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秘するは花  作者: 雨足怜
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第一話

普段の作風からは大きく外れて、コメディーです

 華ちゃんは胸が大きい。こう、洋服の上からでもはっきりわかるくらいに膨らんでいる。小学校五年生にもなると、個人差はあるけれどすごく成長する子とそうじゃない子の差が出てくるみたいだった。成長期が早く来た華ちゃんの胸はとっても大きくて、男子たちの視線を集めている。

 うらやましい。もいでしまいたい。私はクラスメイトの男子たちと一緒になって、華ちゃんの大きな胸に、いつだって視線が釘付けになっていた。

「ちょっと、レオちゃん。見すぎだよ」

「え?あ、ごめん」

 謝りながらも、私の視線は華ちゃんの胸元から離れてくれない。こぶしを握り、両腕でぽかぽか軽くたたかれる。そのたびに、華ちゃんの胸が小さく揺れる。時折勢い余って胸に当たった腕のせいで、華ちゃんの胸がくにゃんとへこむ。

 そのたびに、私はドキドキしっぱなしだった。

「やっぱり華ちゃんはかわいいなぁ」

「本心で言ってるのはわかるけど、胸を見ながら言われても釈然としない」

 頬を膨らませる華ちゃんもかわいい。華ちゃんはすべてがかわいい。でも、私はかわいくない。何より――

 無意識のうちに私は自分の胸に手を当てていた。そこには、固い絶壁がある。そう、絶壁だ。わずかなふくらみをこの手が感じることはない。そこは永遠の荒野。わずか起伏もない胸に手を当てて、私は絶望にうなだれた。

「私にも華ちゃんくらい、いやその半分……十分の一、ううん、百分の一だけでも胸があれば……!」

「百当分もしたらなくなってしまわないか?」

 馬鹿な会話をしていた私たちに声をかけてきたのは、クラスで最も背の高い凛ちゃん。女子バスケットボール部のエースで、同じ女の子から歓声を浴びてている。すらりと長い手足はうらやましいけれど、あいにく私の食指は進まない。胸を見ながら、私の考えは間違っていないと確信する。

 だって凛ちゃんも、私と同じで胸がないから。

「そうまじまじ見られると照れるな」

「でしょ!?凛ちゃんももっと言ってよ!わたしだってすごく恥ずかしいんだよ!?」

「む……うん、凛ちゃんよりはある……んじゃないかな」

 そう言ったら鼻で笑われた。解せない。

「そうすねるな。あたしのほうが胸はあるが、こんなもの大きくなってほしくはない。バスケがしづらいだろう?」

「……確かに、胸が大きいと運動するときに痛いっていうよね」

「そうだな。多分、歩くたびに胸が上下に跳ねるんだろうな」

 言いながら、私たちの視線は華の胸元にくぎ付けになる。

「華、跳べ!」

「え、あ、うん!」

 解せない。どうして華ちゃんは私の言うことは少しも聞いてくれないのに、凛ちゃんの言うことはきちんと聞くのか。まあ、私は華ちゃんの言葉をほとんど全部無視してるからだろう。

 うん、私が悪い。華ちゃんは悪くない。

 跳ねる華ちゃんの胸元、盛り上がった二つの丘が小さく揺れていた。

「どう?」

「跳ねている気がするな?」

 顔を見合わせて、私と凛ちゃんは検分する。確かに跳ねている、気がする。けれど痛みはわからない。

「ねぇ華ちゃん。痛かった?」

 二十回くらいその場でジャンプしていた華ちゃんは息を荒くして、膝に手を当てていた。上目遣いに心臓が跳ねる。うっすら紅がさした頬、潤んだ瞳、わずかに汗ばんだ肌、そして何より、襟から除く柔らかな……

