12話
「おやじぃ…… もう一杯。」
空になったジョッキをカウンターに叩きつけるように下ろす。力強い音が響くが酒場の喧騒に呑み込まれるようにして消えていった。
「はぁ…… うちは酒場だから頼まれれば酒は出す。だがよ、ここ数ヶ月飲み過ぎじゃねえか? それにいつも一緒に来ていた連中はどうしたよ? 最近はめっきり見なくなったじゃねえか。」
「……全員、死んだよ。」
「……そうか。悪いこと聞いたな。」
店主は一瞬だけ眉をひそめると新しいジョッキを手に取り、酒を注ぎ始める。そのまま無言で差し出された酒を一気に煽ると強いアルコールの香りと共に全身が熱くなる。全身を酔った時特有の浮遊感、万能感が支配していく。
あぁ、今だ。今この時だけが、あの恐ろしい緊張感から解放されていられる。
そのまま現実から遠ざかるように飲み続けていくと、となりの席に金髪の男が腰掛け、声をかけてきた。
「よぉダズ。ずいぶん景気が良さそうじゃねえか。」
「あぁ……? レッドバックか。アラクネで若頭候補のお前ほどじゃねえよ。」
男の名はレッドバック。俺と同じスラム出身の身だが仕立ての良いスーツを身に纏い、 多数の貴金属でその懐の裕福さを主張している。レッドバックはここ蜘蛛の巣における三大マフィアの一つであるアラクネで若頭候補の立ち位置を獲得しており、同世代では頭が一つ二つ抜きんでた実力の持ち主だ。
席の後ろには黒服を纏った体格の良い男が三人並んでおり、威嚇するような視線をこちらに向けている。
……以前までの俺ならば威圧感に身を縮こませていたかもしれないが、もっと恐ろしい存在と関わっているせいか、はたまた酒のせいか、良くも悪くも今は何も感じない。
そんな反応を意外に思ったのか、レッドバックは一瞬だけ目を細めると話を続けた。
「そりゃあ俺と比べれば大抵の人間は景気が悪くなっちまうよ。ただ、数か月前まで大人数で薄めた安酒を飲んでた奴が急に一人で飲んだくれてんだ。気にもなるだろ?」
「……そうかもな。だがよ、レッドバック。お前のことは昔から知っている。俺みたいな冒険者崩れ、有象無象の存在に興味なんて持たない人間だ。いったい何の用があるんだ?」
「おいおい、せっかちな奴だな。まずは旧交を温めるのが先じゃねえか?
……わかったわかった。そんな目で見るなよ。じゃあ単刀直入に言うぞ? お前、斬魔を知ってるな?」
斬魔。その名を聞くだけで酒で逃避していた現実の世界が思考の海へ帰ってくる。斬魔とはここ三ヶ月で現れたアリアドネにおける通り魔殺人鬼につけられた名前だ。
裏路地で斬殺された死体が見つかったのを皮切りに、裏町に存在する多数の犯罪組織、マフィア達の拠点が襲撃される事件が多発している。
どの現場も凶器は刃物とされており、残された現場や遺体があまりに綺麗に斬られていることからその名が付けられた。
全体の被害は相当な数に及ぶが、裏路地や裏町での事件であり、被害にあっている人間も裏社会の人間達であるため、表立って取り締まられたりはしていない。むしろ犯罪者が減るため、街の意向としては積極的に放置している気配すらある。
「言うまでもないが、こんな舐めた野郎を放っておくつもりはねえ。ただ生き残りが一人も出ていねえから俺たちも打つ手がなかったんだ。これまでは……な!」
「うぐっ!?」
突如として勢いよく顔をカウンターに叩きつけられる。鈍い音と共に鼻の形が変形したのを感じた。息つく暇もなく、そのまま髪の毛を引っ張り上げられながら頭を持ち上げられる。
痛みを堪えながら周囲へ目を向けると、いつの間にか俺を取り囲むようにして黒服の男たちが立っており、他の客はこの状況に気付いている気配はない。唯一こちらに気付いていた店主も、レッドバックに睨まれると店の奥へと消えていった。
「どうも斬魔の野郎が現れた日から懐に余裕が出来た人間がいるようでなぁ? まさかと思って調べてみると、そいつは斬魔の犯行がある日だけは酒場に訪れずに裏路地へ消えていくんだ。」
再び顔をカウンターに叩きつけられる。
「がっ……」
「しかも急に現れた銀級冒険者センカの道案内役としてお前の妹が選ばれてるらしいな? そいつの獲物は剣で、その腕前は金級冒険者に匹敵するとのこと。……なぁダズ。素晴らしいことだが、これは全部偶然かぁ?」
レッドバックの血走った目がこちらを捉えて離さない。その目を見たら一言でも余計な言葉を吐けば俺を殺す気なのが瞬時に理解できた。喉元に刃物を突き付けられている状態が脳裏に浮かび上がる。
けれども問答を少しでも間違えたら命を失う状況には慣れっこだ。パニックに陥ることはないが、ただただ叩き付けられた顔が痛い。恐怖よりも痛みから解放されたかった俺はヤケクソになりながら告げる。
「つっ、つれていく……。」
「あぁ? なんだって?」
「斬魔のところへ案内する。」




