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人体改造犯罪者対策事務所

作者: 龍羅

   人体改造犯罪者対策事務所

                 龍羅


 記録 被害者一名 宮本愛理


 ―ひた、ひた。

 足音はついてくる。少女はそれから逃げるように雨の中を走る。

 ―ひた、ひた。

 (嫌だ、怖い・・・!)

 少女は後ろを振り返らない。怖い。ただそれだけが少女の心を支配していた。

 (家だ!)

 少女はほっとしてドアノブに手をかけた。ドアが開ききったとき、少女は消えていた。


 「魔羅」

 小さな事務所の中で、コーヒーを飲んでいる黒髪の少年に眼鏡をかけた少女が声をかけた。 

 「仕事」

 魔羅と呼ばれた少年はカップを置いた。隣に座っている赤と黒のオッドアイが印象的な少女が身を乗り出した。

 「昨日、隣の緑町で帰宅途中の少女が消えるという事件があった。母親はドアの開く音はしたが娘は何処にもいなかったと言っている。警察から非公開で話が回ってきた。犯人は人体改造犯罪者らしい」

 人体改造犯罪者。この世界に、一昨年の二千八十年になって急にこの世界に現れた犯罪者たちのことを指す。少年や少女を誘拐して人体改造を施し、意志と感情を奪って親しかった人々を殺させる。目的や意図はいまだ不明のままだ。警察はパニックを恐れてこのことを一般公開していない。この犯罪者たちは警察の手には負えない「異空間」に巣食っている。この異空間への扉を開けるものが集まり、犯罪者を追い詰め、殺す。これが魔羅たちの「人体改造犯罪者対策事務所」なのである。

 ―プルルルルッ

 眼鏡をかけた少女が電話の画面を見る。JHJK (人体改造犯罪者対策事務所関係者)と書いてある。少女は受話器を手に取った。

 「はい、こちらJHJ第十五支部です」

 「あ、鬼娘?俺々、霊四朗。今、第十二空間犯罪者討伐任務終了したぜ」

仕事の終了を告げるJHJの仲間に、鬼娘は眼鏡を押し上げて言った。

 「お疲れ様。次の仕事は魔羅たちに頼むから」

 鬼娘は受話器を置くと、ソファに座っている二人に言った。

 「霊四朗が仕事終えたって。次の仕事、よろしく。緑町土井一二三―五.武器、忘れないで」

 魔羅は残りのコーヒーを口に流し込むと、剣を持って厳寒に向かった。

 「蘭喰、行くぞ。鬼娘、いってくる」

 「はいはい。じゃあね、鬼娘」

 鬼娘は書類をまとめながら言った。

 「・・・気をつけて」


 「しっかりつかまってろよ」

 二人はバイクにまたがった。

 魔羅は十八歳で、黒い後ろでまとめた長髪が印象的だ。彼には、身内が人体改造の被験者になったという過去がある。

 蘭喰は魔羅のパートナーで十七歳。JHJに入ったのはわずか五ヶ月前だ。

 魔羅は八匹の魔蛇が生きたまま埋め込まれた蛇剣を使っている。この蛇たちは斬りつけた相手の魔力を喰らう。蘭喰は矢先に魔力が灯る魔弓を使っている。

 異空間への扉を開ける者は例外なく魔力を持つ。魔力を持つものはランダムで生まれてくる。親が魔力を持っていても、子がそれを受け継ぐとは限らないのだ。その効力は人それぞれだ。

 魔羅も魔力を持っている。しかし、滅多に使おうとはしない。使うと、過去の忌まわしい出来事を思い出してしまうからだ。

 「ここだな」

 魔羅はバイクを止めた。蘭喰が赤い屋根の一軒家のチャイムを押すと、一人の女性が出てきた。

 「警察から要請を受けました、探偵社の者です」

 「それはどうも・・・。お入りください」

 表向きには、一般の探偵社ということにしてあるのだ。

 誘拐された少女の母親らしき女性は、まだ若い二人を見て不安げな顔をした。

 「まずは、娘さんのお名前を」

 「宮本愛理です。十五歳で、昨日は塾の帰りでした。これが娘です」

 少女の母は、写真を数枚テーブルの上に置いた。

 「最近、何か変わったことはありましたか?」 

 「先週、主人が他界しまして・・・。娘も八歳の息子も嘆いていました・・・」

 「息子さんは、今・・・」

 「塾ですわ」

 少女の母は魔羅の言葉を遮った。

 「・・・そうですか。では、昨日の娘さんのスケジュールはどうでした?」

 「いつもどおりでした。朝、学校に行き、放課後テニス部に出て塾に行ったはずです。九時ごろ、ドアが開いたと思ったのですが」

「娘さんは何処にもいなかったと・・・」

魔羅の問いに少女の母は頷いた。蘭喰は立ち上がりながら言った。

 「わかりました。何かわかりましたら連絡いたしますので、そちら様でも何かございましたら当社までお願いします」

 少女の母は頭を下げた。

 「あの人、何か隠してるな」魔羅は顔をしかめた。蘭喰は門の前で印を組みながら言った。

 「うん。それは私も思った。でもまあ、私たちの管轄は向こうだからさ。行こうよ」

 「そうだな」

 魔羅も印を組み始める。一分ほどの沈黙の後、二人は同時に口を開いた。双眸の瞳が光り始める。

 「創造神初始の名の許に 開道」

 突如、二人の体が闇に墜ちた。

 「っと。第二十七空間だな。成功」

 この移動法は、たまに目的の空間とは違う場所に墜ちてしまうことがあるのだ。そうなると、戻るのに時間がかかってしまう。

 「今回の犯罪者は、まだ宮本愛理に手を出してはいないだろうか」

 魔羅はぼそりと呟いた。

 「・・・さあ。運しだいでしょ」

 蘭喰はそっけなく答えたが、内心は魔羅と同じだった。改造人間になってしまったら、もう元に戻すことはできない。殺すしかないのだ。そして、全てを闇に葬ってしまわなければならない。

 「こっちだ」

 魔力を持つものだけが感じる取れる特別な気配をたどりながら、魔羅は考えた。

 (もし、少女を斬らねばならなくなってしまったら・・・。もし、また・・・)

そこまで考えて、頭を振った。

(考えるのはよそう)

しばらく歩くと、蘭喰の赤い片目が鋭く光った。重々しく口を開く。

「下級魔獣の巣を通るよ」

魔羅は蛇剣に、蘭喰は魔弓に手をかけた。辺りから、しゅうしゅうと気味の悪い音が聞こえてくる。暗い闇の中で、数多の触手が蠢いている。

「来るぞ!」

魔羅の鋭い声と同時に、鋭い棘をまとった触手が二人を捕らえようと這い出てきた。次の瞬間、魔羅の蛇剣が闇を切り裂く。べちゃり、と魔獣の体液があたりに飛び散る。それと同時に、スライム状の酸が大量に宙を舞う。避けきれずに肩に受けると、ジュッ、と肉の焦げる嫌なにおいがした。

「魔羅、後ろ!」

蘭喰の声に従って蛇剣を後方に薙ぐ。

「きりが無いね」

「仕方ないだろう」

蘭喰は魔弓を放ちながら考えた。

(もし魔羅が魔力を放出すれば、武器も術も無しに、こんな下級魔獣の群れぐらい消し飛ばしてしまえるのに・・・)

事実、魔羅の魔力は呆れるほどに強い。しかし、蘭喰はその思いを口には出さなかった。

(仕方ないなあ・・・)

