勉強と少年
昨日、俺はグレイから現地徴収を頼まれた。ついにホコリっぽいこんな場所とお別れだ!!
俺の事をよく分かってるグレンは良い奴だな!
俺は初めて魔法を使えた時と同じようにウキウキした気持ちだった。そう、ウキウキした気持ちだった。
「は?まだ行かせるわけねぇだろ」
グレイがこう言うまでは。
前言撤回、やっぱこのおっさんは良い奴なんかじゃない。
「早く出せよ、クソジジイ…」
そんな事を言った俺の頭にはいつもの拳が振りかざされたのは言うまでもない。
「リン、よく聞け。お前はまだ正式な宮廷徴税官じゃない」
「俺、徴税官じゃねぇーの!?」
部署に入ればなれるんじゃないのかよ!
いや待て…、確かに魔法士になる時も入団テストがあった。その前には魔法士試験をやった。
じゃあ、まさか今から…
「宮廷税専門官採用試験を受けてもらう!!」
いかにも興味の引かない試験名と俺の嫌いな座学の勉強の予感がする。
「安心しろ、1ヶ月後には念願の外の世界だ」
「1ヶ月も勉強すんのかよ!?」
「1ヶ月しかだろ。まぁフィルにみっちり勉強教えて貰え〜」
グレイが教えるんじゃないのかよ。気が付けばそんな言葉が口から出ていて、『俺?やだよ、勉強教えんの面倒だし』
相変わらず無責任すぎる言葉が返ってくる。
それにしてもフィルが教えてくれるってのは安心だけど、めちゃくちゃハードな気しかしない。
「分かったよ、グレイ。じゃあ1ヶ月よろしくね」
「よ、よろしく」
ニコリと笑うフィルが鬼教師と化すぞと本能が警鐘を鳴らしている。
「じゃあ、隣の部屋に移動しようか」
俺はフィルの後をただ着いていくことしか出来なかった。
「…こんな部屋があるのか」
隣の部屋って入ってるヤツが誰もいなかったから物置きだと思ってた。
「まぁね、会議するときに使ったりするくらいだからリンは初めてだね」
入れば部屋の中央に大きな机が1つあり、椅子は複数備え付けられていた。
そして部屋の一面には黒板。
魔法士養成学校で見た事あるやつだ。
「結構散らかってんだな」
結構というか、大分汚い。資料が山積みになってる。消えかかっているが黒板にも何やら書いてあった。
「リンが来る前は少し取り込んでてね、そのまま放置されて今に至っているんだ」
片付けなきゃなぁ、と少し呟くフィル。
「それじゃあ、始めようか。リンには時間がないから1秒も無駄に出来ないよ」
ニッコリとした笑顔には圧が感じられた。
俺は1ヶ月後、生きているのか…?
「…そう、だよな」
俺は肯定するしか出来なかった。
「リン、テキスト6ページを開いて」
「お、おう…」
それからというもの……
「リン、そこ間違ってるよ」
「リン、少し遅れてるからペースを上げようか」
「リン、今勉強から意識が逸れたね?」
いや…し、死ぬってッ!!!
ふざけてんのか!?鬼なんてもんじゃねぇーぞ…
「リン?まだまだ学ぶことはたくさんみたいだね…。言ったよね、1秒も無駄に出来ないって」
今まで戦ってきたどんな魔獣や魔法士よりも怖ぇ!!戦場よりも命の危機を感じるのは気のせいじゃない。
「返事は?」
「は、はいぃぃぃ!!!」
そうして俺の怒涛の勉強生活1日目が終わった。
「今日はここまで、今日の復習をしておくように。明日小テストをするからくれぐれも赤点を取らないようにね」
「お、終わった…のか…」
もう何も考えたくない…、頭をとにかく使いたくない。そう思いながら机に項垂れていると部屋のドアが開いて呑気な声が聞こえてきた。
「リン〜、ちゃんと勉強してるかぁ〜?…って死んでるな」
まだ一日目なのに大丈夫かぁ?と冷やかすデレカシーの欠けらも無い上司。
「…うるせぇよ、俺は勉強が嫌いなんだよ」
俺は目だけグレイを捉えじとりと睨んだ。
「グレイ、リンは頑張っているんだからあんまり冷やかさないであげてね」
「はいはーい」
今日は珍しくグレイはフィルに言われて諦めたようだ。
「リン、もう遅いから部屋に戻った方がいいよ」
「…あぁ、そのつもりだ…」
俺はやっとの思いで部屋を後にした。
「…で、リンはやれるのか?」
リンが居なくなった部屋に2人で話し始めた。
「まだ1日目だからなんとも言えないよ。でもリンは勉強嫌いだけど理解度は高いから、きっと勉強する機会がなかっただけなんだと思うよ。」
「戦の神童様は勉強でも神童か」
「それ、リンの前で言うのだけはダメですからね」
冗談じゃねぇか、とグレイは口を尖らせる。
「分かっていますよ、貴方がその呼び方をされているリンに慈悲をかけていることを僕は知っている」
優しい柔らかな笑顔を向けながらそう言う。
「……そういうのやめろよな、調子狂う」
あぁ、全くこの人はいつもふざけているのに誰よりも自分を犠牲にして他者を助けるどうしようもない善人だ。
呆れるほどの仲間思いで絶対見捨てたりはしない。
「いいじゃないですか、この大量の資料は秘匿死刑になった戦の神童、いや1人の可哀想な少年の未来を守るために貴方が慈悲をかけた何よりの証拠だ」
全く…、人の言うことを聞かない奴だな、と僕に言えば彼は口を開いた。
「…アイツ(リン)は戦場が世界のすべてだ。自分の存在価値も存在理由も戦場でしか見い出せないクソガキだ。
それでいてまだ戦えるだのほざいて戦場に出ようとする」
普段より少し低くなった声でいつも通りの口調で話すグレイ。
「そうだね。リンはリン・フランマとしてじゃなくて戦の神童として生きようとしている」
「戦場はいつか無くなる。その時にアイツにはに何が残る?地位か?名声か?」
"クソくだらねぇモンばっか残るだけだ"
そう彼は最後にポツリと言ったのだった。
俺はフィルとグレイに別れた後自室に向かった。俺たちは普段からこの地下室で生活してる。
部屋に向かっている時テキストを会議室に忘れてきてしまったことに気が付いて引き返した。俺は聞いてしまった。
──俺が秘匿死刑になってたことを。
お、お前らなんでこんな所で国家機密情報喋ってんだよ!!!バッカじゃねーの!?いくらここが地下室だとしてもこうやって聞かれてんぞ!?聞いちまった俺はどうすればいいんだよ!!
というか、別に関係ないだろ!お前たちと、俺は!なんでそんな事してんだよ!
…まぁ、けど助けてくれた、んだよな?貸しが出来たわけか?
……ぶっちゃけだ、ぶっちゃけの話し、別に死ぬ覚悟は出来てるし助けられる必要はなかったんだけどなぁ…。こいつら大人なのに戦場に出て死ぬ覚悟がないって思ってるのか?頭大丈夫なのか?
俺は貸し借りがあんまり好きじゃねぇから、取り敢えず今度の宮廷税専門官採用試験を受かって貸しは返すか。
…テキストはシャワー浴びてから取りに行くか…。
この後俺はシャワー入って無事就寝し、次の日の復習テストの結果でフィルを激怒させた。