。記憶は、さっきまでソコに転がっていた死体の分しか持ってないようです。
何も無かった事にして現場を立ち去るべきでしょうか?
そうですね。そうしましょう。記憶や魔法能力を同期してしまうと、どっちが地球に残るかで絶対に揉めます。魔法で眠らせて逃げましょう。目が覚めたら、すべて夢だったと思う事でしょう。
スヤァ。
眠る私を置き去りして、かつて私が暮らした部屋を後にします。
この時代の私は、危険な状態でした。
派遣生活を終わらせるべく、数十社の圧迫面接を乗り越え、一部上場企業に中途採用を果たしたものの。パワハラに悩まされます。一部上場企業にもブラックはあるのです。迂闊でしたよ。定年まで縛られる奴隷か、三ヶ月しか縛られない奴隷か、そういう違いだったのですよ。
「ボコボコにしてやるぞ」「てめえヤクザヅラしてんなあ」
面談でそのようなセリフがぽんぽこ出てくる上司に黙って従うなんて地獄でしたよ。
来年度の目標とか相談する面談じゃないのん?
正規雇用になったのだから、それまでの様に上司を後ろから刺す様な真似はやめよう、などと思ったのも良くなかったかもですね。
「てめえこそヤクザヅラしてんなあ」
くらい言い返せば良かったですよ。
異動願いを出したら、社内でも圧迫面接。それを乗り越えたら、更にひどいパワハラ。ついに、怒りが限界を越えて、出社拒否。
「なんでお前だけ知らないの? なんで聞かないの?」
会議にも呼ばれず、参画中のプロジェクトが実は先行着手で、既に失注していた、なんて知るわけもないし、聞くわけもない。「もしかしてコレ先行着手ですか?」「もしかして失注しちゃいました?」って、どういう想定をすれば、そんな質問をしようと思うの?
トドメに、奴隷部屋に放り込まれて、ついにブチギレです。左にあるものを右に書き写すだけの苦行。入力代行という立派なビジネスなんですけどね? 設計構築をやるために入社した者に押し付けていい仕事ではない。能力に見合わない仕事をさせるのもパワハラなんですよ。厚生労働省のガイドラインにも書いてあります。
始業開始時間の15分前に出社していないと、無駄にセキュリティの高い作業部屋に入れて貰えず「毎朝、遅刻してんじゃねえ!」と罵倒される違法環境。
「はあ? 始業開始の5分前にノコノコやって来て、お昼の弁当頼みたいだと? ふざけてんなあテメエ」
なんて怒号が朝から飛び交うような職場が、世の中にはあるのです。
久々に思い出したら、怒りより、恐怖しかないわー。
私自身の事なので予測はつきますけど、人事部に訴えて正式な休暇を勝ち取る事でしょう。結局は一ヶ月後に退職し、派遣に戻ります。いつだって逃げ出せる派遣の方がマシだったと気付くのです。
予測というか、知ってしまった未来ではそうなってますね。未来は不確定なはずなので、その通りになるのかは知らんけどね。
はて、これからどうしましょうかねー。