6話 正直者メアリー
メアリーは真剣な顔で話を続ける。いつもの陽気な彼女は影を潜めていた
「おとといの夜見たの。怜奈さんが男と腕組んでタクシー乗るとこ。それで、私そのタクシーの跡をつけたの。そしたらマンションに二人で入っていって――ほらこれ」
そう言って彼女はスマホのムービーを僕に見せてきた。それは確かに怜奈と天助の後ろ姿だった。二人が入って行く建物も天助のマンションで間違いない。
すでに事の次第を知っている僕は表情を変えることなくそれを見た。メアリーが心配そうな顔でこっちを見ている。
「よく怜奈だって気付いたね」
「そりゃあんなの一度見たら忘れないよ~」
そう言いながら彼女は両手で胸の形を少し大げさに表現した。一瞬だけいつものメアリーに戻ったが、すぐにしゅんとなり肩を落とした。
「ごめんね……伝えようか迷ったけど、やっぱり許せなくて……」
申し訳なさそうにつぶやくメアリー。きっと彼女は、僕が浮気を知れば深く傷つくと思ったのだろう。でもメアリーは隠し事ができない。彼女はいつだって清々しいくらい正直だ。初めて会ったあの時から。
「知ってたよ」
だから僕も正直になろう。
自分の気持ちを抑えて誤魔化すのはもうやめにしよう。
本当は辛くて悲しくて、心が泣きっぱなしなんだ。
「知ってたの? ……コウヤっち」
メアリーの目から今にも涙が零れ落ちそうだった。僕なんかのために泣いてくれなくてもいいのに。
「僕も昨日知ったんだ。相手の男が誰かも知ってる。椋木天助……僕の弟だよ」
「そんな――!?」
メアリーは驚き両手で口を押え、唖然とした表情を浮かべた。
「僕も見たんだ怜奈の浮気現場を。しかもはっきりと……」
メアリーに見せるのに多少の躊躇いがあったけど、僕は『ナクト』に保存した映像を見せた。至近距離で捉えられた生々しい二人の情事。画面には怜奈と天助の顔がはっきりと映っていた。
「これは……」
メアリーが信じられないものを見た、というような顔で凝視する。そして彼女は大きく目を見開き僕の方を向いた。
「コウヤっち……寝取らせの趣味があったの?」
「へ?」
しまったーーー!! 確かにこれは、見ようによっては「僕が目の前でエッチする二人をニヤニヤしながら撮ってましたー」と言ってるようなものだ。
「違う! 違うっ!! これにはいろいろと深い事情があってだね!」
いつしかメアリーの瞳が軽蔑の眼差しに変わっていた。まるでいやらしい視線から自分の身体を守るように、両手で自らを抱きしめる。僕のつま先から頭のてっぺんまで、蔑むような目で見回し、そして見下すようにその目を細めた。
僕は必死でこれまでの経緯を説明するが、僕がもがけばもがく程、メアリーの顔はまるで能面のようにその表情を失う。ノーブラで来たことを後悔しているのか、彼女は終始、身体を僕から背けるようにして座っていた。
「だからほんとにナクトは物質の視点映像が見れるんだって!」
「コウヤっち、素直に認めれば私だって理解できるよう努力はするよ。全て認めて楽になっちゃいな」
「ぐぬぬ……こうなったら見せてやる!」
僕はメアリーの腕を掴み、握りしめていた『ナクト』を彼女の服の袖あたりに押し当てた。
さあ見よ! 我が偉大なる大発明『ナクト』の真の力を!
暗い画面がパッと明るくなる。するとそこには、今まさに服を着ようとしているメアリーの上半身が映し出された。もちろんノーブラである。
「おぉ……また、ナクト……」
メアリーの悲鳴がバックヤードを突き抜け、店内まで響き渡った。