花よ咲くなかれ
「おぉ、あんたかいレーモン草をとってきてくれたってのは?」
翌朝、仕事に出る前に依頼を確認しにきたジョン・ロックはもう達成されたことに驚いた様子だった。ニヤリと笑ったライラに指し示されて、酒場のテーブルでそわそわしていた私にジョン・ロックが声をかけてくる。かっこよく返そうとあれこれシミュレーションをしていたはずなのに、言葉が出ない。目の前に彼がいる事実にドギマギしてしまう。頷きを返すだけしかできない。
「ありがとう、妹を喜ばせてやりたくてな。あ、俺の妹はシンシアって言って、
ちょっとお転婆だが可愛い子でよ」
ニコニコと語るジョン・ロック。あぁ、この笑顔をもう一度見られてよかった。泣きそうになる気持ちが顔に出て不審がらせないよう、ぐっと抑える。
「ま、あんたも可愛いよな!」
突然そんなことを言われて心臓が勢い良く跳ねた。そうだった、彼は可愛い娘をナンパするタイプの、明るく元気でお調子者の青年だったのだ。山中で出会った時も主人公の幼馴染に声をかけていたっけ。
「お嬢さん、良かったら今度飯でも一緒にどうだい?」
「はいっ!!」
「おっと?」
食い気味に返事をして、彼を驚かせてしまう。青い瞳に私が映る。茶色い髪のどこにでもいそうな女だ。そんな女を、可愛いと言ってくれる。そういうとこが好き。
「おやぁ珍しい、ナンパ成功かい!」
酒場にいた何人か、この街を拠点とするさすらい人やら併設された食堂の客やらがケラケラと笑う。たはは、と頬をかくその横顔が、ほんと好き。
「じゃあ、そうだな三日後の昼とかどうだい。ええと、キャシー」
コクコクと激しく首を縦に振る。前世ではろくに恋愛をしてこなかった。当たって砕ける勢いで波に乗って、降って湧いたチャンスを掴みにいくしかない。
照れの余り熱くなった顔を俯かせる。その視界に彼の右手にある小さな痣が見えた。すぅと心が酷く冷たくなる。蕾のようなそれが、開けばカレンデュラを咲かすことを知っている。
ゲームにおいて、花の守護団に入る運命にあるものは蕾の痣を持って生まれている。世界を守護する女神からの加護であることは一部の人間しか知らない。花が咲くのは大いなる災いから世界を守るとき。このロストスには未だに兆候はないが、魔族の王とも呼ばれる存在が密かに蠢いているはずだ。
そうだ。忘れてはならない。恋に浮かれてもいい。でも、私の願いはこの人をあの長く苦しい戦いの運命から引き離すことなのだ。
私は女神にも喧嘩を売ってしまったのか?と過った不安は耳に届いた彼の声でかき消される。
「じゃあ、またな、キャシー」
その困ったような照れ笑いの声を守るためなら、私は地獄にも落ちよう。