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21話 つるべ落とし


 窓に広がる夜景を見ながら、おれは程良く冷えたビールを流し込む。今日は車だからノンアルコールが残念だが、こんな洒落た雰囲気の中で飲んでれば、そんなことはさして気にもならない。


「パパから聞いたけど、天助くん今度昇進するんでしょう? おめでと~!」 


 正面に座る女は目をキラキラとさせ、おれに好意があるのは一目で分かる。やろうと思えばいつでもやれるのだが、流石に部長の娘だ。後々面倒になるのは避けたい。


「ありがとう。これも片桐部長のお陰だよ。宜しくお伝えください」


「え~パパだけぇ? しおりだって天助くんのお役に立ってるんだぞ♡」


「もちろんしおりさんにも感謝してるよ」


 軽く微笑んでやると彼女の目はトロンとした。ちょろい女だ。まぁ使えるだけ使って、しれっとフェードアウトすればいいだろう。



 この手の女は扱いやすいが面白味がない。それに比べ怜奈は落とすのにかなり時間を掛けた。あれ程の女はそうそういない。だからこそ余計に今回の事は苛ついてしまう。だがまあ、あの映像さえあればおれの言う事に従うしかないだろう。兄貴に向いた気持ちもまたおれが簡単に変えてやるさ。


「どうしたの~? なんかニヤニヤしちゃって」


「おれニヤついてた? しおりさんといると楽しいからかな」


「またぁ~そんなうまいこと言ってぇ。今日は酔っ払っちゃおうかな~」


 おいおい勘弁してくれ。家まで送るのはおれなんだから。だが立てないくらい酔ってもらった方がいいか。夜の相手をしなくて済む。



 宣言通り彼女は深酔いし、結局担いで彼女のマンションまで運ぶことになった。しきりにベッドへ誘ってきたが手でいかせてやると満足したのか、そのまま寝てしまった。


「まったく手間かけさせやがって」


 おれはマンションの地下に停めた車へと向かった。乗り込もうとしたその時、スマホにL1NEの通知が届く。送信相手は怜奈だ。



〈やっぱり被害届は出す事にしました

 できれば出頭してください


 もうあなたに会うことはありません

 さよなら〉



「はぁ? 何言ってんだこいつ」


 すぐさま返信しようとすると、怜奈から動画が届いた。再生ボタンを押すと、そこにはおれが怜奈を襲っている時の様子がはっきりと映っていた。


「どういうことだ……」


 電話を掛けるが一向に出る気配はない。家に行こうと思ったがまた警察を呼ばれでもしたら面倒だ。L1NEでしつこくこの動画はなんだと聞いたら、しばらくしてようやく返事が返ってきた。



〈あれは私の浮気を疑っていた光矢が隠し撮りしていた映像です

 警察に証拠として提出します〉



「なんてことだ……余計なことをしやがって……」


 一瞬眩暈(めまい)がしておれは車に寄り掛かった。まさかあの鈍感な兄貴が怜奈の浮気に気が付いているなんて思ってもみなかった。サッと血の気が引き、手にじっとりと汗が滲む。


「これはなんとかしないとまずいぞ」



 おれは車の中で何度も動画を見返した。送られてきた動画は二つ。全体の様子が映るものとおれの顔がはっきりと映っているもの。まさか二台も仕掛けていたとは。しかもどちらもベストポジションだ。



「くそっ! あの野郎ぉ!! 死ね! 死ねっ!」


 怒りのあまりスマホを投げつけると画面にピキっとひびが入った。苛立ちを抑えきれず頭を掻きむしる。グワっと頭に血が上り息遣いが激しくなる。


「フーー! フーー!」


 おれはぶるぶると震える手でエンジンを掛け車を急発進させた。キィーというスキール音が鳴り響き、すれ違う車の運転手が驚いた表情でこっちを見ていた。



 車の窓を全開にし、夜の街をしばらく走ると幾らか気分が落ち着いた。まだなにかしら手はあるはずだ。気の優しい兄貴のことだ、おれが泣いて頼み込めば怜奈が被害届を出すのを止めてくれそうな気がする。なにより身内が犯罪者になるなど、体裁を誰よりも気にするおふくろが黙っていないだろう。


「とりあえずおふくろに説得させるか」


 明日にでも実家に行くとしよう。その前に一度兄貴と話してみようと思い、おれは兄貴のバイト先のコンビニへと車を走らせた。




 路肩に停めた車の中から見ていると、兄貴は店の中でまたあの金髪女と楽しそうに話をしていた。おれは再び沸々と怒りが込み上げきた。


 

 なぜ兄貴は笑ってるんだ? なんであんなに平気な顔をしているんだ?


 怜奈に浮気され、また女に裏切られたんだぞ?


 由良の時のように絶望しろよ。泣いて苦しんでどん底まで落ちろよ。



 訳が分からなかった。思い描いた青写真と全く違うじゃないか。おれの思考回路は徐々に狂い始めた。



「じゃあまたね~コウヤっち。おやすみ~」


 店の扉が開き女が一人で出てきた。ここまで歩いて来ているのか、彼女は軽やかな足取りで夜道を歩いて行く。



 おれはゆっくりとエンジンを掛けた。車は静かに動き出し夜の闇へと走り出した。






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