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16話 ブルーマンデー


 憂鬱な月曜日とはよく言ったものだ。コンビニバイトの僕にはそれほど関係ないけれど、それでも学生時代の記憶が残るのか、世の全体の空気がそうなのか、どことなく気分は上がらない。


「ありがとうございました」


 残業終わりのサラリーマンだろう。ほぼ選択肢がなくなった弁当とチューハイを買った男性が背中を丸めながらお店を出ていった。


 そろそろイートインコーナーの掃除でもしようと思ったその時、来店を告げるチャイムと共に僕の名前を呼ぶ声がした。



「コウヤっち~。お疲れさま~」


「お疲れさま~じゃないよメアリー。なんの連絡もないから心配したよ」


「わぁ! コウヤっちに心配してもらえるなら、たまに下着泥棒に入られるのも悪くないわね」

 

「いや、そういうことじゃなくて……それであの後どうなったの?」


「まぁまぁ。こんなとこで立ち話もなんだし、休憩(はい)れる?」


 少し時間は早いけど、西田くんに先に取っていいかとお願いすると二つ返事でOKだった。



「粗茶ですが……」


 挙句、彼はお茶まで出してくれた。それ店長ご自慢のブレンド緑茶だったと思うんだけど……。


「ありがとニッシー」


 メアリーはにこりと微笑み、ふわっと湯気が立つ熱そうなお茶をズズズーっと飲んだ。猫舌の僕には到底真似できない芸当だ。ふーふーとお茶を冷ましていると茶柱が立っているのが見えた。最近不幸続きの僕にとってこれは吉兆だ。


「それでどうだったの?」


 メアリーに茶柱が見つからないように、僕は湯飲みを手にしたまま訊いてみた。


「犯人は仁科倫行にしなのりゆき、38歳。窃盗の常習犯で最近出所したばかりだったみたい。死因はやはり心筋梗塞。元々心臓に持病があったらしく、今回犯行時に発作を起こし死亡した。おそらく私の寝姿に興奮したんでしょうね。以上が警察としての見解よ」


「最後も警察の見解?」


「……ズズ」


 彼女は目を閉じ、味わうようにゆっくりとお茶を口にした。


「とにかく大変だったのよ~現場検証に母さんが来ちゃって! 囮で下着を外に干してた上に鍵を閉め忘れてたのばれて。まるで取り調べみたいだったわ」


「そりゃそうだよ。一歩間違えば襲われてた可能性だってあるんだから」


「反省してます。以後気を付けます……」


 彼女にしては珍しく、しゅんとなって頭を下げた。よっぽど母親にきついお説教を食らったんだろう。


「それで、コウヤっちの方はどうなったの?」


 これはたぶん怜奈のことだろう。見守る姿勢だったメアリーも、流石に僕が腰が重いことに気が付き始めたか。


「今日は彼女が残業で……結局話をする時間がなくて。朝帰っても、またすぐ仕事に出るだろうし……」


 メアリーがいつものように目を細め、じっとりとこちらを見てくる。今度は僕がお灸を据えられる番なのか。


 茶柱に願いを込めながら、僕は一息にお茶を飲み干した。






「助けてくださいっ!」


 裸足のまま、私は家から少し離れた交番に駆け込んだ。やや中年の二人の巡査がそこにはいた。


「どうされました?」


 慣れたものなのか、特段驚く様子もなく一人の巡査が私に尋ねてきた。


「家に――突然家に入られて、襲われたんです!」


 もう一人の眼鏡を掛けた巡査が私の足元をちらっと見た。おそらく裸足だということに気が付いたのだろう。


「まあお嬢さん、一旦座りましょうか」


 パイプ椅子を引きながらその巡査が言った。私は荒い呼吸を整えるように深く息を吸ってそこに腰を下ろした。取り乱している私を落ち着かせるためか、湯飲みに入れたお茶が運ばれてきた。


「住所はこの近くですか?」


 机を挟んで向かい側に座った巡査が、眼鏡を持ち上げながら訊いてきた。


「えっと、ちょっと離れたとこのマンションなんですけど――」


 私が住所を告げると、もう一人の巡査が壁に貼ってある地図で場所を確認する。


「それで、どうやって家に入られたかわかりますか?」


「合鍵を使われて……」


「合鍵? 相手は知り合い?」


「はい……でも襲われたのは事実です! まだ家にいるかもしれない! 早く捕まえてください!」


「まあまあ少し落ち着きましょう。もうちょっと詳しくお聞きしていいですか?」


 少しいぶかしむような顔でその眼鏡の巡査はいくつか質問をしてきた。私は答えるのに一瞬躊躇(ためら)ったが、天助くんのことを全て正直に話した。



 襲ってきた相手は同棲している彼の弟であること。その弟と浮気をしていたが、やはり悪い事だと思い別れようとしていること。そして今別れ話でもめていること。


 まるでドロドロとした昼ドラのような私の話に、巡査たちは途中から呆れたような態度になってしまった。話しているうちに私も冷静になったのか、急に恥ずかしさと惨めさが襲ってきた。



「じゃあひとまず家に行ってみましょうか」


 目の前の巡査が帽子で頭を掻きながら立ち上がった。私はゴム製のサンダルを借り、パトカーの後部座席に乗せられた。


 静かな夜の街を赤色灯だけ点けたパトカーが走る。時折目に入る赤いライトの光に、私はなぜか自分が連行されているような錯覚に陥った。



 愚かな裏切り者は自分ですと、まるで周囲に知らせながら走っているようだった。

 





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