8話 天佑自助
僕はナクトをポケットから取り出し電源を入れた。起動するまでのわずかな時間、ふいにメアリーのあの穏やかに笑った顔が頭に浮かんだ。無理に励まそうとするでもなく、見守るように彼女は僕を見ていた。一気に肩の力が抜ける。僕は再びナクトをポケットにしまい込んだ。
自室へ入り、一人ベッドに体を静める。そういえばもうどれくらい怜奈と一緒に寝てないだろう? 生活のリズムが違うという理由で随分前から寝室を別にした。思えば僕らの関係はとっくの前に破綻していたのかもしれない。
カーテンの隙間から朝陽がわずかに差し込む。今日は秋晴れの良い天気になりそうだ。眩しい光に背を向けながら、僕はゆっくりと目を閉じた。
10時にセットしたアラームが鳴る前におれは目を覚ました。昨夜は遅くまで怜奈とベッドで激しく交わり合った。兄貴とはだいぶご無沙汰なんだろう。ここ最近、彼女の方から求めてくることが多くなった気がする。
昔は憧れのマドンナのような存在だった。初めて兄貴に彼女を紹介された時すごく綺麗な人だなと思った。と同時に冴えない兄貴にはもったいないという苛立ちも覚えた。
別におれ達は兄弟仲が悪いというわけではない。兄貴は小さい頃から温厚でおとなしく優しい性格だ。だからおもちゃを取られたとかもなければ兄弟喧嘩すら一度もしたことがない。ある意味理想のお兄ちゃんだった。
ただ世の常とも言うべきか、母親は事ある毎におれ達を比べたがった。兄貴はとにかく頭が良かった。学校の成績はトップクラスではなく常にトップだ。運動は全然だったがそれでもお釣りがくるほど成績優秀だった。
家でずっと机に向かっている訳でもなく、いつも何か変なモノばかり作っている。なのにテストは満点ばかり。おれは兄貴の才能を羨んだ。
ある日おれは一念発起した。スポーツはもちろん、勉強でも兄貴を越えてやろう。才能に胡坐をかいている奴らを見返してやろうと。あらゆることに努力を惜しまず自分を磨き続けた。
天は自ら助くる者を助く。
おれの名前はこの言葉が由来だ。まさにおれにぴったりじゃないか。
いつしかおれは一流大学へ入り、一流企業へと就職した。大学の時はモデルの仕事もし、女に不自由したことなんて一度もない。
片や兄貴は大学院まで進みはしたが、結局就職もしないで未だにおままごとみたいなことをやっている。今更ながら媚びを売ってくる母親を見るのは愉悦極まりない。
兄貴に恨みはないが、せっかくだから全て奪ってしまおう。怜奈は美人だしスタイルも良い。おまけにおれと同じように一流企業に勤めていてステータスもある。兄貴なんかと釣り合う訳がないだろう?
最近、部長の娘を紹介されたが適当にあしらっていればいいだろう。所詮は部長クラスだ。ここまで努力を重ねてきた人生。今更妥協するなんてばかばかしい。
おれはカーテンを開け窓の外に広がる街並みを見下ろした。タワーマンションから見えるこの景色は、いつみても格別だ。
この眺めこそ、天から与えられたなによりのご褒美だ。
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