「ば、馬鹿な……ブラジャー、だと!?」

「何!?玲央奈隊員、報告しろ!スポブラか?おしゃれ系か?」

「おしゃれ系であったと報告します、ボス!」

「ちょ、ちょっとレオちゃん凛ちゃん!やめてよ!」

 顔を真っ赤にした華ちゃんが私たちの口を封じるためにとびかかってくる。柔らかな双丘が頬に当たる。

 ああ、幸せ――


「……さすがに鼻血を出すのはどうかと思うぞ?」

「ごめん、ちょっと興奮しすぎたよ」

 鼻から血を流し、そのせいで服が汚れた私を凛ちゃんが保健室に連れてきてくれた。ちなみに、鼻血を出した私を前に、華ちゃんは真っ青になっていたので教室に置いてきた。部活動でケガをすることが多いせいか、凛ちゃんは保健室の先生がいないのに勝手に備品をあさって、慣れた様子でティッシュケースを私に押し付けてきた。

「どうする?着替えるか?」

「んー……でもせっかく華ちゃんの香りがするからなぁ」

「玲央奈……さすがのあたしもそれは引くぞ?」

 苦い顔をした凛ちゃんが、わざとではあるけれど後じさりしてしまう。うん、反省。ちょっとテンションが天元突破してた。

 心を落ち着かせて、鼻にティッシュをねじ込む。それから衣服について血を見て、改めて現実を突きつけられた思いだった。

「着替えかぁ……体操服でいいかな」

「可愛いもの好きな割に、玲央奈は自分のことになるとずさんだよな?」

「そうだね?多分私は愛でるのが好きなんだよ。可愛いものは愛おしい。だから愛でる。華ちゃんも、華ちゃんの胸も、凛も、私から見ればすごく可愛いよ」

「ありがとう。だが華の胸をそこに並べるのはやめてやれ。あまりからかうと嫌われるぞ」

 それはだめだ。華ちゃんに嫌われたら生きていける気がしない。ただでさえ奇行が目立つってほかの女の子からは遠巻きにされているのに、華ちゃんまで離れていってはどうしたらいいかわからなくなる。

 でも、華ちゃんの胸にはこう、心が激しく揺さぶられるんだよなぁ……胸、胸かあ。

 胸元に手を当てる。けれどそこには何もない。柔らかくない。

「……ない」

「もはや十八番の芸だな。どれ」

 腰をかがめた凛ちゃんが無造作に私の胸に触れてくる。ひとしきり触診を終えて、真剣な顔でうなずく。

「皆無だな」

「嘘、もう少し、せめて無、くらいにはならない?」

「一緒だろう?ほら、これがゼロに毛が生えた胸だ」

 今度は凛ちゃんは私の腕をとって、自分の胸に押し当てて見せる。固い。でも、ふくらみは……あるようなないような。

「って凛ちゃん、これって筋肉じゃない?」

「玲央奈もそう思うか?実は私も一般的に言われる胸ではない気がしていた。まあ玲央奈よりは膨らんでいるだろう?」

「……」

 く、悔しい。確かに膨らみはある。でも筋肉でがちがちというのはどうなんだろう。っていうか、凛ちゃんはこんな筋肉でガッチガチになるくらい厳しい練習をしているということだろうか。部活動ってもっとこう、楽しみましょう、みたいなイメージで肉体を苛め抜くものじゃなかった気がするけれど。

「……ふむ、あたしには食指が動かないか。まああたしは可愛いというよりは格好いい、という言葉がふさわしいからな」

「凛ちゃんは確かに恰好いいかもしれないけれど、私の中では可愛いよ?」

「……どこかが?」

「例えばそうだね。こうして可愛いっていうと、そわそわして視線をさまよわせたり髪を指でくりくりしたりするところかな。照れちゃって可愛いね?」

「な……っ!?」

 絶句する凛ちゃんの顔が真っ赤になる。ああ、やっぱり可愛い。いじりがいがある。でもこれ以上は怒りそうだからやめておこう。

 私は引き際がわかる女なのだ。

 コホン、とわざとらしく空気を換えにかかった凛ちゃんがどこか潤んだ目で私を見る。そんな目で見てもこれ以上可愛いとは言ってあげないよ?

