百分の一を掠め盗る
「それじゃあ、薬草が手に入ったら頼むぜ」
依頼書を渡して立ち去るその人の、さらりとした銀の髪に見とれた。
『仲間になるキャラクターは百人!君だけのパーティーを作り出せ!』
そんなキャッチフレーズの遊戯があった世界のことを、思い出した。
「ねぇライラ。あの人、名前……ジョン・ロックだったかしら」
「ええそうよキャシー。どうしたの急に?」
「……今突然、グッときちゃった」
ええっと驚くライラ。彼女はさすらい人の酒場の受付嬢だ。そして私はキャシー。ちょっとした土魔法が使えるだけのさすらい人だ。この世界の『さすらい人』というのは現代日本の物語で知られるところの『冒険者』というやつである。
ライラに適当に言葉を返して、私は借り受けている部屋へと戻る。それからふぅとため息を一つ。よく整えられたベッドに、行儀悪く倒れこむ。
「ここは、サウザン王国の、ロストスの街。……『百花のストリア』の世界」
『百花のストリア』は剣と魔法のファンタジーRPGだった。この世界で生きてきたキャシーの記憶にある地名をはじめとする知識と、現代日本というこことは異なる世界の知識が幾つも重なる。その記憶がピタリと一致した理由は、先程見かけたあの男性だ。
「ジョン・ロック。……愛しの、ジョン・ロック」
前世の【私】の最推し。インターネットで偶然見かけた動画で彼に興味を持ち、このゲームのシリーズに手を出したのだ。それを思い出した。彼と主人公達の出会いは、そう……
冷や汗が出る。咄嗟に時計を見る。時刻は午後三時を少し回ったところ。日暮れまではあと二時間ある。私はベッドから跳ね上がって再び荷物を掴んだ。
「ライラ! さっきの彼の依頼ってもう受けられる?!」
「え、ええ」
驚くライラを急かして、私は依頼書を片手に街を駆け出した。なんてことのない依頼だ。そばかすに効く薬草という噂のレーモン草をとってきてほしい、なんて。あまりにも簡単な依頼だったし、報酬も低め、期限も余裕があるものだから誰も手を出さないまま一か月も放置される。されてしまう。
一体誰が思うだろう。たったそれだけのことが一人の男の未来を狂わせるなんて。
裏山に跳び込み、駆け上がる。『私』の中からレーモン草の群生地の記憶を、引きずり出す。【私】の中からジョン・ロックの記憶が溢れ出す。
彼はロストスの街の衛兵だ。片手剣を使った戦闘を得意としている、気さくで明るい好青年。両親を早くに亡くしてしまった分、妹であるシンシアを目に入れても痛くない程可愛がっている。この依頼も、シンシアが最近そばかすが気になっているからという理由で出されたものだ。
『百花のストリア』では依頼を受けてもらえないのに焦れた彼自身が休みをもらって自ら裏山へ向かう。そこで旅をしている主人公達と出会うのだ。
その後、彼は紆余曲折を経て主人公達『花の守護団』の一員となる。つまりここで依頼を達成してしまうと、彼は一員にはならない。
それがいい。そうでなくてはいけない。
インターネットに書かれた戦闘有用度レベルは五段階の三。もっと強い剣士は他にもいるし、実は適性のある光魔法だってわざわざ育成する程じゃあない。
百人も仲間になるゲームなのだ。人じゃなくてペンギンとか犬とか羊もいたけど。話が逸れた。とにかく、その内たった一人を、『私』がもらって何が悪い。
目の前に生えたレーモン草を捻じり、引き抜く。たったこれだけで運命は変わってしまう。
良くも悪くも。