そして運命の日
初めてのデート、と言い張りたい食事会から一か月程。私は次の旅に出ぬままロストスの街に居座っていた。未だ明確に告白こそないが私とジョン・ロックは随分と親しくなった。シンシアが協力体制を見せてくれたこともあるだろう。
今日も彼女の協力を得て作ったお弁当を持って、いそいそと彼の職場に向かう。今日は街の東門の詰所で働いている。週ごとに配置が換わるらしい。また一つ彼について知っていることが増えた。とても嬉しい。
「やぁキャシー、また来てくれたのか」
笑顔の彼に出迎えられる。笑った時に揺れる銀色の髪が好きだと思う。
「ちょっと待っててくれよ、あと……うん?」
門へと向けて歩いてくる人影。彼がそれに手を振る。
「おおい、あんた、午前中の受付はそろそろ終わるぜ!」
真っ黒なローブをまとった人影が、顔を上げた。
その口元に、白い牙を、見つけてしまった。
「『土壁』!」
こちらに向けて放たれた魔力弾を防ぐ。
「『陥穽』!」
そいつの足元に穴を空けて、身動きを封じる。
「『隆起』!」
空いた穴の底から、突き出した土塊のトゲが天へと高らかにそいつを跳ね飛ばして、更に串刺しにした。
「グギェェェェッ?!」
ロープが裂けて、日光に直に当たったそいつが明らかに人のものではない悲鳴を上げる。
「人型の魔物っ?!」
詰所が俄かに慌ただしくなる。真っ先に飛び出して行ったのはジョン・ロックだ。
彼がこの街の衛兵で唯一、魔物殺しの斬撃を使えるから。
「『浄銀閃』ッ!」
手足をばたつかせながらみっともなく落ちてくる魔物に向かって、彼が手にする銀の刃が閃く。一瞬の後、魔物は灰となって消えた。
「ジョン・ロック!」
その背中に思わず飛びかかる。驚く彼にしがみついて、そのまま泣き出してしまう。
「おいおい、どうしたってんだ一番の功労者がよ」
「だって、私、私……っ」
優しく頭を撫でる手に、涙が止まらない。彼は困っている。困りながらも、私を落ち着かせようと笑っている。嬉しい。彼が泣いていない。今、確かに私は運命を変えたのだ。
原作のゲームにおいて。魔物が活発化している情報など少しも入ってこなかったロストスで、彼は今日休みを取っていた。妹のために薬草を取りに行ったのだ。そこで別の街からやってきた主人公達と出会う。魔物が活発化しているという話を聞いた彼は自分なら魔物が斬れると笑い……そうして、山奥で爆音を聞く。振り向いた先、故郷から立ち上がる炎と煙。主人公達が見たものは、魔物の侵入を許し、廃墟となってしまったロストスだった。たった一体の魔物は、特殊な魔道具で改造されていたらしい。街に入ると自身の魔力を暴走させて街ごと爆ぜた。生存者を探した。探した。探して、探して、探して、誰も生きていなかった。
自分のせいだと悔いる彼の手に、カレンギュラが咲いた。花言葉は『喪失』
主人公達は、彼のせいではない、魔物のせいだと説得する。そうして明るく元気でお調子者だった青年は、復讐者へと成り果てる。
それが嫌だった。彼を復讐者にする未来など、要らない。英雄の一人として称えられるが、以後は故郷の復興に尽力し、ついぞ家族ができなかった未来など、要らない。だから私は百分の一を掠め盗った。
運命を捻じ曲げるのは思ったよりも随分あっさりと成功した。魔道具の発動条件が街に入ること、だったせいもあるだろう。あの魔物を遣わした八魔の序列七、木偶使いのリオネートは同じ手段で同じ場所を二度は襲わないという魔誓約を立てている。次の手段を見付けるまでに花の守護団は彼を討伐するだろう。これでロストスは護られたはずだ。
「ジョン・ロック」
「お、おう?」
「私、あなたが好き。ずっとあなたと居たいわ、愛しのジョン・ロック」
そうして、私は愛を伝える。
ジョン・ロックは驚いたようだが、やがて私を抱きしめ返してくれた。その温もりに目を閉じる。
本当は愛なんて美しい言葉で呼んでいい感情でないことを、自覚しながらも。