第72話
だけど、キーちゃんがその研究の第一人者だって?
そもそも未来のことなんて想像もできない。
けど、まず第一に、亮平が過去に来たことも、今の話も全部含めて、キーちゃんがその“中心”にいるっていうことが、考えられない。
いや、別にキーちゃんのことをバカにしてるわけじゃない。
きっとキーちゃんなら、私の想像もできないことをやってのける。
そんな天才少女、スーパーヒーロー、私の稚拙なボキャブラじゃあ形容できないほどの才能の持ち主、それが「キーちゃん」。
だけど、いつもそばにいた彼女が、私の知らないところにいて、知らないことをしていて、あまつさえ「クロノプロジェクト」とかなんとか言うイベントの主催をしているだなんて、情報量が多すぎる。
「イベントやなくて、“科学”や」
なんでもいいよ、そんなものは。
人類が月に行こうが、新しい技術が発見されようが、ただの日常を過ごしてる私にとってはどうでもいいことだ。
女子高生には女子高生の日常がある。
いや、…今は過去に戻ったせいで中3だが、なんにしても私には私の日常がある。
あぁ、あの頃が懐かしい。
夜遅くにキーちゃんの家に行き、電気を消した部屋で2人毛布に包まりながら、湿ったポップコーンを食べる。
同じ目線の先で一台の液晶テレビ。
SF好きなキーちゃんがよく見てた、「バック トゥーザ・フューチャー」。
古くさい1980年代のアメリカの街並みに、街中を歩くフレッピースタイルの若者。
DVDの画質の悪い映像の前で、くだらない話ばかりしてた。
将来楓はなにがしたいの、とか、聞かれたっけ?
その度に私はこう答えた。
キーちゃんの隣にいれたらいいよ、って。
キーちゃんは笑ってた。
私はあんたのお母さんじゃないって。
そりゃそうだ。
でも、私はいつまでも同じ日が続けばいいと思ってた。
なんの理由もなく笑える時間があって、好きな時に会える。
それが「当たり前」だと思えることが、難しいことだとは思えなかった。
キーちゃんは私にとって、非日常的な天才少女でもあったけど、私の真隣にいる「日常」でもあった。
そんなキーちゃんが、「未来」で「なに」をしてるって?
「俺だけやったら、きっと信じてくれんやろ?お前と一緒やったら、説得できる気がする」
待て待て、勝手に話を進めるな。
なにを説得するんだ。
「千冬に、今回のことを伝えるんや」
伝えてどうする。
研究を中止するとか?
「いや、研究自体を中止することはできんやろう。仮に千冬に説得して、クロノクロスの研究をやめてもらっても、その「技術」自体は、世界に存在することが証明されてる。いつか誰かが、同じ「科学技術」を開発するはずや」
じゃあ、私に協力できることなんてないじゃないか。
結局、そのクロノなんとかは発明されるんでしょ?
だったら私たちにできることなんてない。
「“だからこそ“や。千冬に開発してもらって、研究そのものを管理してもらいたい。過去に”情報を送信する”という技術を発見しても、それを実践的に使用しないという形を取れば、“世界は修正されずに済む”」
その話に、どうも合点は行かない。
私の中で解釈していたのは、亮平が“事故に遭わなかった”という新しい結果での世界は、真実を隠して偽の内容を後から提出することのように、“ウソをついている“状態になっている。
そのことを正すために、協力してほしいと言ってきた。
だけどさっき言ったじゃないか。
元の世界に”完全な状態で戻る”ことは、不可能だって。
「方法なら、ある。ひとつだけ」
「はあ?」
「この頭ん中にある2つの世界のデータを解析して、“初期化”するんや。スマートフォンの出荷状態前に戻すようにな」
いやいやいや、ご丁寧に数学や物理やらの話を踏まえて、「元には戻れない原理」を説明してくれたじゃないか?
コーヒーがひとりでに熱くならないことと、過去に戻れないと言うことは「同じ原理」だって。
「そうなんやけど、2つの世界のデータを持っとる今の俺にならできる。厳密には、過去に「戻る」んやなくて、“データを削除”するんや。過去に戻るって言うのは、正確にはエントロピーの減少を可能にすることや。しかし、データを削除するって言うのは、厳密には、増えた容量を削除して、その区間のエントロピーの増大率そのものを切り取って削除する。それによって、今の俺も、楓も、全部なかったことになる。元に戻るということの「時間の可逆性」の話とは、また別や」
可逆だがなんだかは知らん。
でも“削除”って。
要するには元の世界に戻るってことでしょ?
っていうことは結局、あんたが事故に遭うってことじゃないか。
「ええか、楓。そういう問題ちゃうねん」
「どういう問題や」




