33話 目覚めた強さ
シャッターを開けた瞬間、僕の目に飛び込んできたのは床に倒れているメアリーとその横で立っていた天助だった。メアリーの額部分には赤い血が見え、驚いて振り向いた天助の右手にはなにか工具のようなものが握られていた。
「おいっ! てめえ誰だっ!?」
真っ先に声を上げたのは天助の近くにいた男、寺岡だった。その後ろには同じグループの仲間なのか、厳つい感じの男が四人いた。寺岡は僕を指差しながらこっちへ向かってズカズカと歩いて来る。それを遮るように天助が寺岡の前に手を伸ばした。
「まあ待て。やあやあ、これはこれは。一人で乗り込んでくるなんてたいした度胸じゃない。兄貴も随分変わったねぇ」
ニヤニヤしながら天助が喋りだした。横目でちらっと見ると、孔雀さんでも呼びに行ったのか瀬織ちゃんの姿はなかった。
「ていうかなんでここがわかったんだ? 車にGPSでも仕掛けられたか?」
そう言いながら天助は車のフロントあたりをチェックし始める。
「もうやめろ天助。彼女は関係ない。やるなら僕をやればいいだろう?」
僕の言葉を聞いて天助の動きがピタッと止まった。顔からは笑みが消え、瞬時に憤怒の表情へと変わった。
「こないだからすげー調子に乗ってんなぁ! おい! その上から目線、腹立つんだよなぁ!」
天助が工具を揺らしながら僕の方へとずかずかと歩いてきた。右手を大きく振りかざし僕の顔面目掛けそれを振り下ろした。僕は左手を伸ばして天助の手首を掴んだ。
自分でも驚くほど自然に体が動いた。倒れているメアリーを見た瞬間から弟に対する怒りが最大値まで上がっている。手首を掴んだ手に思いっきり力を込めた。
「痛ってぇ!! 放せやこらぁ!」
左から天助の拳が飛んで来る。僕はそれを腕で受け止めながらすぐに弾き返す。そしてそのまま天助の手から工具を奪い取った。
「もうやめろ天助。もうすぐ警察も来る。終わったんだよおまえは」
「うるせぇ! おい浩二なにやってる! おまえらも加勢しろ!」
寺岡を含む五人の男たちが怒号を飛ばしながら一斉に襲い掛かってきた。先頭で殴り掛かってきた男の顎を打ち抜くように工具で殴りつける。その衝撃が脳まで達したのか、その男はその場に白目をむいて倒れた。
残りの四人は一瞬躊躇したが、寺岡に背中を押された二人が同時にタックルのように突っ込んできた。両脇からしがみつかれ、なんとか倒されずに堪えたがそのまま壁まで押し込まれた。背中と後頭部に激しい痛みが走る。
「おらぁ! このガキがっ!」
身動きが取れない僕に向かって寺岡が飛び込むように殴ってきた。両腕が掴まれ防げない。僕はその拳に合わせ頭突きのように頭を振った。ゴンっという音がして脳の奥まで痛みと衝撃が走る。
「うがぁああ! 骨! 骨ぇええーー」
だがおそらく向こうの方がかなり痛いだろう。その隙に僕は右側の男の顔に膝蹴りを打ち込む。わずかに怯んだ隙に右手を振りほどいてその男を足で蹴りやった。
しかしそのせいで片足で体を支える形になってしまった。左側でしがみついていた男に押し倒される格好となり床へと倒れてしまった。
「てめぇぶっ殺す!」
完全に逆上した寺岡がナイフを手にした。キラッと光る刃先を僕に向けこっちへと突っ込んできた。だがその時、どこからともなく何かが寺岡の頭部目掛けて飛んできた。それは見事に命中しパリーンと音がして砕け散った。堪らずその場に倒れた寺岡の頭からは大量の赤い――
「うぎゃああーー! 目が痛ぇぇ! 辛いっ辛いーーーー!!」
寺岡は頭から大量の赤い液体を被っていた。それが目に入ったのだろう。床をのた打ち回っていた。
「もしかして、キムチ?」
思わず間抜けな声が出てしまう。壺が飛んできた方を見ると、そこには不敵に笑う瀬織ちゃんが立っていた。だがそこへ敵グループの最後の一人が奇声を上げながら彼女に襲い掛かってきた。すると瀬織ちゃんの背後から颯爽と現れた人物――孔雀さんだった。
孔雀さんは迫り来る男の前で真上に飛び上がると、両足をその男の肩に乗せ、首を足で挟みながらそのまま後ろへとくるりと一回転した。男の体は宙を舞い頭から地面へと落ちた。
「見事なフランケンシュタイナーだ……」
僕を押し倒していた男がぼそりと呟いた。余程のプロレスマニアなんだろうか? その目は少し輝いていた。男の力がふっと緩んだ瞬間、僕は背後に回り込むとチョークスリーパーをかけた。どこか満足げな表情でその男は気を失った。
わずかなうめき声を残し、あたりに静寂が訪れた時だった。パンッという音がしたかと思うと僕の頬を何かが掠めた。血がつーっと流れ出しポタリと床に落ちた。
「てめえらマジでふざけやがって! ぶっ殺してやるよ!」
天助が手にした銃を僕に向けていた。けれど不思議と恐怖はなかった。なぜか周囲のものがクリアに見え、時間がゆっくりと流れ始めた。音がすうっと消えていく。全てのものがスローモーションのように見えた。
瀬織ちゃんは何か出来ることはないかと周りを見渡していた。いつだって彼女は思考を張り巡らせ、最適解を探している。ここに来るまでどれだけ助られただろう。彼女はどんな状況でも最後まで諦めない本当に強い少女だ。
孔雀さんは天助に気付かれないよう僕の方へと走り出していた。もしかしたら僕の盾になろうとしているのかもしれない。彼は見ず知らずの僕らにここまで力を貸してくれた。もう十分ですよ孔雀さん。そこまであなたに迷惑は掛けられない。
メアリーの姿は見当たらなかった。たぶん天助が車にでも押し込んだのだろう。騒ぎに乗じて逃げようとしたのか?
思えば弟は昔からそういう所は抜け目がなかった。もっと早くその狡賢さに気付くべきだった。やっぱり僕はどこまでも間抜けな男だ。
次第に音が聞こえ始めた。周りの動きも元に戻っていく。
そして天助の口がなにかを叫ぶようにゆっくりと開いていった。
「死ねぇええええ!」
銃の引き金に天助の指が掛かる。黒く光る銃口が僕を鋭く睨んでいるようだった。




