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11話 走馬灯のように


 画面の中の僕らは幸せそうに笑っていた。丁度僕が怜奈に時計の説明をしているところだろう。この時はもう告白した後だから二人の距離が妙に近い。かすかに腕に当たる怜奈の柔らかな膨らみに、僕は結構ドキドキしてた。


「二人共若いな~~」


 初々しく楽しそうに喋る二人の姿がやけに眩しい。吐く息は白いが寒さなど気にもならないのだろう。ほっぺを赤く染め怜奈が微笑む。それにつられ、見ている僕も画面の中の僕も照れたように笑った。



 懐かしい思い出の余韻に浸りながら、僕は一度『ナクト』を時計から離した。過去の僕らを見たからか、記憶の欠片が次々と集められていく。


「確かこの後……怜奈の家に行ったんだっけ?」


 からくり時計はわりと重かったので怜奈の家まで僕が持って行った。


「ちょっと寄ってく?」


 悪戯いたずらっぽく笑う彼女に僕は思わずドキっとしたのを覚えている。時計をプレゼントしたのは家に上がる計画のひとつでは、と思われてないかと内心焦っていたが好奇心と変な期待の方が上回り、僕はその日初めて彼女の家にお邪魔した。ちなみに言うと、その日は結局何事もなく僕は帰っている。



 一人暮らしの女性の家にあがるなど皆無だった僕にとって、そこはまるでお菓子の家のようだった。なんとも言えない甘い香りが鼻をくすぐる。そわそわ落ち着かない僕を、きれいに並べられたぬいぐるみ達が物笑いしているようで、最初は居心地が悪かった記憶がある。



 僕は『ナクト』の時間を二時間ほど進め、再び時計に押し当てた。画面に映ったのはこちらを見上げる二人の姿。怜奈が胸の前で小さくぱちぱちと手を叩いていた。僕が時計を壁に掛けてあげた直後だろう。


「わ~懐かしい! そうそう、こんな感じの部屋だったな」


 僕は画面に食い入るように顔を近づけた。同棲するまでは何度も訪れた怜奈の部屋。僕と彼女はどちらも引っ越し嫌いだったから、お互いずっと同じアパートに住んでいた。なんだかんだで自分のアパートよりも怜奈の家にいた時間の方が多かったかもしれない。



 それから僕は思いつく限りの日付を『ナクト』に打ち込んでいった。怜奈の誕生日。二人で過ごしたお正月。付き合い始めた記念日のクリスマス。十年前から少しずつ僕らの歴史を走馬灯のように辿たどっていった。


 綺麗に飾り付けられた部屋ではしゃぐ二人。ゆっくりおせちをつつく二人。ケーキ入刀の真似事をして照れてる二人。からくり時計が見てきた光景が、どれも僕の頭に鮮明に蘇る。



 いつしか僕の目からは涙がこぼれていた。


 胸が締め付けられるってこういうのなんだな。


 画面の中の二人が今の僕らを見たらどう思うんだろう? 


 叱られるだろうか? 呆れられるだろうか? たぶんきっと両方だろう。



 年数を進めていくと『ナクト』の映像がいつものリビングに変わった。そこに映る二人の表情も変化していく。徐々に笑顔は減っていき、画面の中にいるのはどちらか片方だけ。心と気持ちが離れていけば、物理的な距離も開いてゆく。



 僕も怜奈もほんとはわかっていたんだ。ただ目を背けて気付かない振りをしていた。僕は怜奈にとって必要じゃなくなり、僕もそれを否定しなかった。きっと人だけが持つ惰性的な感情が彼女を引き留めていただけかもしれない。

 


 ただここで一つ疑問が湧いた。今日の怜奈の変わりようは一体なんだったのか? 天助とケンカでもしたのだろうか? それなら今夜の二人の様子にも合点がいく。

ちょっと気になって今日朝帰りしたであろう怜奈の姿を見てみることにした。


『ナクト』の時刻を今日の午前4時に設定する。リビングは真っ暗なままだ。そこから10分ずつ進めていくと、4時半の時点でリビングが明るくなった。


 一人ぽつんとソファーに座っている怜奈。なぜか茶碗を片手にご飯をかき込むように食べている。あれは僕がバイトに行く前に食べ残したチャーハンじゃなかろうか?


「お腹がすいてた……のかな?」


 まるで小さな子供のように、彼女はチャーハンを口いっぱいに頬張りながら食べていた。すると突然、怜奈は顔を両手で押さえながら俯き、肩を揺らし始めた。声は聞こえないがおそらく泣いているのだろう。


「泣くほど美味しいチャーハンを作った覚えはないんだけど……」


 やっぱり天助とケンカでもしたのか、と納得しようとした時、画面の中の彼女が急に顔をあげてこちらをじっと見た。いきなり目が合い心臓がびくんと跳ねる。


 目線はこの壁に掛かったからくり時計。なぜかそれを見ながら、彼女はもぐもぐとチャーハンを咀嚼そしゃくし、そして時折涙を拭いていた。


 怜奈には大変申し訳ないが、ちょっとしたホラーだ。声が聞こえない分、余計不気味に見えてしまう。思わず背筋がゾクッとし、僕は身震いして後ろを振り返った。大丈夫。このマンションは事故物件ではないはず。


「ま、まぁケンカでもしたんだよきっと。天助が浮気したとかじゃないかな? 彼はモテるから。ハハハ……」


 自分でも訳のわからないことを言いながら、僕は『ナクト』の電源をオフにした。


 念のため今日は常夜灯を点けて寝ることにしよう。





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