蘭喰は左手を空にかざし、魔羅に目配せをすると呪文を呟き始めた。

「創造神初始の名の許に 蒼炎大破!」

突如、暗闇に蒼い炎が昇った。蘭喰はあまり魔力を持っていない。ゆえに、いつもはバックアップ程度の魔術しか使わない。いきなり大魔術をつかったので、肩で息をしている。

「ありがたいが、無理はするなよ」

下級魔獣は、一匹残らず消滅していた。

「大丈夫。早く行こう」

魔羅は、このよく無茶をするパートナーを心底気遣っていた。以前も、強敵を相手に戦う魔羅の背を精一杯護ってくれたことがあった。その仕事が終わって約一ヶ月間もの間、体調を崩してずっと寝込んでいた出来事を思いだして、彼女がまた寝込んでしまわないか心配になった。

「ほら、蛇剣をしまって!いつ襲われるかわからないのに、そんな殺気の塊のようなもの、むき出しにしていたら危ないでしょ」

「ん・・・。おい、手を出せ」

蘭喰は魔羅の意図が分かると、渋々といった感じで右手を差し出した。魔羅はその手を自分の両手で包み込むと、大きく息を吸い、ふ、ふ、ふ、と三回吐き出した。その動作を三回繰り返すと、しばらくの間黙っていた。

「・・・もう。平気なのに」

「まさか。倒れないでくれよ?」

魔羅は蘭喰に自分の魔力を注いで分け与えたのだ。魔力は普通一定の時間が経てば回復するのだが、蘭喰は極端に回復量が少ないのだ。

「魔羅ったら。こんなことばかりしてたら、魔力がなくなっちゃうよ。何かあったら困るでしょ」

その言葉に、魔羅は顔をしかめた。

「俺は魔力なんて要らない。せいぜい、異空間への扉が開ければそれでいい」

蘭喰は決まりが悪そうに謝った。

「・・・そっか。ごめん」

「いや・・・」

しばし、二人の間に気まずい空気が流れた。それを取り繕うかのようにかぶりを振って、魔羅は尋ねた。

「なあ。この先、どうも気配が二つに分散している気がするんだが・・・」

蘭喰はあっけからんと答えた。

「うん、罠だろうね」

「どうする?分かれるか?」

「そうだね。どっちに行く?」

道は二つ。魔羅は迷わず気配に含まれる魔力の濃い、危険な道を選んだ。

「俺が左へ行く」

「ううん、私が行く」

「だめだ」

魔羅は首を横に大きく振って言った。

「危険だ。俺が行く」

そこまで言われてしまえば頷くほかは無かった。

「死ぬなよ」

「死なないでよ」

今や、二人にとって当たり前の言葉になってしまっていた。その悲しい響きを含んだ言葉は、暗黒の闇に溶けていった。

魔羅は一人で左に走り出した。少しばかりの不安を覚え、腰の蛇剣に手を伸ばした。

八匹の魔蛇にはそれぞれに名がある。雷、炎、水、雪、風、音、光、闇という魔力の八つの効力と同じ名だ。皆、先程の下級魔獣の魔力を喰ったせいで生き生きとしている。なのに、胸に覚えるこの不安は何だろう。

 (いや、きっと気のせいだ)

 魔羅は無理矢理意識を目の前のものに切り替えた。目の前にたたずんでいるのは、少女の形をした魔獣だった。

 (上級魔獣、か。。。)

 下・中級魔獣とは違い、人間に近い「欲」という意識を持っている。それゆえ、人間の形をとるのだ。

 「こんにちは」

 そう、時にそれらは話しかけてくる。しかし、結局は大抵の場合戦闘に発展するのだった。

 「・・・こんにちは」

 魔羅が答えると、魔獣はうふふ、と鈴を転がしたような綺麗な声で笑った。魔獣とは思えないような声色で。

 「私、退屈なの」

「俺は忙しい」

 問答は続く。

 「私の服、綺麗でしょう?」

 「俺の服は動きやすい」

 「私の目、綺麗な緑色でしょう?」

 「俺の目は漆黒の色だ」

 上級魔獣の問いに同意してはならない。これは、JHJの人間ならば誰でも知っていることだ。同意してしまうと、なぜか戦闘が始まってしまうのだ。

 「何でお兄さんはここにいるの?」

 「俺はこの先に用がある」

 質問の内容が変わった。魔羅は蛇剣に手をかける。

 「ここは私の住処なのよ」

 「俺はここを通る」

 上級魔獣は、強い。自分は魔力を持ってはいても、人間だ。勝てるかは、運次第。運も実力のうち、と魔羅は一人呟いた。

 「あら、残念ね。私、とてもお腹がすいているの」

 「俺は腹が一杯だ」

 「私のお城に素敵なランチが迷い込んで来たのだわ」

 「汚い城だな。それに、おれはお前の飯じゃない」

 「そろそろ退屈してきたわ」

 魔羅が答える前に、魔獣はニィと笑った。

 「オ兄サンハ私ノランチナノダワ・・・」

 魔獣は破顔して言った。

 「イタダキマス」

 刹那、吸い込まれそうなほど深い緑色のつたが魔羅を襲う。魔羅は蛇剣を振り下ろした。

 「俺は急いでいるんだ!」

 「私はお腹がぺこぺこなのよ」

 魔獣はふふふ、と笑うと自分の髪を一房切り取った。それを宙に放る。すると、それらがまるで自分の意思を持っているかのように魔羅の首に絡みつく。

 「自分の首ごと切っちゃう?」

 魔獣はくすくすと笑う。美しい声で。

 (この魔力でできたつた、断ち切るには一体どうしたら・・・)

 ここまで追い詰められても、魔力を使うようなことはしたくなかった。

 (思い出したくない・・・。でも、一体どうしたら・・・)

 と、そのとき、急に呼吸が楽になった。

 (・・・?)

 魔羅の目の前には、髪を加えた三匹の魔蛇の姿があった。他の四匹は、つたを食い破って魔羅を見据えていた。

「・・・」

 こんなことは、初めてだった。死にそうになったことも、魔蛇たちが助けてくれたことも。今、初めて。彼らは魔羅を主だと示したのだった。

 (・・・よし)

 こんなところでやられていてはならない。魔羅は攻撃を切捨てながら叫んだ。

 「俺は大人しく喰われてやっても良い!」

 「え・・・?」

 魔獣が生み出した一瞬の隙に、魔羅は間合いを詰めて言った。

 「嘘」

 蛇剣を突き立てる。

 「喰い破れ!」

 「う・・・あ、ぎゃああああっ!!!」

 魔蛇たちが魔獣の傷を抉るかのように喰い漁る。その美しかった顔は苦痛に歪み、赤黒い血があたりに飛び散った。

 八匹の魔蛇は満足そうに舌をシュルシュルと動かした。

 やはり、断末魔の叫び声は聞くに堪えなかった。魔羅は思った。蘭喰も、どこかでこの叫び声を聞いたのだろうか、と。


 その頃、事務所では鬼娘がコーヒーを二杯、淹れていた。

 「お疲れ様。大丈夫だったみたいね」

 「ああ。事務ばっかりしてるお前より、ずっと疲れた」

 「あら」

 鬼娘はカップを口に運びながら言った。

 「デスクワークも体力使うのよ」

 仕事から戻った霊四朗は微笑んだ。美しい水色の髪が風に揺られて空を泳ぐ。

 「魔羅と蘭喰と、あとは?」

 「二人だけ」

 それを聞いて、霊四朗はカップを取り落とした。

 「勿体ない」

 鬼娘は割れたカップに手を伸ばす。霊四朗は取り乱すように言った。

 「蘭喰が一人になったらどうする!?死ぬぞ!」

 「だって、他に人がいなかったの。私はここにいなくちゃいけないし、所長の竜牙は総本部で会議中。あなたは今までいなかったじゃない」

 鬼娘はコーヒーをすすって言った。

 「まあ、大丈夫でしょう」

 「そうは言うがな・・・」

 霊四朗は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 「とてつもなく嫌な予感がするのは気のせいか?」

