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20話 枯れた花


 画面には十年前の私たちがいた。


 忘れもしない。これはコーヤに告白されたクリスマスの日だ。


「二人共若いね」


 無意識に目の前にいるコーヤに笑いかけていた。彼も頷きながらそっと微笑む。自分の姿を映像で見るのは初めてではないけど、なんだか不思議な感覚だ。二人の声は聞こえなくても、あの時の会話は今でも耳に残っている。


 コーヤはからくり時計の仕組みを一生懸命説明してたっけ。それがなんだかおかしくて、でも凄く嬉しくて……。


 画面の中の私はとても幸せそうだった。


 

 それからコーヤはいろんな場面を見せてくれた。お祝いしてもらった誕生日。二人で過ごしたクリスマスにお正月。どの場面も私の大切な時間だった。


 あの頃に戻れたら、なんてどれだけ虫がいい話だろう。今の私はコーヤの側にいる資格さえないではないか。



 私はいつしか笑いながら泣いていた。きっとコーヤは気付いて欲しかったんだろう。今の私たちでは、あの時の二人には戻れないことを。


 私を愛してくれたコーヤはもういない。


 画面に映る二人を壊したのは私自身だ。



「ありがとう」


 私はナクトとやらをコーヤに返した。最初は疑っていたけど、どうやら本当にこのスマホは過去が見れるようだ。とうとう凄い発明をコーヤはしたんだな。一緒になって大喜び出来ないことが少しだけ寂しかった。



「その足どうしたの? なんか怪我してるみたいだけど」


 突然、彼が私の足先の方を見ながら心配そうな顔でそう言った。どうやら正座から足を崩した体勢だったから足の裏が見えていたようだ。どこまでも優しい彼に、またチクリと胸が痛む。


「これ……実はね、さっきまでここに警察が来てたの」



 もう彼に隠し事をするのはやめようと思った。馬鹿な女の全てを晒し、いっそ呆れて欲しかった。私は昨夜の出来事を全部彼に話した。途中から彼の表情もみるみる険しくなっていた。塩を投げつけたあたりでは、なぜかほっとしてたけど。



「そんなことが……ごめん。うちの弟がそんなひどい事を」


「元々こうなったのは私の所為だから。コーヤは謝らないで」


「いやだけど……もちろん被害届は出すんだよね?」


「いいの? 一応天助くんはコーヤの身内なんだし、ご両親とも揉めたりしない?」


「身内だろうと犯罪は犯罪だよ。それに僕は母から疎まれてるし。あ~でもまたこれで余計恨まれるな。ハハ」


 和ませようとしたのか、彼は少し笑ってみせた。


「ただ、被害届が受理されるか微妙なの。争った跡はきれいに片付けられてたし、なにより私と天助くんの関係性もあるから……」


「それなら任せてよ」


 彼はわずかに胸を張り、少しドヤ顔でナクトを見せてきた。


「あっ、そっか!」


「我が偉大なる発明品『ナクト』さえあれば、どんな難事件も解決してみせるよ」


 言うや否や彼はナクトを操作し、日時設定の画面を開いた。


「天助に襲われたのはだいたい何時かわかる?」


「えっと確か……昨夜の23時前後くらいかな?」



 彼は日時を設定すると、壁や床、棚に置いてある小物にナクトを押し当てて、その時の映像を確認していた。


「これはほんとにひどい……許せないな」


 静かに怒りを表す彼を見て、私は少し嬉しかった。それと同時に、最後まで彼に迷惑を掛けてしまうことが堪らなく辛かった。それでもこれで証拠は手に入る。ただ一つだけ不安要素もあった。


「でもそのナクトの映像って警察に出しても平気なの? 別の意味で大騒ぎになりそうなんだけど」


「そこは考えてあるよ。ちゃんとしたカメラで撮ったことにするから。筋書きとしては、僕が怜奈の浮気を疑って部屋に隠しカメラを仕掛けた。それに偶然映ってたことにすれば自然でしょ?」


「……そうね。実際浮気してたし、当然の理由よね」


 私が浮気をしていたことはすでに警察にも話してあるから筋は通る。ただ少しだけその悲しい現実がぐさりと心に刺さった。


「あっごめん……でもこれが一番いい理由かなって」


「ううん、いいの。コーヤは気にしないで。それでいきましょう」




 それから改めて、今後について二人で話し合った。当然、私たちは今日でお別れ。このマンションは私名義だから、彼は次の家が見つかり次第出ていくと言った。


「何かが終わるのって、案外あっけないもんだね」


 部屋の中を見渡しながら彼は言った。同棲して五年。付き合ってから十年。今思えばまさに矢のように過ぎた時間だったかもしれない。この先のことを考える余裕など今の私にはなかった。


「そういえば怜奈に教えとかないといけないことがあったんだ! 実はこの家出るんだ……」


「出るって?」


「その……女性の幽霊が。僕、この前見ちゃったんだ」


「それで盛り塩置いてたの? でもそれ本当?」


 彼は昔からおばけの類が大の苦手だ。でもそんな怪奇現象は、これまでこの家で起きたことはない。


「うん。あっそうだっ! なんで今まで思いつかなかったんだろう。ナクトで見ればいいじゃないか!」



 二人で彼の部屋へと移動する。コーヤは何かを思い出しながらナクトの日時を設定していた。そしてベッドの近くの壁にナクトを当てると、寝ているコーヤが映った。何度か時間を変えながら見ていると、ある時間でふらりとコーヤの枕元に近づく人影が映っていた。


 あれは……私だ。


「ひっ!」


 コーヤが小さく悲鳴を上げる。恐怖のあまりまったく気づいてないようだ。枕元でさめざめと泣いている姿は、見ようによってはおばけに見えなくもない。



「コーヤ……それ私だよ」


「えっ!? ええーーーー!」


 彼が画面と私を交互に見ながら驚いた声を上げる。恥ずかしいやら情けないやら。


 私はただ俯くことしか出来なかった。








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