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焼失

作者: 泉田清

 夕方。ピンポーン!インターフォンが鳴る。事務室のガラス戸から、大きなスーツケースを二つ抱えた販売員が見えた。そうだ、時計屋がやってくる日だった。これは面倒なことになる、直感的にそう思った。


 「お久しぶりです!どうぞ、見て行ってください!」、「おお、どうもどうも」。早々に面倒事に巻き込まれる。時計屋との付き合いは長い。かつての趣味が腕時計の収集だった。彼から二本の腕時計を買い、修理や電池交換も頼んだこともある。自分は格好のお客さんのはずだが、生憎もう腕時計に興味は無い。昔のように休憩時間にゆっくり商品を眺める時間は我々にはもうなかった。外勤の連中はいつものように、昼休みも休憩もなく働き、毎日残業である。それは内勤である私も同じなのだった。


 トルルル!トルルル!陽もだいぶ落ちたころ電話が鳴った。「そちらの方で火事があったようですが」、「異常はないですか!?」管理者からだ。「今のところないです」、「何かあったら連絡します」そう報告して電話を切った。どうやら、この事業所から山を一つ隔てた、10キロほど先の住宅が火事にあったらしい。そんな情報を得たところでどうなるというのか、事務処理の邪魔をしないでほしい。そう思っていたらサイレンが聞こえた。消防車が駆けて行く。ふと思い出した。去年の今頃ほとんど同じようなことが起きたのだと。ウー!ウー!ウー・・・


 「どうも、お久しぶりです!見て行ってください!」去年の今頃、やはり夕方にやってきて、時計屋は同じことを言っていた。その日はみな業務が早めに終わっていて、何人かは腕時計を眺めたり、時計屋と談笑したりしていた。私は相変わらず事務処理に追われていた。

 トルルル!電話が鳴った。「そちらの近所で火事があったようですが!?」、「えっ」。社屋を出て辺りを見回す。確かにすぐそこの道路向かいから、黒々とした煙が上がっていた。「すぐ近くですね」、「でも影響はなさそうです」。そういって電話を切った。「火事だ!」。帰ろうとして外に出た何人かの社員が叫んだ。時計屋までも飛び出してきた。事務室に残っていた何人かは「すぐそこだぞ!」と火事場見物へ出かけた。私は事務処理に戻った、終わらなければ帰れないのだ。

 「いや、すごい勢いだな!」、「同級生の家だ、燃えたのは」、「大丈夫かな」。戻った何人かが口々に言う。外に出ると、木材の焦げる臭いと、煙の臭いがした。暗闇にはまだボウボウと、真っ赤な火の手が上がっている。ウー!ウー!ウー!。カン!カン!カン!。ピーポー!ピーポー!。辺りは騒然としていた。まるで祭りだ。

 当面の問題は幹線道路が封鎖されてしまった事だ。地元の人間であれば抜け道は分かるだろうが、時計屋はどうだろう。帰れないかもしれない。一時間、二時間、やっと帰れたのはそれくらい後だった。もちろん他の社員はとっくにいなくなっていたし、時計屋もいない。どうにか帰ったのか。私だってもう帰る。外へ出るとまだ煙臭い。赤いライトが方々で点滅していた。


 ・・・ウー!ウー!。今回の火の手は山の向こうだ。去年のような騒ぎにはなるまい。それにしても、前回と今回、誰も気づいていないようだが、時計屋との因果関係を感じずにはいられない。時計屋が放火した?それとも私が?外勤の誰かが?どれも現実味がない。それでも去年、今年と同じ時期に火事が発生している。何かが起きている。

 時計屋から買った腕時計のうち、一つは光発電のものだった。買ってから5年ほどだったある日、腕時計は止まった。いくら太陽の光を当てても動かない。時計屋に見てもらうと、光発電をするための電池が切れたという。すぐ光発電をするための電池を交換してもらった。それから何年か経ち、腕時計はまた止まった。また時計屋に見てもらうと「光発電をするための電池がまた切れました、光発電をするための電池はもう生産していません」との事。つまり、もう腕時計は動かない。そして気づいてしまった。腕時計を身に着けると手首が痒くなる事に。それ以来腕時計はしていない。

 「あれ、煙が上がってるぞ」、「まさか、火事は山のむこうだよ」事務室にいた何人かが言った。外へ出る。確かに、山を背に、黒煙がうっすらと記憶の残り香のように漂っている。何かが焦げた臭いもする。これが私の幻覚でない事は確かだ、みなが目撃しているのだから。いつの間にか時計屋は撤退していた。車も無い。僅かな疑惑を残し彼は去った。来年また来るだろう、火事があったことなぞ皆が忘れた頃に。


 以上が私と時計屋の因縁である。彼を一目見て「面倒な事になる」直感的に思うのは無理もない。こうして「腕時計の趣味」は、火事の記憶と共に、改めて時計屋によって焼き払われてしまった。


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