 「あなたの予感は九割方当たるわね」

 霊四朗はこぼしたコーヒーも拭かずに立ち上がった。愛用の槍をつかんで玄関のドアを荒々しく開く。鬼娘は、ほう、とため息をついてコーヒーをすすった。


 一方、蘭喰は中級魔獣の巣に迷い込んでいた。魔羅と別れてすぐに巨大な巣に足を踏み入れてしまったのだ。数キロにも及ぶ巣を歩いていると、魔獣を一匹斬り捨てても次の一歩を踏み出す時にはもう別のやつが出てきているのだ。とても走ることなどできない。下級ならまだしも、中級にもなると魔力もだいぶ増す。魔羅なら倍くらいの速さで進めるだろうが、蘭喰はすでに精一杯だった。魔羅から分けてもらった魔力も、もうほとんど使ってしまっていた。それでも、弓を放つ手を止める気は毛頭無かった。

 近くまで来た触手は魔術で払い、飛んでくる魔獣の体液や酸をよける。よけきれずに肩や足に当たると、ジュウ、と肉の焦げる音がした。その臭いにつられて、また真獣が襲ってくる。きりがない。進めば進むほど、魔力も体力も削り取られていく。そのどちらかが削り取られきったとき、次に削られるのは剥き出しの命だ。

(魔羅・・・)

魔羅が隣で戦っているときのことをイメージする。トレーニングのとき、いつも彼が示してくれた手本を想い描く。

「はっ!!」

弓を放つ。まだ死ねない!

「くっ・・・!?かはっ!」

蘭喰の首に、数多の触手が絡みつく。

(しまった・・・!)

蘭喰は悔しくなった。初仕事のときもこうだった。みんなよりも数ヶ月遅れてJHJに入った貴族令嬢の自分に、何処に行っても敬遠されていた絡みづらいはずの自分に親切にしてくれた仲間たちを信じきれずに、一人で突っ走って魔獣に喰われそうになった。あの時は、みんなが助けてくれた。でも、今は一人。たった一人で、何ができる?たった、一人だけで・・・。

あたりがかすんで見える。血が流れる感覚さえ薄れてきた。

(死ぬのかな・・・)

「諦めるな」

聞こえるはずのない声まで聞こえる。幻聴だろうか。

「おい、蘭喰!」

(え・・・?)

急に楽になった。息ができる。視覚が元に戻った。そこに、意外な人物がいた。

「霊四朗!?」

「まったく・・・。また、嫌な予感が当たっちまったな。おい、お前、また諦めてただろ!」

「ごめん・・・。でも、何で霊四朗がここに?」

「鬼娘の馬鹿が二人だけで仕事に出したらしいじゃねえか。まったく、気の回らないやつ」

すでに、あたりに魔獣はいなかった。すべて消滅させたのだ。霊四朗たった一人だけで。

「霊四朗だって、いつも一人だけで仕事に行くくせに・・・」

「俺はいいの!」

霊四朗退魔師の四男坊だ。退魔師の効力を根強く受け継いだ彼が、蘭喰はうらやましかった。

「魔羅、大丈夫かな・・・」

不安げに声を漏らした蘭喰の頭をポン、と叩いて霊四朗は笑った。

「仲間を信じろ」

「・・・うん」

蘭喰も笑った。


(だいぶ歩いたな・・・)

魔羅はため息をついた。あの上級魔獣を倒してから、下級魔獣一匹出てこない。

(妙な・・・)

普段なら、触手の一片でも落ちているものだ。

(蘭喰が心配だが・・・。どうやって合流しよう?)

そう考えた途端、あのか弱いパートナーが心配になってきた。

(絶対に、無事だ)

蘭喰を信じなければ、と自分に言い聞かせたとき、他者の気配を感じた。警戒して蛇剣に手をかける。

「「何者だ!?」」

相手と声が重なった。

(この声、まさか・・・)

「霊四朗か!?」

「魔羅っ!?」

魔羅の目の前には、蘭喰を背後に庇って槍を構えている霊四朗が立っていた。さっきは気づかなかったが、その気配は確かに霊四朗本人のものだった。

「蘭喰!無事か!」

魔羅はほっと胸をなでおろした。

「でも、何でお前がここに?」

「鬼娘に話を聞いて来た」

「そうか、助かった・・・。さて、時間が惜しい」

他の二人も頷いた。みんな、誘拐された少女の安否を気にしていた。

「行こうか」

三人は足を速めた。まだ、少女は無事だろうか。魔羅は気になって仕方がなかった。

「考えるな」

魔羅が考えていることがわかったのか、霊四朗が励ますように行った。

「わかってる。わかってるけど・・・」

始めに、決めたのだ。考えない、と。決めたのに、あのときのように、あのときの変わり果てた愛すべき弟のようになってしまったら・・・。いつも、考えてしまう。魔力を、魔術を使えば思い出してしまう。可愛い弟を、この手で殺した感触を。

「魔羅!」

蘭喰が魔羅の頭をこつん、と小突いて言った。

「独りじゃない」

「ああ」

魔羅も小突き返してはにかんだ。

三人はしばらくの間走り続け、やがて足を止めた。蘭喰の赤い片目が光を宿す。

「もう少し行ったら・・・」

「何がある?」

魔羅の問いに、蘭喰は答えづらそうに言った。

「あの・・・。上級魔獣の巣が・・・。三匹も」

「「・・・」」

(マジかよ)

魔羅は冷や汗が背筋をつたうのを感じた。さっき戦った上級魔獣は、あれでも弱いほうだった。強い上級魔獣を倒すには、一匹あたり三人は必要だ。それを、一人一匹倒さねばならない・・・。霊四朗は、強い。一人で一匹、倒してしまうかもしれない。

(だが、自分と蘭喰は・・・?)

さっきの戦いを思い出した。あの程度の相手にすらてこずっていたのに、もし強い魔獣であったら確実に喰われる。

「一人一匹か・・・。きついな」

やはり霊四朗も同じことを考えていたらしい。蘭喰は、どうしたら良いのかわからないようだった。最低でも中級魔獣の群れ以上の魔力を持っている魔獣を、彼女が一人で倒せるはずもなかった。

「いや、一人一・五匹だ」

魔羅は決心して言った。

「え・・・。で、でも!」

「魔羅の言うとおりだ」

霊四朗が口を挟んだ。

「蘭喰は俺たちのバックアップだ。魔力を使いすぎないように注意しろ。しかし、な」

普段おちゃらけている彼は、こういうときには頼もしかった。

「魔羅、大丈夫か?」

「いつも仲間を信じろ、って言ってるのは誰だっけ?」

魔羅は笑って蘭喰の手をとると、魔力を注ぐ。霊四朗もそれにならった。蘭喰の傷は癒え、赤い片目には光が満ちた。

三人は巣の中に足を踏み入れた。その途端、寒気が背筋を駆け上がるのを感じた。三人の双眸を三対の瞳がしっかりと捉えていた。男を模った魔獣が一匹、女を模ったのが二匹。

「あらぁ、いい男!」

桃色の髪をした魔獣が言った

「お前はちっとも綺麗じゃないな」

霊四朗が、いつもの上級魔獣に対する答えを返した。しかし、魔獣はするはずのない反応を示した。

「何ですって!?」

「「!?」」

蘭喰が赤い片目を光らせて言う。

「こいつら・・・、魔獣じゃない!?」

「あらぁ、この子達、私たちを上級魔獣とでも思っていたみたいよ、桃美!」

紅色の髪をした小女が笑った。

「嫌ね!失礼よね、炎美、紫波!」

「まったくだ」

紫の髪をなびかせて、少年は笑った。魔羅たちと同じくらいの年頃だろうか。

「俺たち『初期型改造人間』を知らないのか?」

『初期型改造人間』。その言葉を耳にした瞬間、魔羅と蘭喰は寒気が走るのを感じた。

初期型改造人間とは、素質と魔力を持ち、犯罪経験のある、そそのかされて自ら被験者になった子供たちを指す。しかし、数に限りがあったため、犯罪者たちは一般の子供をさらい始めたのだった。初期型は極めて危険な存在であったため、ことごとく問答無用で殺された。JHJの人間も、全国でたくさん死んだ。そうした多くの犠牲の許、初期型は全滅したはずだった。

