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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

呪われたラジオ


うちには壊れたラジオがある。

随分と古いラジオで、祖父の代からある物だ。

昔はよくそれで深夜ラジオを聞いていた。その当時から調子は悪かったけれど、振ったり叩いたりすれば直っていた。


けれど僕が大学生になる頃には、とうとううんともすんとも言わなくなってしまった。でも捨てる気にはなれなかった。


何年も使っていたから愛着があったのだ。それに亡くなった祖父の形見のようなものでもある。だから電池は抜いて、飾り代わりにキッチンの棚の上に置くことにした。

古ぼけた見た目が、なかなか味があって良いのだ。


何か聞きたいならスマホがある。役に立たなくても構わない。ただの思い出の品なのだから。

そう思っていた。



けれどある日、そのラジオが鳴った。



最初は空耳かと思った。

観測史上最高だとかいう、うだるような暑さと、喧しい蝉の鳴き声の所為で耳がおかしくなったのかと。


しかし聞こえてきたのはラジオ特有の「ピー」という音とノイズだった。

うちには、ラジオはそれ一台しか無いのに。

一瞬


直ったのか!


と喜びかけて、すぐにそんな筈がないと気がついた。

鳴る訳が無いのだ。もう何年も前に、電池を抜いたきりなのだから。


気の所為だと思おうとした。

けれど蝉の声に混じって、ピー、キュイーンという音が確かにする。耳を澄ませば、人の話し声のようなものさえ。


慌ててキッチンから飛び出した。手に取って確認する勇気などなかった。

心臓がバクバクと鳴る。僕は本当に、こういうオカルトとかはダメなのだ。

そのまま家の外に出ようとしたけれど、足がもつれて廊下にへたり込んだ。


あのラジオが鳴る訳がない。

いや、鳴ったのなら電池が入っていたのだ。

うちに来た誰かが、不意にラジオが聴きたくなって、僕に言わずに電池を入れて試したのだ。それでその時はダメだったけど、この異常な暑さで逆に直ったのだ。きっとそうに決まっている。

自分にそう必死に言い聞かせる。


どうにか理由がついた事で、パニックから抜け出すことができた。

未だにドクドクと鳴る心臓を押さえて、キッチンの方を振り返る。この距離だと音は聞こえない。


……どうする?


自問した。

もう一度キッチンに行って確認する?

そんなの無理だ。僕は極度の怖がりなのだ。

かと言って、このままという訳にもいかない。キッチンを使わないでは生活できない。この気温では、水も氷もアイスも必須だ。


……友人を呼ぼう。


悩んだ末、近所に住んでいる友人にメッセージを送った。彼は暇だったのか、すぐに来てくれる事になった。



冷や汗とも暑さの所為とも分からぬ汗をかきながらケータイを握りしめて固まっていると、表で友人が僕を呼ぶ声がした。

どうにか身体を動かして玄関を開ける。


「来てくれて助かった」


本気でそう言うと笑われた。


「大袈裟だな」


その笑顔を見て肩から力が抜けた。

こいつは大兄弟の長男だからか、頼り甲斐があるのだ。

そして何の因果かホラー好き。

頭おかしい。


「で、その呪われたラジオって、どこにあるんだ?」


ウキウキと尋ねられた。

呪われたとか言うな。

とは思ったけど、文句を言う余裕は無い。


「キッチン」


未だ震える指で差すと


「ちょっと見てくる」


と軽快な足取りで向かってしまった。


……こんなに怖がる僕がおかしいのか?


そうは思うものの、怖いものは怖い。

トントンと太郎の足音が、キッチンに消えていく。

そして何も聞こえなくなった。


五分くらい経った。

太郎はまだ戻ってこない。

そんなに広いキッチンではないのに。


おかしい。

ラジオが見つからないのか?


いや、そんな筈はない。

だが確認しに行くのは怖い。


「……おーい、どうだったー?」


迷ってから、躊躇いがちに声をかけた。

けれど返事はない。


「おい、太郎ー?」


もう一度、さっきより大きな声で呼びかけた。

やはり返事はない。

蝉の声が、五月蝿いほどに聞こえるだけだ。


「太郎ー!どうだったー?」


怒鳴るように呼んでみたけれど、それでも返事はない。


何で返事しないんだ?


嫌な予感が膨らんでいく。

ダラダラと汗が流れ落ちる。

だけど、お化けなんて現実にいる訳が無いと思い直した。


何だ?揶揄っているのか?


