第79話
地に足がつかずって感じで、とりあえず練習に没頭している傍ら、体育館の重い鉄製のドアが開く音が聞こえた。
——ガチャンッ
「おっす!ちゃんとやってるかぁ、後輩」
…ん?
勢いのある冗談混じりの声で練習に割って入り、剣道部員を鼓舞する人間が1人、裏口から颯爽と現れた。
…おいおい、マジか。
現れたのはすでに防具に着替え終えたやる気満々の少年。
見覚えのある、『兵庫 木崎』と書かれた腰下の垂れネーム。
「…あいつ、何しに来たんや」
その登場にすぐに気づいたのは私だが、アキラと綺音は気付かなかった。
“そいつ”は面を被ってるから、こっちを見てるのか見てないのか確認できない。
昨日の今日でちょっと気まずいし、挨拶しようか迷った。
別に喧嘩したわけじゃないし、気まずくなる理由も無い。
ただ、話が途中で終わってしまって、失礼な態度も取ってしまっていたから、申し訳ないという気持ちが先行してた。
謝ることでも無いと思うけど、キーちゃんの話のこともあったし、これからどうしようか悩んでる渦中でもあり、朝もメールしようかどうか迷ってた。
っていうか、…本当に久しぶりに見た。
剣道着を着た、亮平の姿を。
颯爽と現れるなり、何やら竹刀を持って、正座している。
精神統一でもしてるんだろうか?
っていうかあんたは引退したんだから、来る必要ないだろ。
何してんだマジで…と練習の横目にチラチラ見ていると、しまいに集中力が途切れてしまって、メンバーからもらったボールを弾いてエンドライン外に出してしまった。
「おいコラ楓!何やってる」
…すいませぇぇん。
松つんに叱られるのも久しぶりだな。
それにしてもバスケをやるのも久しぶりだから、足腰がうまく動かん。
フットワーク自体は、高校でも運動部に所属してるから問題ないが、バスケにはバスケの動き方ってもんがあるからな。
長期間のブランクのせいで、うまく頭と体の動きがマッチしない。
「楓ぇ、息があがっとるが?」
いや綺音、お前の動きには全盛期の私でも歯が立たないよ?
ドリブルしながら綺音のガードを潜り抜けようと模索するが、私のステップよりも早く綺音の足が動いている。
…なんて圧力だ、コイツ…
心の中は高1だと言うのに、フィールド内の綺音はそこら辺の女子中高生とは比較にならない程のプレッシャーを感じる。
こんなプレッシャーは、高校受験でも味わえなかったぞ…
もたもたしてる間にアキラに背後を取られてボールをカットされた。
パスを出そうにも私がチンタラしてるせいで仲間をうまく誘導できない。
「あぁ、クソッ」
「はいザンネーン」
コイツら…、息が合いすぎだろ。
そりゃ全国行くわ、この2人がいれば…
体育館の天井を仰いで呼吸が乱れる肺を押さえ、息を整える。
はぁ疲れる。
キュッキュッキュッ、という床の上のバッシュの音。
それからリズム。
卒業以来この体育館に来ることはなかったが、こうして練習に没頭してると、時間が経つのを忘れてしまう。
「今」が「いつ」か、そんなことを考える暇もなく、ドリブルしたり、シュートを試みたり。
右手を目の上に被せて深呼吸をする。
額から流れる汗を拭って、綺音たちにリベンジを申し込んだ。
そうそう。
私は、これが言いたかったんだよ亮平。
例えばバスケなら、試合の結果がどうなるかが「問題」じゃなくて、今、どういう風に動いて、ゴールまで進めるか。
人類が勝つとか負けるとか、そんなんじゃないじゃない。
それよりも早い時間に動いて、勝負を申し込むことができるってこと。
次の一瞬の世界にダイブするために、私たちは足を動かせる。
あんたがやろうとしてることは、自分の試合を放棄して「勝ち負け」を検証してるようなもんだ。
世界の嘘を正す前に、あんた自身に嘘をついてどうする。
悶々と考えてる傍らで、華麗にリベンジが失敗に終わった後亮平を見たが、相変わらず正座を続けているようだった。
用がないなら帰れ!
そう言いたい気もした。




