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18話 スクランブル交錯点


 時計の針が午前3時を回った頃、眼鏡を掛けた巡査が戻って来た。少し離れた場所でもう一人の巡査となにやら話をしている。しばらくすると頭を掻きながらリビングへとやってきた。


「差しあたって彼には帰ってもらいました。合鍵の方は一応返してもらいましたので」


「逮捕できないんですかっ!?」


 私が掴みかかりそうな勢いで詰め寄ると、巡査は困惑した表情を見せた。


「まあ向こうの話を聞くと相違点もいくつかあるのでねぇ。即刻逮捕となるとなかなか難しいんですよ」 


「襲った側の人間が、はい、やりました、なんて言う訳ないでしょ!?」


「まあまあ。仮に被害届を出すにしろ、一度彼氏さんと話し合ってみてはどうですか? 一応ご親族な訳ですし」


 紛れもない事実を突きつけられ、私は押し黙るしかなかった。後日改めて警察署の方へ出向くとし、二人の巡査は帰っていった。



 再び一人になると不安が押し寄せてきた。今回の件をコーヤに相談するとなると、当然、私と天助くんの関係は全て明るみになるだろう。そうなると天助くんとの関係は切ることができるが、コーヤとも別れることになるだろう。それとも天助くんと話をして、なんとか穏便に別れる道を探るべきか?


 その時、スマホの通知が鳴った。画面を見ると天助くんからのL1NEだった。

 

〈こんなことになってすごく残念だよ怜奈

 もし被害届を出すならおれも兄さんに全て伝えなくちゃならない

 できればこんなことはしたくないんだけど〉


 今までとは全く違う冷淡な文章。全てを伝えるという言葉に私は手が震えた。そして続けざまに送られてきたのは動画だった。


「こんなのいつの間に……」


 そこに映っていたのは激しく乱れ合う二人。とてもコーヤには見せられないような自分の姿がそこにはあった。私はすぐに彼に返事を送る。


〈これって脅迫だよ?わかってる?〉


〈脅してるわけじゃないよ

 ただ今回のことが事件になるなら兄さんも事実を知っとかないとダメでしょ?

 とりあえずすぐに送るわけじゃないから

 一度話し合おう〉



〈わかった

 また連絡します〉




「待ってる。おれはまだ怜奈のこと愛してるから……これくらい書いとくか」


 おれは路肩に停めた車の中で怜奈にL1NEを送っていた。特に動画を撮る趣味はないのだが、まさかこんなとこで役に立つとは。


 いつも怜奈は電気を消せとうるさかった。直感的にこういうのを警戒していたのだろうか? たまたまひどく酔っ払っていた時に隠し撮りしてたんだが、今回はうまい具合に切り札に使えそうだ。 



「それにしても……あれは誰なんだ?」


 兄貴のバイト先のコンビニに少し前に到着し、離れた所からしばらく様子を見ていた。するとついさっき金髪のモデルのような女がやってきて、やけに親し気に兄貴と絡んでる。まさか兄貴も浮気か? と一瞬思ったが、あの糞マジメな男がそんなことするはずもない。おそらく女は好意を持っているが、兄貴はそれに気付いてない、という感じか。



 なぜか昔から兄貴の周りには良い女が集まってくる。それが堪らなく癪に障る。


「ま、今回も奪ってやるか」


 思わず口元が緩み笑いがこぼれる。小中高と兄貴に思いを寄せている女はたくさん見てきた。だが兄貴はそういうことにとても疎い。お陰で兄貴を諦めさせておれを好きにならせるのは造作もなかった。実際、兄貴は自分の周りでそんな事が起きてることさえ気が付かない。



「ただあの幼馴染だけは流石の兄貴もへこんでたな」


 兄貴には幼稚園から高校まで一緒だった由良ゆらちゃんという幼馴染がいた。もちろんおれにとっても二つ年上の幼馴染だ。二人はわかりやすいくらいの両片思いで、お互いそれに気付いていながらもなかなか付き合おうとしなかった。


 二人が高三になった時、おれも同じ高校に入学した。成績優秀な兄貴と同じ大学に由良が行けるはずなどない。それなのに煮え切らない態度を取る兄貴に対し、彼女は悩んでいた。おれは相談に乗りつつ、少しずつ彼女の心の隙間に入り込んだ。



 そこからはお決まりのテンプレだ。ある日、家で由良とやってる時にちょうど兄貴が帰ってきた。兄貴はベッドの上のおれ達を見てこの世の終わりのような表情をしていた。見られた方の由良も茫然自失となっていた。あの時の二人の顔は未だに忘れられない。


 その日を境に二人は一切顔も合わさなくなった。そしてしばらくして、由良の家族は遠くへと引っ越して行った。



「そういえばあの時の由良も、今回の怜奈のように急変してたな」


 まぁ女の思考回路は似たようなもんなんだろう。あの金髪は怜奈に訊けばなにか知ってるかもしれない。逆に浮気を疑わせて、兄貴と別れさせるという手もありだ。


「またおもしろくなってきたな!」


 おれは車を急発進させ、夜の街を颯爽と走らせた。




 夜が白々と明けていく。結局私は一睡も出来なかった。コーヤに全てを言うべきか、それとも隠し通すか。その答えを出すことはできなかった。


 今日は会社に行っても仕事にならないだろう。コーヤが帰ってきたら少し話をしてみよう。まるで審判の時を待つかのように、からくり時計の音だけが聞こえてくる。



 カチャリと鍵を回す音が聞こえ、玄関の扉が開いた。






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