あいつはたまに、そういう事をする。怖がる僕を面白がって。根はいい奴なのだけれど。

そこまで考えて、それよりずっと有りそうな可能性に気づいた。


熱中症か!?


うちにクーラーなんてものは無い。暑くても耐えるだけだ。

僕は慣れてるけど、普通の家にはクーラーがある。太郎の家にも、確かあった筈だ。


「おい、大丈夫か!?」


慌ててキッチンに駆け込んだ。

けれど太郎は、倒れてはいなかった。

いや、そこにいなかった。

いつも通りの雑然としたキッチン。

床の上にはラジオ。

太郎の姿は無い。

他の誰の姿も。


うちのキッチンに裏口は無い。大の男が抜け出せるような大きさの窓も。

キッチンに繋がるのは、僕がずっと見ていた廊下だけ。

隠れられるような場所も無い。


なのに太郎は消えた。


ヒュッと喉の奥で悲鳴が鳴った。

視線が床に落ちたままのラジオに向く。

なんて事の無い、ただの古いラジオだ。その筈なのに、何故かとても禍々しく見えた。


一歩後ずさる。

蝉の声が五月蝿い。


もう一歩下がる。

汗で貼り付くシャツが気持ち悪い。


そしてもう一歩。

出口に向かって。


その時、またジジっとラジオが鳴った。

怖いのに、意識が向いてしまう。

何年も壊れていた筈のラジオ。

電池など、入っていない筈なのに。


そこから大きな音がした。

雑音混じりで聞き取りにくいけれど、誰かの絶叫や何かを噛み砕くような音。

聞きたくないのに、恐怖で動けず耳を塞ぐ事すらできない。


悲鳴は太郎の声に似ている気がする。

でもそんな筈はない。

太郎はここにいたのだから。

でも今はいない。

じゃあ、何処にいる?

太郎は今、何処にーー


唐突に音が止んだ。

最後に一際、大きな絶叫を残して。

不意に訪れた静けさに緊張が高まる。

汗が床にポタポタと落ちる。


また、ジジっと音がした。

全神経がラジオに向かう。

誰かの呻き声が聞こえた気がした。


太郎だ。


何故かそう思って、震える声で呼びかけた。


「…太郎?大丈夫か?」


けれど返事はない。


「…なあ…太郎…返事しろよ…無事なんだよな?」


突然消えた友人が、ラジオの向こうにいる訳がない。

頭ではそう思う。


けれど居ないのだ。

確かにキッチンに入った筈の太郎の姿が、何処にもないのだ。

唯一、心当たりと言えるのは、今日、何年以上振りかに鳴った、電池が入っていない筈のラジオだけ。


「おい…変な冗談やめろよ…なあ…」


頭がおかしくなりそうだった。

鳴らない筈のラジオが鳴って、友人の姿が忽然と消えた。

黒い大きなボタンの古いラジオに何度も呼びかける。


「なあ…おい、太郎……」


返事はない。

そしてラジオは完全に沈黙した。







あれから何年も経った。

太郎はあの後から、行方知れずのようだ。僕の家を訪ねたきり。

うちにも二人組みの警察が聞き込みに来たので、ありのままを話したら、若い方は途中でメモを取るのをやめて見下すような視線を寄越した。


「あー、あの日は暑かったからねえ」


年輩の方は、呆れたような顔でフォローともつかない相槌をうった。

その後、太郎の行方は手がかりも無く、衝動的な家出として片づけられたようだった。






そして今年も、暑い夏が来た。

今日、明日あたりには、また例年通りに過去最高気温を更新するんじゃないかと言われている。


あの日以来、夏の暑い日になるとあのラジオが鳴る。電池の有無は、結局確認していないけれど。……でも音がするのだから入っているのだろう…。


そしてラジオが鳴った日には、身の回りで誰かが消える。そのことにも慣れてきた。

一昨年は、配管修理に来ていた修理工。

去年は宅配便の人。


………きっと、暑さの所為で何もかもが嫌になって、出て行ってしまったのだろう。仕事を途中で放り出して。

うちには相変わらず、クーラーなど無いから。



…多分きっと、その筈だ………







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― 新着の感想 ―
[良い点] ラジオからの異音の話は飽きたなあ、と思っていたら、こんなにホラーを感じさせる作品が出るから、鉄板ネタってのは侮れませんね。 音が出る度に人が消えるってだけでも異常なのに、その異常に慣れてし…
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