魔羅たちとは対照的な反応を、霊四朗はした。

「初期型・・・。抉り取られたこの右目の恨み、晴らさせてもらう!」

霊四朗の水色の髪が覆いかぶさった右目があるべき場所には、それがなかった。そして、他の二人とは違い、初期型と戦った経験があった。

霊四朗が殺気を漂わせながら槍に手をかけるのを、二人は黙って見ていた。

「ちょっと待てって。そう焦るなよ。そこの彼女、魔眼持ちだな」

紫波は値踏みをするような目で、しげしげと蘭喰を見つめた。

「桃美、炎美!そこの女は俺の獲物だ。是非とも改造しなけりゃならない。後の二人は好きにしろ」

壮大な圧力を前に、蘭喰は無意識のうちにガタガタと震えだした。

「・・・っ!」

「おやおや、可愛そうに。震えてるじゃないか」

「誰のせいだと思っている」

蘭喰を背に庇うかのように、魔羅が立ちはだかる。

「調子に乗るなよ・・・」

霊四朗も殺気を膨らませる。その双眸には、憎しみの念が満ちていた。

「魔羅、霊四朗・・・」

「へーえ、魔羅って言うんだ」

「へーえ、霊四朗って言うんだ」

二人の少女の声に、みんなの視線がそちらを向く。

「「気に入った!!」」

突然、二人の声が交差して消えた、と思った次の瞬間、魔羅と霊四朗の前に立っていた。

「「遊ぼう!!」」

二人の少女は剣を抜いた。

「あ、言っておくけど」

紫波がニヤニヤと嫌な笑い方をした。

「その双子、俺よりも強いぜ。俺は、ほとんど魔力持ってないし」

その言葉がどこまで本当かはわからないが、霊四朗は炎美の剣をかわしながら叫んだ。

「蘭喰、耐えろ!」

その声を境に、霊四朗の声は聞こえなくなった。代わりに聞こえるのは、剣を違える音だけだ。

魔羅は霊四朗の動きを目で追おうとした。しかし、桃美の攻撃を前にすぐに見失ってしまった。

「どこを見ているの?」

桃美の美しい声が魔羅を捕らえる。

「あなたの相手はこの私よ」

一撃一撃をかわしながら、魔羅は叫んだ。

「蘭喰!」

しかし、その声は蘭喰に届くことはなかった。霊四朗と同じように、いつの間にか蘭喰がいる所から遠く離れてしまっていた。

「チッ」

「あら、あんな子のこと考えてるの?」

桃美は不満そうに剣を振るう。魔蛇が吐き出す溶解液をかわすと言った。

「目の前にこんなに美しい私がいるというのに!」

魔羅は蛇剣を桃美の首に突きつける。右の回し蹴り、左からの突き。すべて受け流される。

「蘭喰の方が綺麗だ」

「ありえないわ!確かに、あの子の魔眼は美しいけれど」

蘭喰の右目の黒が左目の赤を引き立たせていていっそう美しく見える。魔力を敏感に感じ取れるその魔眼は、距離があっても大抵の場合は相手の距離と種族すらわかる代物だ。

魔羅は鼻で笑って言った。

「ふん。お前の目はまるでよどんだ川のようだな」

「な・・・、何ですって!?」

桃美の目は、決して汚いわけではなかった。

しかし、普段魔羅が見ている蘭喰の瞳や鬼娘の吸い込まれるような漆黒の双眸よりは見劣りのする物だ。

 「私の瞳を馬鹿にしたわね!」

 桃美は左手を横に薙いで叫んだ。

「火炎爆剣!」

 途端、桃美の手にある剣が真紅の炎に包まれた。そこから、一筋の炎が魔羅に伸びる。

 「あなたも改造人間になりなさい!魔術は使えないみたいだけど」

 使えないんじゃない、使わないだけだ!と魔羅は心の中で叫んだ。だが、相手にそれが伝わるわけもなかった。この少女を相手に、魔力を使わずにどこまで持つだろうか。

 「調子に乗るなよ!」

 魔羅は左に突きを繰り出す。桃美はそれをかわすと、炎剣で魔羅の肩を切りつけた。

 「痛っ・・・!」

 かわしきれずに受けてしまった。魔羅は桃美の腹を蹴ると、後ろに飛びのいた。それを追うかのように、真紅の炎が襲い来る。それを下方によけ、真正面に切り込む!

 ―キイィィィン!

 剣同士がぶつかり合う音が響く。真紅の炎と魔蛇が衝突する。

「おとなしくつかまる気がないなら・・・」

 桃美の顔には、残酷な笑みが広がっていた。

 「骨の一本や二本、焼けちゃっても仕方ないわよね」

 魔羅は言葉を返そうとしたが、最早そんな余裕はなかった。真紅の炎を必死によける。魔蛇が反撃しようとするが、払われる。

 「たかが人間一人相手に、私が倒されるわけないのに」

 まるで、無駄な抵抗を続ける鼠を眺めて楽しんでいる猫のように、桃美は笑う。

 (どうにかしなければ・・・)

 魔羅は、いっそのこと、魔力に頼ってしまおうかと思った。

 (このままじゃ、埒が明かない・・・)

 魔羅は、蛇剣をしっかり握り直した。真紅の炎をかわしながら切り込む。駄目だ、当たらない。

 (ここで俺が死んだら、蘭喰が・・・!)

 刀を握る手に力が入る。その途端、魔羅を昔の記憶が襲った。


 二年前、弟は罪を犯した。喧嘩してしまった友達を、感情に任せて崖から突き落としてしまったのだ。相手の子は一命を取り止めたものの、記憶を失ってしまった。魔羅はそのときすでに、JHJに入っていた。

 弟が家から去って七日後、魔羅は事務所で連絡を受けた。そして、誰の助けも求めずに、たった一人で現場に走った。そこで彼が見たものは、血溜まりに倒れ伏した両親と、それを楽しそうに見つめる弟の姿だった。

 「嗚呼、兄さん」

 弟は破顔した。

 「魔斗・・・。何で・・・」

 横たわる両親の惨状は、見るに耐えないものだった。父の両目は抉り取られ、両腕は切断されていた。母はまるで、息子の罪を受け止めようとするかのように両手を広げて倒れていた。その美しかった瞳からは、最早何の輝きも感じ取れなかった。

