7話 魅惑のミステリー
「どうしたんすか!? 大丈夫っすか!?」
勢いよく開かれた扉から同じシフトに入っていた西田くんが現れた。彼もメアリー同様、カラクリ同好会に所属しており僕の後輩にあたる。ちなみに彼は現在大学一年でメアリーにとってもひとつ下の後輩だ。
「あっニッシーごめんごめん。なんでもないんだ。その……ちょっとゴキブリがいて驚いたの~あは」
慌ててメアリーがごまかすように言った。僕もさっと彼女から手を放し、笑ってお茶を濁す。
「ついに出ましたか! おれに任せてください!」
西田くんが機敏な動きで自分のロッカーをがさごそし始めた。彼はちょっと小太りだけど普段から動きにキレがある。自分のリュックからなにやらモデルガンのような物を取り出すと、トリガーに指を掛け両手で顔の真横に構えた。
「ジャジャジャダーン! ゴキブリチェイスマーカーガン!」
独特な効果音とあまりに語呂が悪いネーミング。噛まずに言えたのは偉いと思うよ西田くん。
「このゴキブリチェイスマーカーガンからは秒速20mの速さで、特殊加工を施した蓄光インク入りの弾を発射します」
「うん。それで?」
メアリーが今度は西田くんを蔑むような目で見始めた。緑色の瞳が怪し気な光を放つ。しかし西田くんは臆する事無く、自らの発明品の説明を続ける。実は彼も僕と同じく発明が大好きなのだ。そんな同士である彼に心からのエールを送る。
がんばれ! 負けるな!
「この弾を当てれば体が光り、闇に紛れようと彼奴らの動きを補足することができます。例え物陰に隠れても見つけ出し抹殺することが可能なんです!」
「当てれる?」
「ええっと……」
「そもそも当てれるなら初弾で倒したら?」
西田くんはゴキブリなんちゃらを静かにテーブルの上に置いた。どうやら完全降伏するようだ。失礼します、という声にならない言葉が彼の口の動きから見て取れた。扉が開くと冷たい風がバックヤードを吹き抜けていく感じがした。彼の発明に傾ける情熱の灯よ、どうか消えてなくならないでくれ。
「それはそうとコウヤっち、もう一回詳しく説明してよ。ナクトだっけ?」
メアリーはテーブルに置かれたゴキなんちゃらを手に取ると、銃口をちらちらと僕に向けてきた。なにか尋問されているようで落ち着かなかったけど、僕はなるべく丁寧に説明した。彼女は最後までおとなしく話を聞くと二度、三度と頷いた。
「だいたい『ナクト』って名前が悪いのよ。ドイツ語で裸って意味でしょ? だから私も変に意識しちゃって」
「それは僕が付けたわけじゃないから……ってよく知ってたね?」
「一応私クワドリンガルだから。こう見えて四か国語ペラペラよ」
「こう見えてって、喋れることになんの違和感もないんだけど……」
「とにかくもう一回使ってみて。はいこれ」
そう言って彼女は手にしていたゴキなんちゃらを再びテーブルの上に置いた。僕は適当に『ナクト』の日時を設定し直し、銃口あたりに押し当てた。
画面に映ったのは、ゴキブリを追いかけている目線の映像。まるでゲーム画面のように逃げ回る敵を右へ左へと追跡している。それにしても西田くんの照準がひどい。
さっきから何発も打っているがかすりもしない。床に壁に天井にと、まるで西田くんを嘲笑うかのようにゴキブリは動き回る。お陰で西田くんの部屋はいたる所に蓄光インクが付着していた。電気を消して暗くしたら、プラネタリウムみたいでさぞやキレイだろう。
「もういい……」
その様子に呆れでもしたのか、メアリーは静かに僕の手の上に自分の手を重ねた。そしてそのまま項垂れたように下を向く。が次の瞬間、彼女はガバッと立ち上がった。
「すごい! すごいよっ!! コウヤっち! これは世界を揺るがす大発明だよ!!! これさえあれば――」
まるで人が変わったように、彼女は両手で僕の手を握りしめ上下にブンブンと振った。その目が、いや顔全体が、まるで目の前で花火が打ちあがったかのようにキラキラと輝いて見える。
僕はすっかり忘れていた。メアリーはこの手の類が大、大、大好物だった。UFOにUMA。オーパーツに超古代文明。ムーやレムリア、アトランティスなど失われた大陸や地球空洞説。果ては歴史の謎や未解決事件など、ありとあらゆるミステリーを愛してやまないのだ。
「やっぱり日本の未解決事件からかなぁ。でもゾディアック事件とかも気になるし、ジャック・ザ・リッパー、JFK……。戦国時代の合戦なんかも見て見たいし、ピラミッド建設の様子も見れるよね……ねぇコウヤっち! どれから――」
興奮するメアリーを今度は僕が目を細めて見ていた。彼女は思わず恥ずかしそうに肩をすぼめた。僕の小さな意趣返しだ。
「ごめん……ついテンション上がっちゃって」
あまり意地悪するのもかわいそうだ。僕は真面目な顔からにこっと笑って見せた。
「ふふふ、ようやく僕の大発明がわかったようだね。とりあえずナクトは慎重に使っていかないと。もしかしたら僕らの手に余る代物かもしれないしね」
「そうだよね、ちょっとはしゃぎすぎちゃった。テヘ」
彼女は軽く頭をコツンとしてからペロっと舌を出した。見た目は外国人の彼女がそんな仕草をすると、そのギャップも相まって不思議な可愛さがあった。
「それで――」
彼女はすぐにまた神妙な顔つきとなった。
「怜奈さんとは……どうするの?」
「別れるつもりだよ。ただこの証拠映像だとまたややこしくなりそうだけど。とにかく話をしてみるよ」
僕は苦笑いを浮かべながら持っていたナクトをふりふりした。彼女は大げさに笑い返すでもなく、ふっと軽く微笑んで見せた。その表情が妙に優しくて、僕はなんだか心が穏やかになった。
休憩時間が終わり、メアリーは手を振りながら家へと帰った。西田くんはなぜか深々とお辞儀をしていた。
朝日が昇り、バイトを終えた僕は自宅へと帰る。怜奈もすでに帰っており、自分の部屋で眠っているようだ。リビングに残るほのかなアルコールの匂い。もしかしたら帰って間もないのかもしれない。朝まで天助といたのだろうか?
帰宅早々水でも飲んだのか、キッチンには彼女のお出かけ用のバッグが置き忘れてあった。薄いピンク色のそれは「彼女の秘密を教えてあげるわよ」と誘っているかのように見える。
僕はポケットに忍ばせていた『ナクト』をゆっくりと握りしめた。