第2話
時刻は深夜、ボロ布をくぐり抜けて外に出ると周囲は闇に包まれていた。月明かりを頼りに目を凝らすと、同じような小さな天幕とボロボロの廃墟がいくつも存在している。朽ち捨てられた広場に小さな集落のようなものが出来上がっているようだ。
記憶を探る限りだと一番奥にある廃墟を拠点としているのが集落の元締め。そいつに上納金を収めることでここに住むことが許されているらしい。案の定、後ろ盾も何も無いこのガキは、足元を見られて相当搾取されていたようだ。
くだらねえ。住む場所なんざに拘らないで金を貯めれば冒険者に成れたかもしれねえのによ。何故か自分の事のように怒りが湧いてくる。
「とりあえず、寝込みを襲うか。」
落ちていたボロ布の切れ端と木の枝を拾うと、前世で数えきれないほど斬り捨ててきた忍びの技を真似て足音を、存在を殺す。
入り口に立っていた護衛らしき男の目をかいくぐり、物音一つ立てないまま元締めの廃墟に忍び込む。ぐーすかぴーすかと煩い寝息の元へ進むと、体格の良い半裸のおっさんが眠っていた。
息を吐き切ったタイミングに合わせて口元にボロ布をあてがい、右手にもった木の枝を目から脳天へ突き刺すように斜めに差し込む。一瞬、その大きな体が跳ね上がるも、差し込んだ木の枝を捩じり回すように動かすと硬直したまま静かになる。
確実に息を引き取ったことを確認すると本命である物色の開始だ。
「この手のやつは大抵、寝室に置いてるんだけど…… おっ、あったあった。」
前世で使っていた刀のような立派なものではないが、刃渡り20cm程度のナイフを見つけた。
「これよこれ。状態はあんま良くねえが、これさえあれば何でもできる。」
ついつい玩具を貰った子供の様に喜んでしまう。ルンルン気分で物色を続けると元締めが貯め込んでいた金貨を見つける。ガキの記憶を使いつつ金額を勘定すると、5万ゴールドほどあった。
幸先よく冒険者の登録料分を確保した俺は、見つけたパンを齧りながら今後の算段を立てていく。
「あの護衛…… どう見ても弱いんだけど、何か感じるんだよなぁ。」
立ち回りを見る限り、この身体でも問題ないと確信できる程度の力量だ。なのに違和感を感じる。理由を探るためにガキの記憶をさらに呼び起こしていく。
「護衛の男に関する記憶はなしか。この違和感の理由は…… 魔術か?」
この世界には魔物が存在すると同時に魔術も存在する。魔力を使用することで炎を出したり水をだしたりと超常的な現象を引き起こせるようだ。前世には存在しなかった魔力という存在を直感的に感じているのなら、この違和感の正体にも説明がつく。
面白い。身体の慣らしも兼ねて正面から遊んでみるか。背後からの不意打ちの計画を辞めて声をかけることにした。
「おつかれさん。中にいるおっさんなら死んでるぞ? 」
「っ!?」
護衛の男が弾かれたように振り返る。驚いたような表情でこちらを見てくるので笑顔で手を振り返す。
この瞬間で10回くらい切り殺せるんだけど…… やっぱ魔術大したことないかも。
「誰だお前はっ!? とうやって中に入った!? 」
男が手に持った斧らしきものをこちらに突き付けて問いかけてくるも、その手はどこか震えている。
「あー、そうゆうの大丈夫だから。とりあえず、魔術使えるよな? 見してくれないか?」
話が進まなそうなので斧を根元から両断する。斧は武器としては素晴らしいのだが、突き付けちゃダメだろ。この場面なら有無も言わさず斬りかかるのが正解。
「なっ…… クソがっ。」
男の表情が驚きから怯えのような表情に変わっていく。悪態をついた男は飛び跳ねるように後ろへ下がると、こちらに両手を向ける。
「くらいたけりゃくらいやがれ。炎弾っ!」
男の掛け声に合わせて両手が薄く光り輝くと、炎で出来た球体が複数こちらへ飛んできた。月明かり以外の光源を得て、周囲が明るく照らされる。
「……しょぼすぎだろ。」
向かってくる炎を全てナイフで切り払う。男はその姿を見ると、怯えを通り越し、絶望のような表情に変化した。
「魔術を切り払うぅ……?
おっ、お前…… いったいなんなんだよ!?」
「俺か? 俺はセンカ。以上。自己紹介おわり。これで俺とお前は友達だな。
ところでさっきの炎は遅いしショボいけど何の意味があるんだ? あんなもん斬っても全然面白くないんだけど。他には何かないのか?
……うん、なさそうだな。じゃあ来世ではもっと面白い魔術を見せてくれよな。楽しみにしてる。」
突然の強襲に思考がついてこないのか、はたまた恐怖から声も出ないのか。突如として護衛の男は逃げるように背中を向けて走り出した。追いかけて背後から斬りつけようかと思ったが、ふと思い返して足をとめる。
そういえばこの身体の試運転がまだだったな…… どこまで出来るか分からねえけど、壱の太刀から試してみるか。
全身を脱力してナイフを持つ手を下げる。そのまま静かに周囲を流れる風の力を感じ取り、風と風の隙間を縫うように素早く刃を振るう。
「神威流剣術 壱の太刀 凪鳴」
甲高い音を立てながら一筋の風が周囲の大気を巻き込みながら膨張し、進んでいく。音に反応して振り返った男の顔は、視界に広がる光景から現実を疑うかのように呆然としていた。 放たれた斬撃が進む道中、余波に巻き込まれた集落が無残にも天に昇り、空中で斬り刻まれる。
当然のごとく護衛の男も斬撃に追いつかれると、その身は天に巻き上げられ、自身の視界に移した光景と同様の末路へと向かっていった。
風が終息した一瞬の静寂の後、天幕が、瓦礫が、血が、人が雨のように振り落ちる。
災害の後。そうとしか言えない惨劇が集落全体に広がっていた。
「ぼちぼちってところかぁ。集落の先の路地の奥。そこまで斬るつもりだったのになぁ」
かつて和の国にて國墜としと呼ばれた最凶最悪の辻斬り。人の姿をした厄災が異世界の地に降り立った初日の光景である。