 「魔斗・・・」

 「違うよ、兄さん。僕は、黒斬。魔力を持った、初期型改造人間、だよ」

 魔斗、否。黒斬は過去にすがりつく兄をまるで小馬鹿にするかのように言った。

 「兄さんも、さ。おいでよ、僕と」

 黒斬は右手を差し出した。しかし、魔羅は人体改造犯罪者対策事務所の人間であるがゆえに、実の弟に剣を向けた。

 「駄目、だ」

 魔羅は一歩一歩近づいてくる弟に問うた。

 「何で、父さんと母さんを・・・?」

 「やっぱり、兄さんもわかってくれないんだね」

 黒斬は大剣を兄に向けた。

 「さよなら」

 黒斬は大剣に雷を纏わせて魔羅を襲った。魔羅は剣に紫炎を這わせた。紫炎こそが彼の魔力の効力だった。

 黒斬の一撃をかわし、一撃を与える。その重さに黒斬がよろめいた一瞬の隙に、黒斬の正面で叫んだ。

 「創造神初始の名の許に 炎風大爆殺!」

 紫炎と爆風が黒斬を襲う

 「兄、さ・・・」

 助命を乞おうとした弟を、魔羅は斬った。


 「魔斗・・・」

 紫炎に包まれた魔羅が呟いた。弟を斬ったときの、冷酷な自分に支配されていくのを感じる。今の自分の中に、敵を哀れむという言葉はない、と魔羅は思う。

 「魔斗・・・?黒斬?」

 桃美は眉をひそめた。

 「ああ、もしかして、あなた・・・彼のお兄さん?」

 たいした興味はなさそうに、桃美は問うた。

 「それにしても、凄い魔力・・・」

 魔羅が二年ぶりに発したそれは、霊四朗のものを軽く上回っていた。

 「欲しいわ・・・」

 桃美は魔羅をうっとりと見つめた。だが、魔羅がその美しい瞳に惑わされる気配はない。

 「死ね・・・!」

 魔羅は一声放つと、紫炎をうねらせた。

 「創造神初始の名の許に 紫炎殺破」

 突如、幾つもの強大な紫炎の鞭が桃美を襲う。

 (よけきれない・・・!)

 ―ズシャアアアアッ!!

 「呆気のない・・・」

 魔羅は、冷酷な自分に支配されたまま背を向けた。憐憫の情もわかない。口ほどにもない、馬鹿なやつ。そう思った。

 (早く、蘭喰のところに・・・)

 魔羅は走り始めた。霊四朗は大丈夫だろうか。いや、彼ならば大丈夫だ。

 (急がなければ・・・。蘭喰・・・!!)

 「ヨユウネ・・・?」

 「―っ!?」

 桃美が、いた。

 「チャあんと、カクに、んシな、キャ、ネ・・・?」

 息も絶え絶えに魔羅を直視する桃美は、見るに絶えない姿をしていた。自慢の片目は抉れ、鼻はひしゃげ、右手はない。足も、きっと折れているだろう。血だらけで、立つのすらやっとのように見えた。そんな状態になっても尚魔羅に声をかけたのは、自尊心のために思えた。

 「・・・まだ、生きていたのか」

 魔羅は、正直驚いた。魔斗の一件があってからは道を開いたりする程度にしか魔力を使わなかったので、それは相当溜まっていたはずだ。久しぶりに魔術を使ったので、予想以上の魔力が彼女を襲ったはずだ。

 (生への執着が、凄い・・・)

 「今から、勝とう、ナン、て・・・、思ってないけど・・・」

 桃美は

  左手を地面につけた。

 (不味い!)

 「大魔力全開放!大火炎輪抜召!」

 「創造神初始の名の許に 紫炎煙壁魔!」

 桃美野呪文と魔羅のそれが重なり、辺りは真紅の炎と紫炎に包まれた。

 「うっ・・・」

 煙が収まるのに、どれほどの時間がかかっただろう。

 (助かった・・・)

 魔羅はほっとした。目の前には、無残な屍となった桃美が倒れていた。

 (まさかあそこで自爆しようとは・・・)

 大魔力全開放とは、一生に一度しか使えない、自らの命と引き換えに使える術だ。命を削るだけあって、威力は非常に強い。

 (左手が動かない)

 桃美の術も、強かった。もし一瞬でも反応が遅れていたら、魔羅の命はなかったに違いない。

 (急がなければ・・・)

 魔羅は左手のことは気にも留めずに全速力で走り出した。


 「あー!もう、しつこいな!」

 霊四朗は飛ぶように走っていた。

 「だって、逃げるんだもの」

 その後を炎美が追う。まるで、二匹の蝶が可憐に舞っているかのようだ。

 「俺は蘭喰のところに行かなきゃならないの!わかる?」

 「私はあなたに興味があるの!わからない人ね!」

 わかりたくもねぇや、と霊四朗は溜め息をついた。二人が心配だ。こんなところでうだうだやっていても仕方がない。

 「おい!赤いの!」

 「何よ!私は炎美だって言ってるでしょ」

 さっきから万事この調子だ。きりがない。

 「お前の双子の効力は何だ?」

 「炎よ、真紅の炎。私は水。白色の水よ」

 霊四朗は少しむっとした。完全になめられている。でなければ、自分の情報をそう簡単に敵に教えたりはしない。

 (真紅の炎、か・・・)

 魔羅の魔力嫌いはよく知っている。しかし、魔力を使わなければ確実に死んでしまうだろう。

 (何せ、初期型だもんな・・・)

 霊四朗は深い溜め息をついた。

 魔力の効力には、それぞれ段階がある。炎の効力は、一番下が真紅の炎、次が蒼炎、白炎、紫炎の順に四つに分かれている。魔羅は、紫炎の使い手だ。だから、如何に初期型とはいえども魔羅が本気を出したら敵うはずはないのだ。

 (魔羅・・・)

 「何か、違うことを考えてるみたいね。あの魔眼の娘のこと?それとも、魔羅君?」

 炎美が水砲を飛ばしながら言った。それを雷で打ち消しながら霊四朗はひたすら走る。

 「魔羅君の魔力の質、何か黒斬に似てる気がするのよね・・・」

 炎美の独り言を耳にして、霊四朗は眉をひそめた。

 「黒斬・・・。魔斗か」

 霊四朗は、まるで本当の兄弟のように魔斗と仲がよかった。それ故に、魔羅の痛みを一番理解したのも霊四朗だった。

 「あら、知り合い?」

 「魔羅の弟だ」

 呪文を呟く。

 「創造神初始の名の許に 雷波落」

 「うわぁっ!?ちょっ・・・待っ!」

 ―ズウゥゥゥン!

 低い音とともに、雷の波が炎美を飲み込む。

 「悪いが、あまり時間がないんでな」

 「男って嫌ぁね!」

 左腕をぶらん、とぶら下げて炎美が言った。真っ赤な血が滴り落ちる。

 「いきなり大魔力使用術使うなんて!心配しなくても、魔羅君は今頃桃美に骨まで焼かれて死んでるわよ。魔眼の娘は研究所にでもいるでしょ」

 まさか、と霊四朗は思う。もし魔羅が勝っていれば、今頃蘭喰のところに行っているだろう。

 「百雷之舞」

 数多の雷の筋が炎美を取り巻く。

 「会話をする気も無いの?初期型に、正面切って勝てるとでも思って・・・」

 「ふん」

 霊四朗は鼻で笑った。

 「俺は、一人で三人の初期型を殺した」

 退魔師の資格を楽々取った霊四朗の魔力は、全国のJHJでも上位五位内に入る。

 「莫迦な・・・」

 雷が炎美を縛る。

 「斬雷」

 最後にその赤い瞳に映ったのは、霊四朗の冷酷な笑みと、鋭く光る雷の刃だった。


 「あぁ、竜牙?うん、そう。え?あぁ。そうね。え、魔羅達が平気かって?」

 鬼娘は、電話の相手に言った。

 「あいつらなら、大丈夫」

 それは、単なる推測ではなく、仲間を信じた者だけが口にできる、愛の言葉だった。


 「逃げるなって」

 紫波は一歩、蘭喰に近づいた。蘭喰は二歩後すさる。

 「来るなっ!」

 紫波の足元に蒼炎が落ちる。

 「警戒するなって。似たもの同士だろ?」

 「一緒にするな!」

 紫波はそれを聞いて笑みを浮かべた。

 「一緒だろう?魔力をほとんど持たないくせに、一般人とは遠く離れたところにいる。なのに、人間やってるんだぜ。今回にしたって、連れの二人は強いのに、自分だけが足手まといだ」

 「違う・・・」

 蘭喰は自分の存在意義を確認するかのように、叫んだ。

 「私は、お前たちのように、人を殺したりは・・・!」

 「よく言うぜ」

 紫波は淡々と言った。

 「改造人間は、人間だろ?もともとは、ただの、家族と楽しく暮らしていた子供たちじゃないのか?」

 「・・・っ!」

 事実を、突きつけられた。

 「俺と来いよ」

 甘美なる言葉が蘭喰を包み込む。

 「悩むことも、苦しむことも、悲しむこともなくなる」

 多くの人間にとって、香しい言葉だった。蘭喰にとっても。

 「来い」

 蘭喰は、体が勝手に前へ進むのを感じた。しかし、自分でそれを止めたいとは、不思議と思わなかった。ただ、ゆっくり、一歩、また一歩と、紫波のもとへあるいた。紫波の術にはまっていることにすら気づかずに。紫波は微笑んだ。上手くいった。

 (このまま、研究所に・・・)

 ―ドガアァァァァァッッ!!

