第4話
昇ってくる朝日に照らされ、室内の光景が現実味を伴ってくる。あいつが足を踏み出すたび、粘度の高い液体の音が聞こえる。
なんなんだよ、これ。どうして…… どうして……
「いやー、やっぱ異世界はいいな。斬り応えのあるやつが多い。
なあダズ。お前もそう思うだろう?
……おいおい、なに吐いてるんだよ? 俺が遊んでいる間に変なものでも食べたのか?」
悪夢だ。どこを見ても赤で染められた惨状。苦楽を共にしてきた仲間たちは皆、昨晩食べたステーキのように分けられ、誰が誰だが区別もつかない。
こんな光景を生み出しておいて遊び……?
悪魔だ。たしかに俺たちも悪いことは散々やってきた。だがここまで罪悪感の一つもなく、自分の楽しみの為にいくらでも他人を傷つけられる。いや、むしろ他人を傷つける事でしか喜びを感じない存在など見たことがない。
ただただ…… 怖い。理解できない存在に恐怖を感じる。なんでもいい。一秒でも早くこの場から、こいつの前から消え去りたい。
「ん? なんだお前。ああ…… 心配するな。痛みはない。一瞬だ」
あぁ。よかった。なら、もう早く。早く、終わらせ…………
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斬り足りない。が、多少はマシだな。
やはりこの感情が尽きることはない。けれどもダズのおかげで100人近い人間を斬ったおかげが、ある程度の充足感を得ることが出来た。
特に最後のマフィアとやらは良かった。様々な武器や魔術を扱う人間と斬りあえたし、念願のショートソードと呼ばれる刃渡り80cm程度の剣も手に入れることができた。
長らく動きっぱなしだったので軽く仮眠を取り、マフィアの館で水浴びをして身嗜みを整える。探しても黒の堅苦しい服装しかなかったが、子供用があるだけマシだと思おう。これで心身ともに冒険者ギルドに行く準備が万全となった。
俺とは対照的にダズは眠れなかったのか、目の下の隈が凄いことになっており、一日で別人のようにやつれている。朝食を食べても直ぐに吐き出してしまうようなので重症だ。風邪でも引いたのだろうか。
日を跨いだので最初はダズの事も斬ってしまうつもりだったが、冒険者ギルドまでの案内がいなくなると困るので、一旦斬るのは保留にした。
せっかく知り合った仲でもあるし、また今度斬らない理由が無くなってから斬ることにする。
道中もあれやこれやとダズに質問を投げつつ、すれ違った人間を斬りながら進んでいくと、昼過ぎに開けた大通りに出た。
たくさんの出店が出ており、見たこともない食べ物や商品が店頭に並んでいる。
人通りも先程までの路地とは比較にならないほど混みあっており、人の波に呑まれてしまうのではないかと心配になるほどだ。
幸いにもダズの体格は大きい上に、先ほど斬り捨てたマフィア達と同様の全身をスーツと呼ばれる黒一色の服装のためか、周囲の人間が距離をとっていく。どの世界でも悪そうなやつには近づかないんだな。
そんなことを考えながらダズの後ろについて歩いていくと、大きな看板のついた三階建ての建物に辿りついた。
「……ここが冒険者ギルドです。中に入って真っ直ぐ進むと受付がありますので、そこで登録が出来ると思います。」
「やっと着いたのか、ありがとうなダズ。大した金額じゃないが貰ってくれ。ここまでの案内料だ。」
そういってダズに10万ゴールドを渡す。来る最中に金はたくさん拾えたので、多少の出費は問題ない。なんならダズからの情報には有益なものが多かったので、もっと渡してもいいくらいだ。
受け取ったダズは目を丸くしてこちらを見るが、恐る恐るも懐に入れる。
「ありがとうございます。じゃあ俺はこれで……」
「おう。またどっかであったら飯でも食おう。さすがにこんな大通りで会ったら斬りはしないから安心しろ」
俺も人通りの多い場所では滅多に斬ったりしない。飯を食ったりなどの日常生活が送れなくなるからな。
まあ…… 人気のない路地で会ったら斬るけど。
人ごみの中にダズが消えていくのを確認すると、冒険者ギルドの扉を開く。
内部は酒場のような広い空間があり、中央に円形の配置で受付らしきカウンターが10箇所ほどあった。
奥には二階に上がる階段も見えるが、今は関係がないので気にせず受付へと進む。綺麗どころがいる受付には列が出来ていたため、人のいない坊主頭の大男に声をかける。
「冒険者の登録がしたいんだけど。」
「……坊主、金はあるのか。3万ゴールドだ」
「あるぞ。ほら。」
おっさんは黙って金を受け取り、枚数を数える。
「たしかにあるな。ちょっとまってろ。
……これが冒険者証だ。こいつに血を垂らせば登録完了だ。身分証にもなるから亡くすなよ。」
おっさんから金属製の四角い板を受け取ると、そのまま指を噛んで血を一滴垂らす。すると透明だった板の色が銅色に変化し、文字らしきものが浮き出てきた。
……そういえば俺この世界の文字読めないんだよな。これ何て書いてあるんだ?