「いつも胸が欲しいと言っている気がするが、玲央奈はたとえ自分に胸があったとしてもそれを愛でることはないんじゃないか?玲央奈はやっぱり自分のことにはかなり無頓着だろう?」

「む……確かに、私は別に自己愛モンスターってわけじゃないけど。でも有るか無いかで言ったら有るほうがいいでしょ?こう、他人の胸を愛でていざ自分の胸元を見たら絶望しない?」

「いや、しないぞ?さっきも言ったように、あたしにとっては邪魔な脂肪だからな」

「く、同意が得られない。これが世代間格差というやつか……」

「半年も年齢が違わない相手に何を言っているんだか」

「それはそうと、どうにかして胸を膨らませる方法はないかな。あ、筋トレ以外で」

 とっさに付け足せば、凛ちゃんは悲しそうな顔をして口を閉ざした。やっぱり筋トレを進められるところだった。私は筋肉がちがち女になるつもりはない。平凡な骨格の私が鍛えたところでおかしな筋肉だるまにしかならない。凛ちゃんみたいな美しく長い手足を持っていない私にとって、筋肉は無用の長物なのだ。スポーツ少女の美しさは私には得られない。

「……そう、だな。秘すれば花、という言葉を知っているか?」

「何それ?秘密を作ると華ちゃんがやってくるってこと?」

「いや、隠すことの中に感動というものはある、という意味らしい」

 隠すことの中に感動?隠すこと……

「そうだな。例えば巨乳の女性と一見胸が無いように見える隠れ巨乳の女性、どちらに惹か――」

「隠れ巨乳!いざ巨乳と知った時のインパクトと言ったらないんだよ!?これまで同士だと思っていたのに裏切られた絶望と、けれど頭の中に彼女は貧乳という価値観があってそのギャップが苦しくて、でもやっぱり大きな胸は至高で、驚きに鼓動が跳ねるんだよ!」

「あ、ああ。まあ、この言葉自体に大した意味はない」

「……どういうこと?何が言いたかったの?隠れ巨乳には価値がないってこと?」

「怖いから目のハイライトを消して詰め寄るな!」

 ちくしょう、凛ちゃんの腕の力には勝てない。押しのけられた私は仕方なく凛ちゃんの言葉の続きを待った。

「昔祖母に言われたことがあるんだ。女の子は秘密を作ることで花開くのよ、とな」

「秘密を作ることで、花開く……なんだか素敵な響きだね」

「ああ。そこであたしは祖母の言葉をかみ砕いてこう解釈した。すなわち、秘すれば花ならぬ、秘するは花であると」

「ふむ?」

「つまりだ。秘密を作ることで、胸という素敵な花が開くのではないかと!」

「おお!つまり秘密を作るほどに胸が膨らむということだね!?」

「そうだ。女の子の胸の大きさは、抱える秘密の数であるということだな。だから成長するほどに秘密が多くなって、胸も膨らむ」

「……あれ、だとすると華ちゃんはたくさんの秘密を抱えているってこと?」

「そうかもしれん。友人にだって言えないことの一つや二つくらいあるだろう?」

「え?私はないけど?」

「そうだな。自分の性癖のようなものを赤裸々に語る玲央奈には秘密のようなものはないかもしれないな。けれどあたしにも誰にも言えない秘密というものはあるぞ。あとは、この人には言えない、という秘密もあるな」

 ちょっと待って。秘密を作るほどに胸は大きくなる……だとすると、思ったことがすべて口に出てしまう私は、一生胸が大きくならないということ!?

「た、大変だよ凛ちゃん!このままだと私の胸が大きくならないよ!?」

「だが今こうして気づけただろう?だからこれから玲央奈はたくさんの秘密を作ればいい。早速明日から実践だな。胸を大きくした玲央奈をあたしに見せてみろ」

 こうしちゃいられない。早速秘密を作らないと。でも何をすればいいだろうか。秘密、秘密……とりあえず、いろんなことに挑戦すればいいかな。でも私はつい口にしちゃう。

 そうか!隠したいことをすればいいんだよね。例えばこう、言ったら怒られるようなこととか!