 「な・・・!?何だ!?」

 蘭喰は足を止めた。ふと、音のした方を向く。

 「蘭喰に触れるな・・・」

 そこには、殺気をみなぎらせた魔羅が立っていた。いつもの優しい彼とは違う。蘭喰は、思わず身震いした。そして、それは紫波も同じだった。

 「そんな莫迦な・・・」

 魔羅から流れ出る膨大な魔力を感じて、紫波は死の恐怖を感じた。

 「と、桃美は・・・?」

 「俺がここにいる時点で、奴がどうなったかは分かるだろう?」

 「な・・・」

 紫波が信じられない、という顔で魔羅を見つめた。冷静になれ、と自分に言い聞かせる。

すでに、蘭喰へかけた術は破れてしまった。ここで戦って死ぬか、逃げてでも生き延びるか。道は、二つ。紫波は、迷わずに生き延びることを選んだ。

 「悪いけど、俺、死にたくないから」

 そう言うと、風の如く消えた。

 (ったく・・・)

 魔羅は追う素振りも見せずに蘭喰のもとへ駆け寄った。

 「蘭喰!」

 「魔羅・・・?」

 ―パシッ

 蘭喰は魔羅に平手打ちを食らって、まだうつろな目で彼を見つめた。

 「お前、何であんなやつの術にはまった」

 魔羅は厳しい顔をしていた。あの術は、心に隙がなければ決してかかることはない、弱い術なのだ。

 「ごめん・・・」

 「いや、いい」

 言いながら、もう少し来るのが遅かったら、と魔羅はぞっとした。この手で蘭喰を殺さなければならないところだった。

 (魔力、使えるようになったんだ・・・)

 蘭喰はほっとした。やっぱり、魔羅は強い。

 「霊四朗は?一緒じゃないの?」

 「いや」

 気まずい空気が流れた。二人とも、あれから彼には会っていないのだ。

 その場を取り繕うように、魔羅が言った。

 「霊四朗は、強いから。大丈夫。さ、早く行こう」

 「・・・ちょっと待って?」

 蘭喰は魔羅の左手をつかんだ。

 「痛っ!」

 「やっぱり!まったく、無理ばっかりするんだから」

 魔羅は心配させまいと思って黙っていたのだが、魔眼持ちの彼女には隠しきれなかったようだ。こんなとき、自分が医療魔法を使えたら良いのに、と思う。

 「医療神治邪の名の許に 魔医握力退破」

 魔羅の左手に光が集まり、癒されていく。

 「治療終了。無理しちゃ駄目だよ」

 蘭喰は心配そうに言った。魔羅は無言で頷くと、走り出した。蘭喰も並んで走る。

 (間に合ってくれ・・・!)

 魔羅は心の中で叫んだ。だが、その叫びを口にすることはない。ただひたすら走り続ける。それは蘭喰も同じだった。おそらく、霊四朗も。

 「ストップ!」

 蘭喰は足を止めた。

 「どうした?」

 「ここから右に約3・5キロメートル。成人男性が一名」

 魔羅はしっかりと前を見据えて言った。

 「行こう」

 蘭喰が頷くと、二人は無言で走り出した。昨日、少女が失踪した推定時刻からかなりの時間が経っている。

 (急がなければ・・・)

 魔羅の頭の中で、今は亡き弟の声が響く。

 「兄さん・・・」

 弟は、言おうとする。殺さないで。その言葉を聞く前に、必ず自分は剣を振り下ろしてしまうのだ。何度も、何度も。ただ、それだけが、頭の中を流れていく。

 (魔斗・・・)

 「魔羅?」

 蘭喰の心配そうな声で我に返った。数百メートル先に、ほのかな明かりが見える。

 「研究所だ・・・」

 二人はすっ、と気配を消した。そっと、慎重に近づく。扉は開いている。二人は中に入り、気配を探りながら最奥部を目指す。蟻の子一匹いない廊下を通り抜けると、薄暗い小部屋に出た。足元には薬のビンや錠剤、白い粉が散らばっている。

(実験準備室か)

 この扉一枚向こうに、今回の犯人がいる。そう思うと、心臓が爆発しそうになる。

 (慣れているはずなのにな・・・)

 蘭喰が目で合図してくる。魔羅は一呼吸して、頷いた。

 ―スッ。

 音もなく扉が開く。その先では、まだ若い一人の男が座って機械をいじっていた。二人が部屋に入ったことには、まだ気づいていないようだった。

 魔羅はすらりと蛇剣を抜いた。そのとき、男がぐるりと首を回してこちらを向いた。

 「おやぁ?お客さんかなぁ?部下を三人、迎えに行かせたんだけど。あ、もしかして、死んじゃったのかなぁ?莫迦だねえ。まぁ、別に良いけど」

 手駒の命などいらない。男はそう言った。

 「もしかして君たち、JHJの人?だったらぁ、無我を捜しに・・・」

 男はクスリ、と笑った。

 「失礼、殺しに来たんだね?」

 その言葉か響いた途端、室内は殺気で溢れた。紫炎と蒼炎が浮かび上がる。

 「貴様!!」

 「ちょっとだけ遅かったねぇ。もう、あの仔は愛理じゃあないよ?無我、だ」

 男が言い終えた途端、男の前に一人の少女が無表情で立っていた。

 「間に合わなかった、か・・・」

 魔羅は唇を噛んだ。

 「蘭喰、バックアップしてくれ。あの男はほとんど魔力を持っていないだろ?隙を見て狙ってくれ」

 蘭喰は頷いて男を睨んだ。

 「おぉ、怖い怖い。小生の兄さんもJHJの仔に殺されちゃったしねぇ」

 (兄弟揃って犯罪者か!)

 魔羅は蛇剣を握る手に力を込めると叫んだ。

 「創造神初始の名の許に 紫炎夫婦竜!」

 魔羅の声と同時に紫炎の竜が二頭現れた。一頭は男を、もう一頭はかつて愛利と呼ばれた少女を襲う。

 「もう、あぶないなぁ」

 あどけなく笑う男を庇うかのように、無我が彼の前に飛び出した。

 「百水蓮破」

 無我の声と同時に、紫炎の竜の尾が弾けた。うねる紫炎の竜を助けるように蘭喰が矢を放つ。それを無我が左肩で受けた。その左肩は紫炎に焼かれ、所々白骨が見えている。魔羅の蛇剣をよける素振りも見せず、右腕で受けて呪文を唱えた。

 「百水蓮破」

 魔羅はそれを蛇剣で薙いだ。

 (おかしい・・・)

 魔羅はいぶかしんで呟いた。

 「同じ術しか使ってない・・・?」

 「おやぁ、気づかれちゃったみたいだねぇ。その仔ねぇ、魔力を無理矢理注入したのは良いんだけど、魔力に合わない体質みたいでさ。なっかなか同調してくれなくて。調整しようと思ったら、君らが来ちゃったんだよ。だから、一つの術しか使えないの」

 男は不満そうに言った。

 「こんな軟弱な仔に殺されるなんて、父親も情けないねぇ」 

・・待て。今、彼は何と言った?

「あれぇ、もしかして、知らなかったぁ?

そもそも、小生たちが何のためにこんなことをしているか、分かってる?]

 魔羅は首を横に振った。それは、JHJがいま一番知りたいことだ。

 「小生たちが連れてくるのは大嘘つきや故意に犯罪を犯した仔、そして、夢なんてない、世の中も将来もどうでもいい。そう言っている仔たちだよ。そんな絶望的な仔たち、野放しにしてたら何をしでかすか分からない。そういう仔たちをさらって、自分をそうゆう風にした家族や友達を殺させてあげるんだよぉ。感情は奪うから、悲しみも痛みも感じない。改造者命令にだけ従う、至高の人形さぁ」

 男は破顔した。まるで、玩具で遊んでいる無邪気な幼子のようだ。

 「その子が、父親を殺した、と・・・?」

 蘭喰は信じられなかった。二人といない、実の父親を殺してしまうだなんて。

 「そうだよぉ。この仔、色々やってたんだよ。万引きやったり、友達のものを盗んだり。あげく、売春にまで手を出してたんだよ。その売春相手が不運にも父親の職場の部下でねぇ。親バレしちゃって。元々は名のある武士のお家だったらしくて、父親がご先祖様に申し訳が立たない、とか言って愛理に自殺しろって迫ったのさぁ。それを嫌がって、逆に父親を自殺に見せかけて殺しちゃったんだよ。母親もその話は知っててさ、二人で話してたときに弟に聞かれちゃったから、弟を奥の部屋へ監禁しちゃって。かくして、愛理は無事に無我になったのでしたぁ」

 無我へと変じた愛理は、ただひたすら男を護りながら傷つき続ける。男は、笑顔のままで楽しそうにそれを見ていた。

 「お前はっ!」

 魔羅が叫んだ。

 「何とも思わないのか!?」

 それは、蘭喰も同じ気持ちだった。

 「だって、この仔は悪の芽だよ?早めに摘み取っておかなくちゃ」

 「お前も犯罪者だろうが!」

 その言葉を聞いて、男は心外そうな顔をした。

 「いやいや、一緒にしないでよ?小生たちは、犯罪者を消すための犯罪者だよ?」

 「子供だぞ!?まだ更生は効くはずだ!」

 魔羅は再び叫んだ。心が痛い。なぜ、自分のことではないのにこんなにも心が痛む?叫びながら、そう思った。魔羅の心には、魔斗の顔が浮かんでいた。

 (そうか・・・)

 理解した。この痛みは、子供たちの痛みだ。嘘をつく度に重なる痛み、良心を虐げるときの痛み。そして、改造されて感情を失う寸前の体の痛みと、後悔に満ちた心の痛み。それら全てが、魔斗の断末魔の叫びとともに魔羅の心にのしかかっているのだ。

 (この哀れな少女の痛みを開放するには、あの男を殺すしかない)

魔羅は蛇剣を左に薙ぐ。よけられたが、気に留めない。目の前に立ちはだかる少女を見つめる。

(せめて、あの男を殺してから少女を葬ってやりたい・・・)

蘭喰はそう思った魔羅の気持ちに気づいたらしかった。

矢を放つと、穂先で自分の人差し指を傷つけた。

「医療神治邪の名の許に 逆治送流血」

蘭喰が呟いた途端、男の人差し指がコトリ、と落ちた。

「・・・おやぁ?」

男は目を見開いて驚いた。

「この術はね、医療魔術の応用なの。術者の体を傷つけると、特定の相手の同じ部位に五倍のダメージを与えられる」

蘭喰はぺろりと血を舐めて言った。

「左足」

左の腿を傷つける。深い傷がつき、赤い血が流れ出す。

「痛っ・・・」

男の左に腿から下が切断される。男はバランスを崩して座り込んだ。

「そんな莫迦な・・・」

男は情けない声を上げた。無我がいる限り、自分は安全だと思い込んでいたのだ。

「莫迦!止めろ!」

魔羅が見ていられなくなって叫んだ。蘭喰がこんな暴挙に出るとは思っていなかったのだ。

「危険だ!止めろ!」

一歩間違えれば魔力が腐敗し、命を落とす。魔羅は蘭喰がたまらなく心配になった。

「私を殺して自分も危険な目に遭おうとでも言うのかいぃ?私は死ぬということに関しての感情はないよぉ?わざわざこんなことしても、意味はな・・・」

「黙れ!!」

蘭喰が珍しく声を荒らげて叫んだ。

「行為そのものに意味がある!」

―ザシュッ

男の左肩がゴトリと落ちた。男の顔色が蒼白になる。

「あの世で詫びてこい!」

誰に、とは言わなかった。男は倒れ臥して、二度と動きはしなかった。

「蘭喰、よくやった!」

魔羅は後ろに飛んで呆然とした。蘭喰の首は赤く染まり、その顔は苦痛に歪んでいた。

「蘭喰!」

魔羅は血相を変えて倒れ掛かる蘭喰を抱え込んだ。

「この莫迦!」

無我は攻撃を仕掛けて来ずに、こちらを眺めていた。

「大丈夫、だから・・・」

蘭喰は激しく咳き込んだ。

「医療神治邪の、名の許、に・・・。重傷改、邪・・・」

大きな光が2人を包み込んだ。傷が癒されていく。魔羅は体が楽になるのを感じた。

しかし、今の治療で蘭喰の魔力は無くなってしまっていた。

「創造神初始の名の許に 紫炎重守」

魔羅は蘭喰の周りに守護結界を張ると、自分は外に出た。

「見てろ」

蘭喰はこくりと頷いた。今の自分では、ただの足手まといにしかならないということを分かっていたのだ。魔羅は蛇剣に手を伸ばす。

「さっさと終わらせるぞ」

こんなふざけた茶番劇は。そう、心の中で呟く。魔羅は蛇剣を右上から振り下ろす。無我はそれを後ろに飛んでよけ、右の回し蹴りを魔羅のみぞおちにのめり込ませる。

「チッ」

魔羅は飛んでくる水砲を下方によける。触れば皮膚が簡単に溶けてしまう。

「百水蓮破」

魔術を魔蛇が喰らう。攻撃そのものは蛇剣で切り付けて破壊する。

無我は突きと蹴りを淡々と機械的に繰り出す。それを捌きながら魔羅は神名省略呪文を唱えた。 

 「百炎蓮破」

 「百水蓮破」

 紫炎と真青の水がぶつかり合う。辺りに爆風が爆ぜる。

 (守護結界を張っておいて良かった)

 魔羅は、ちらりと蘭喰の方を見た。中々本気が出せない。目の前の少女に、弟が重なって見えてしまうのだ。

 魔羅は弟をその手で斬ったとき、生まれて初めて後悔をした。それまでは、後悔先に立たず、という信念を持って生きていた。過去に依存しても、仕方がない。そう思い、信じ続けていた。しかし、たった一人の弟を斬った後、冷静を取り戻したときに彼を襲ったのは激しい後悔の念だった。

 (今の自分のやるべきことを考えろ)

 魔羅は首を振って蛇剣を握り直した。今時分がしなければならないことは、無我を葬り、愛理の苦しみのすべてを解放すること。ただ、それだけだ。

 目の前に迫る少女の腹部に深い突きを入れる。

 (・・・入った!)