「それじゃあ私は早速今日家に帰ったらお母さんにいたずらするよ!台所の床下収納に隠してある高級なお菓子を食べるんだ!」

 さあ、そうと決まったらぱっぱと掃除を終わらせて帰宅だ!ってまだ朝なんだけど。

「……挑戦する前から暴露してどうする」

 背後でつぶやいた凛ちゃんの声は、あいにく私の耳には届かなかった。


「聞いて、聞いて華ちゃん!私は今日から秘密の女になるよ!」

「ええと……秘密?玲央奈ちゃんが?」

「そう。私はたくさんの秘密を詰め込んで胸を膨らませるの!」

「どういう話の経緯でそんなことになったの?」

「ああ、秘するは花というやつだ」

「え?」

 さあ、早速秘密の生産だ。まずは授業中に何かしよう。そう、ばれたら先生に怒られるような奴に挑戦だ。ただ教科書に落書きするだけじゃつまらない。

「……まっててね。必ず華ちゃんくらいたくさんの秘密を作って見せるから!」

「え、ええ?どういうこと?」

「華の胸には不思議が詰まっているという話だ」


 翌日、たくさんの秘密を作った私は重い足取りで学校に向かった。

「おはよう、凛ちゃん、華ちゃん」

「おはよう、玲央奈。今日はずいぶんと疲れているな。まだ朝だぞ?」

「おはよう。……もしかして寝過ごして走ってきたの?朝ごはんはちゃんと食べたよね?」

「朝ごはんは食べたよ。でも大きな白おにぎり一つだけどね。聞いてよ。昨日お母さん秘蔵うのお菓子を勝手に食べたらすごく怒られたんだ。そのせいで昨日の夜ごはんと今日の朝ごはんが白米だけだったんよ。信じられないよ!」

「……玲央奈、秘密はどうした?」

「え?……あ、え、えっと、そう。秘密だったよね。秘密!」

 お口にチャック!

「……ねぇ凛ちゃん。これは無理じゃない?」

「ああ、あたしもそう思う。玲央奈に秘密は無理だろ。あるいは、もっと精神的に習熟して落ち着きを手にしたら、自然と秘密も増えていくんじゃないか?」

「それまで大きな胸を我慢しろってこと!?」

「……まあ、そういうことになる……か?」

「が、頑張って!応援してるよ、レオちゃん!」

「任せて!かなず私は華ちゃんを上回る秘密をこしらえて見せるから!」

「……なんか、すごい悪女だって言われているみたいに感じるね」

「大丈夫、華は美しく、心優しき女性だよ」

「はぅあ」

 ああ、王子様モードの凛ちゃんが現れた。この凛ちゃんを前にすると華ちゃんは一撃でやられちゃうんだよね。顔を真っ赤にしてぼうっと凛ちゃんを見つめる華ちゃんもかわいいけれど、やっぱり私は、いつもの恥ずかしそうな華ちゃんのほうが可愛いと思うな。やっぱり華ちゃんは羞恥あっての華ちゃんだよ。

「ねぇ、どうすれば秘密が作れると思う?」

「「無理でしょ」」

「ひどい!」

 そんな声をそろえて言う必要もないでしょ。もう少しこう、オブラートに包んでさ。ま、まあ私だってわかってはいるんだよ。私は秘密を作れるタイプじゃないって。

 ……秘密を作るのは難しいけれど、嘘ならつけるんじゃないかな。

 例えば嘘をついて、その嘘を否定せずにいればそれは立派な秘密になるよね?

「……また玲央奈がしょうもないことを考えているな」

「黙り込んだレオちゃんの思考は空回りするからね」

 外野が何か言っている気がするけれど無視だ、無視。

 嘘。できるだけ害のない嘘がいいよね。こう、そうだったのか!みたいな気持ちで受け止めることができる嘘……

「凛ちゃん、華ちゃん、あのね、私、男の子なんだ」

 空気が凍った音が聞こえた気がした。あ、あれ。滑った?でも明らかに嘘だってわかるでしょ。わかるよね。ちょっと、どうしてそんな真剣な顔で見ているの?ねぇ、ちょっと?

 ああもう、仕方ない。少し早いけど実は嘘でしたって――

 ぽん、と凛ちゃんの掌が私の肩に置かれた。すごく真剣な目で、凛ちゃんが私の目をのぞき込む。

 あれ、どうしよう。なんだかドキドキしてきた。さっきの王子様凛ちゃんがまだ残ってるのかな。

「……勇気が必要だっただろう?苦しかっただろう?よく話してくれたね。それほどあたしを信用してくれているということだろう?玲央奈の思いは確かに受け取ったよ」

「レ、レオちゃん!ううん、レオ!わたしもちゃんと受け取ったからね!大丈夫だよ。レオちゃ、レオはレオだから!」

 え、ええと、華ちゃんまでどうしたの?ちょっとこう、距離が近いなって。あ、別にうれしくないわけじゃないんだよ。ちょっと腕に胸が当たっているし……

 ハッと目を見開いた華ちゃんが、恥ずかしそうに腕を組んでもじもじしながら遠ざかってしまった。あ、ひょっとして見すぎちゃった。目力が強すぎたのかな。

「ああ、あたしはなんて罪深いことを言ってしまったのだろうな。秘密を抱えていると胸が大きくなってしまうなんて、そんな残酷なこと……ッ」

「凛ちゃんは悪くないよ。むしろわたしのほうが残酷だった。平然とスキンシップをしてたけど、きっとすごくつらかったんだよね。でも言い出せなかったんだよ。わたしが、わたしがレオを苦しめていたんだよッ」

「あ、あの……二人とも?」

「大丈夫だ、あたしに任せておけ!」

「そうだよレオ!わたしたちがついているから!あ、でも男の子も一緒にいたほうがいいのかな?でもいきなりだと戸惑うよね。それにひょっとして恋に発展しちゃったら、どっちも苦しいよね……」

「今はまだあたしたちだけでもいいだろう。いずれ玲央奈自身が新たな協力者を見つけるかもしれない」

「そうだよね。今は少しずつでいいよね……!」

 何やら凛ちゃんと華ちゃんが覚悟を決めている。少しずつ……いい響きだ。それに私には協力者が必要な気がする。つまり、アドバイザーだ。私に秘密を与えてくれる存在が必要だということだな、さすがは私の親友、わかってる!


「――というわけで来たよ!」

「……何が、『というわけ』なの?」

 冷たい声で迎えられた。同じお父さんとお母さんから生まれたのに、こうも違うのがすっごく不思議だ。

 二歳年下の勇人のクラスに足を運んだ。みんな小っちゃくてすごく可愛い。小さいけど、一人前の女性みたいに身だしなみに気を遣う女の子ってすごく可愛いよね。まあ私も小さいんだけど……どことは言わないよ。ただ背が低いってだけで!

「無言で百面相するくらいなら帰ってくれない?読書の邪魔だよ」

「少しはお姉ちゃんの話を聞いてくれてもいいでしょ。そんな風にいつもツンツンしてると友達ができないよ?」

「余計なお世話だよ。姉さんだってあんまり友達いないくせに」

「な……勇人だっていないでしょ!?」

「いるよ。ほら」

 立ち上がった勇人が、そばを通りがかったクラスメイトの女の子の肩を抱いて言う。え、異性の友人?ま、まあわからなくはないけどね。だって勇人って姉としてのバイアスを抜きにしても格好いいからね。知的で、なのに運動神経もよくて、運動会でリレーのアンカーをしちゃうような子だもんね。私は万年びりっけつだよ。わかる?体力テストの50メートル走のタイム順に並んだ際に最下位あたりをさまよって、気を使われて運動会ではちょうどど真ん中あたりくらいで走らされる運動音痴の苦しみが……!