 無我がバランスを崩した一瞬の隙に、魔羅は蛇剣を振り上げた。

 (恨むなよ・・・!)

 しかし、蛇剣を振り下ろす瞬間、無我の姿が黒斬と被って見えた。

 「・・・っ!」

 魔羅に隙が生じた。それを見計らったように、無我が水刃を振り上げる。そのすばやさは、魔羅に動く隙を与えなかった。

 (間に合わない・・・っ)

 魔羅は死を覚悟した。水刃が喉笛を喰い千切る!・・・と思ったそのとき、少女は血を吐いて倒れた。

 「・・・え?」

 助かった・・・・?魔羅が顔を上げると、そこには返り血に染まった霊四朗が立っていた。

 「霊四朗!?」

 霊四朗はいつもの軽いノリで笑った。

 「何諦めてんだよ、バーカ」

 蘭喰が走りよってくる。

 「魔羅!大丈夫!?霊四朗、タイミングよかったね」

 「まぁた嫌な予感が当たっちまったな」

 どうやら彼は、嫌な予感がしたので全速力で走ってきたらしい。戦闘の後だというのに、息切れ一つしていない。魔羅は心底うらやましく思った。

 「この子か、愛理って子は」

 霊四朗は自らが槍を突き刺した少女の目を、そっと閉じさせた。

 「すまなかったな・・・」

 魔羅はぼそりと呟いた。堪えきれなくなった感情が、漆黒の瞳から零れ落ちた。

 「おい!言っておくがな、魔羅!」

 霊四朗は魔羅を励ますように口調を強くして言った。

 「俺は、大切な仲間の命と見知らぬ少女の命を天秤にかけるなら、迷わず仲間の命を守る」

 霊四朗はニカッと笑った。

 「嘘じゃないぞ?仲間を信じろ、だ」

 魔羅もつられて笑う。数時間ぶりに笑った気がした。

 「ほら、鬼娘に報告しなくちゃ!」

 蘭喰にせかされて、魔羅は異空間耐性携帯電話機を取り出した。

 「はい、こちらJHJ第十五支部で・・・」

 「鬼娘!魔羅だ。無事任務完了だ。蘭喰も霊四朗も無事だ!」

 「お疲れ様」

 いつもどおりのその機械的な口調には、どこか安堵の気持ちが混ざっていた。

 「あと・・・。奴らの目的と意図が分かった。どこまで正しいかは分からないけど」

 「「えぇ!?」」

 二つの声が重なった。一つは、電話の向こうの鬼娘の声。もう一つは霊四朗の声だ。

 「おい、マジか!?先に言えよ!!」

 「な・・・」

 二人の驚きの声が重なる。無理もない。絶大な勢力を誇るJHJ総本部が、一昨年から全力を持ってしても分からなかった答えを、あっさりと見つけてしまったのだから。

 「まぁ、帰ってゆっくり話すから。じゃあ、これから戻る」

 「・・・了解」

 魔羅は電話機をしまった。そのとき、ふっと一つの疑問が湧いた。

 「そういえばさぁ、あの紫髪の男、紫波だっけ?あいつ、どうしたかなぁ・」

 「確かに」

 魔羅と蘭喰が疑問を口にする中、霊四朗だけは生暖かい笑みを作ってそっぽを向いていた。

 「霊四朗!お前、何か隠してるだろ!?」

 「いやぁ、何のことかなぁ~・・・」

 蘭喰がとぼける霊四朗をぺしぺし叩く。

 「教えなさい!」

 「いやぁ~・・・。実はさぁ」

 霊四朗はてへ、と笑っていった。

 「あいつの魔力、全部喰っちまった」

 「「はぁっ!?」」

 改造人間の体内には魔力を生み出す『魔原石』というものが埋め込まれていて、常に魔力を生み出しているのだ。ただ、この『魔原石』は非常に力が強く、それを体内に埋め込んだ人間は大抵魔力に飲み込まれてしまう。つまり、存在そのものが魔力の塊のようになってしまうのだ。その魔力を全部吸い取るというようなことは、圧力がかかりすぎて、並の人間には耐えられない。退魔師の修練を積んだ霊四朗だからできる芸当だ。

 「霊四朗は、退魔師の資格、持ってるもんな・・・」

 「でも、まさか全部だなんて・・・」

 二人はまだ驚いている。

 (いや、待てよ・・・?)

 魔羅は考える。

 (魔力そのものである改造人間の魔力を全部喰うってことは・・・)

 「あいつ、消滅したのか!?」

 「そうゆうことになるね。で、これが『魔原石』」

 霊四朗は、薄紫色に輝く小さな石を二人の前に突き出した。

 「すげぇ・・・。初めて見た・・・」

 「で、これをどうするの?」

 「まさか、体内に埋め込むとか言わないよな・・・?」

 霊四朗は指をパチンと鳴らして笑った。

 「Jack Pot!!大当たり!!」

 「「はぁぁ!?」」

 魔羅は溜め息をついた。死ぬ確率の高い手術に、わざわざ臨むなんて・・・。

 「やっぱり、霊四朗はすげぇな・・・」

 「そんなことはないぞ。お前、またちゃんと魔力使えるようになったんだな。偉いぞ」

 自分より一つ年上の霊四朗に頭を撫でられて、魔羅は少しむっとした。

 「子供扱いするなっ!」

 「はいはい。ほら、早く帰ろうぜ」

 「鬼娘が待ってるよ」

 魔羅は笑顔で頷いて、印を組んだ。 

 「創造神初始の名の許に 開道」

 三人の体は光へ墜ちた。


 「そうだったの・・・」

 暖かい事務所で、四人は話していた。一仕事終えた後は、苦いコーヒーに限る。少し、大人になれた気がする。魔羅はそう思った。

 「今回の案件は、総本部と警察に早急に連絡しないと。恩賞が出るし、宮本愛理の弟はなるべく早く開放してあげたいし」

 鬼娘は、蘭喰にかたる捕り物帳を聞いてから言った。

 所長の竜牙が知ったら、何と言うだろう。褒めてくれるかな。魔羅は両親に褒められたときのことを思い出して、ふふ、と微笑んだ。

 霊四朗は、来月、手術に臨むという。

 「・・・なぁ、俺、さぁ」

 魔羅がふと真面目な顔で言った。みんながこちらを向く。

 「どうしても、助けられたかもしれない、って思ってしまうんだ。それに、黒斬・・・魔斗を殺したのに、自分だけが悠々と生きていて・・・」

 「莫迦」

 蘭喰が人差し指を立てていった。

 「生きていること自体に価値があるのよ。それに、魔羅の弟のことだって、私はまだここにいなかったから偉そうなことは言えないけど、きっとJHJの責任にして良いんだと思う。悪くないとは言い切れないけど、魔羅は命令を忠実に守っただけなんだから。それにさ、肉体から魂を解き放つことが私たちにできる唯一の救いだってこと、分かってるんでしょう?それで、いいのよ」

 「蘭喰、随分成長したのね・・・」

 鬼娘は驚いて言った。任務前は、ただ魔羅の後ろについていくだけで精一杯だったとゆうのに。わずか数時間で、人はこんなにも変われるものなのだろうか。

 「お前、蘭喰に説教されてるぞ」

 霊四朗が笑った。

 「あいつらが漬け込んでくるのは、心の隙。これが分かった以上、警察にも何らかの対策をしてもらわなくちゃな」

 「一般公開する気がないんだもの。無理よ。それに、そうすんなりいってたら私たちは御役目御免よ?仕事探さなくっちゃ」

 みんなが笑った。四人は他愛もない話を続ける。願わくは、この平和がいつまでも続くようにと、魔羅は自然に祈っていた。

                 

                  完 

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