 っていうかねぇ、その子顔真っ赤だね。目が潤んでいるし、病気……はっ、これはあれだ。女の顔だ。ひょっとして君は私の弟が好きなのかな。

「見る目があるね!」

「よくわからない評価をするのはやめてくれるかな。……あ、もういいよ。ありがとう。迷惑かけたね」

「う、ううん。ぜんぜん大丈夫だから!」

 ああ、行っちゃった。未来の弟のお嫁さん候補……!

「……どうでもいいけれど、ぜんぜん大丈夫ってすごくおかしい言葉だよね?」

「え?何が?私もよく使うよ?全然大丈夫だよ!って」

「全然、っていうのは全然~ない、って形で否定を後に持ってくるのが正しい使い方なんだよ。姉さんには全然友達がいない、みたいにね」

 な、語句の使い方ついでにさらっと罵倒された。さてはコイツ、できる!まあ私の弟だからこれくらい当然だよね。

「あ、そうだ。聞いてよ、勇人。私ね、秘密を作ることにしたの」

「ふーん、頑張ってね。まあ姉さんには無理だと思うけど」

「そうだよ。私には無理だと思ったんだ。凛ちゃんも華ちゃんも無理だって言うし……だから、二人にアドバイスをもらったの」

「え?なんていわれたの?」

 およ?なんかずいぶん食いつきがいいね。ひょっとして、秘密多きお姉ちゃんが気になって仕方がないと?だよねー。私も秘密を抱えた私って全然想像つかいもん。あ、「全然」ってこういう使い方をすべきってことだね。

「ズバリ、協力者を作ってちょっとずつ秘密を作っていくべし、だよ!」

「あ、そう。……ちょっと待って、それでここに来たってことは」

「うん。よろしく、私のアドバイザー!」

 勇人が天を仰いだ。ちょっと、そこまでひどくないよね、ねぇ!?

「はぁ。ちなみに、協力者うんぬんって華さんが言ってた?」

「え?凛ちゃんだよ!さすが私の親友!私のことをよくわかってるよね」

「……そう。まあいいや。で、アドバイザーだっけ?」

 本を閉じた勇人が眼鏡をくいと上げて私をにらむ。足を組み、膝に手をおいて不遜に笑って告げる。

「黙れ」

「え、どうして?せっかく勇人と学校で話せる貴重な機会なんだよ?アドバイザーならちゃんと私の相談に乗ってよ」

「だから、アドバイスをしてるんだよ。黙れ。そして何も言うな。そうすれば必然的に秘密になるだろ」

 頭に電撃が走った気がした。確かにその通りだ。話をしなければどんどん秘密が増えていく。つまり奥地にチャックってことだよね!

「ねぇさん、顔がうるさい。あと動きもうるさい」

「顔も動きも!?」

「うるさい」

 え、ちょっとひどくない?さすがに言い過ぎだと思うんだよね。なんだか、ここぞとばかりにストレス発散しているみたいな……気のせいだよね?だって勇人はそんな子じゃないもんね。

「大丈夫。お姉ちゃんはわかってるよ。勇人は私のことが大好きだって」

「……ミステリアスな女性になれば必然的に秘密は増えるよ。どうして秘密を作ろうとしているのかは知らないけどさ」

「ミステリアスといえば、昔、読めもしないのに本格ミステリーの本を図書館で借りてきて、ミステリーを読む小学一年生の僕恰好いいって――」

「ちょ、ちょっと、シャラップ!口を閉じて、表情を固めて!そう、そのまま何もしゃべらず、余計な動きもせずに方向転換!ミステリアスな女性を目指すんだよ!」

 怒涛の命令に、なぜだか思わず体が動いてしまった。勇人の声に鬼気迫るものがあったからだろうか。

 教室を出て、一度口に合ってチャックを開く。

「よし、私は今日からミステリアスな女性になる!」

 もう一度奥地にチャック!これでいい。これで今日から私はミステリアスな女性。そうして秘密をたくさん作って、胸を大きくするんだ!

 ……何か忘れている気もするけれど、気のせいだよね!


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