第71話
「あいつが今どこにおるか、知っとるか?」
「どこにおる…って、今日一緒に花火を見に行くって…」
「それは、楓がおった世界で、やろ?」
…あ、あぁ、そうか。
頭がこんがらがる。
今は2013年だから…、えっと…
「仮に今が2013年だとしたら、アメリカにまだおると思うけど…」
キーちゃんは小学校を卒業して、アメリカに引っ越した。
この時期はまだアメリカのアカデミーにいるはずだ。
アカデミーというのは、サンフランシスコにある科学アカデミーのことだ。
キーちゃんの父親は、岡山大学自然科学研究所の准教授だったこともあり、アメリカにいる知人と研究していた「ヒトゲノム解析」のために一時的に渡米していた。
しばらくサンフランシスコに滞在することになったため、その間キーちゃんは街のゴールデンパーク内にある世界最大の自然史博物館、<カルフォルニア科学アカデミー>に身を置くことになった。
施設内には引退した元大学教授がいて、その人の元で独自に勉強しているらしかった。
将来は、自然科学について本格的な勉強がしたいと言っていた。
キーちゃんの学んでいる自然科学というのは、物理学や数学ではなく、生物学のことだ。
いつかダーウィンのように自分たちの歴史の起源に迫る発見をしたいと意気込んでた。
私たちは国際電話でよくそのことについてを話してたけど、ヒトゲノムとかミトコンドリアとか、よくわからない単語ばかりがスピーカー越しに届いた。
私は生物学になんて興味はない。
だけど、キーちゃんのことは好きだった。
自分の夢を持って、私にはできないことを簡単にやってのける。
同い年とは思えないほどたくさんのことを知っているその瞳の奥で、いつも、遠い空を見てるその姿に憧れていた。
「でも、知ってどうすんの…?」
ただでさえ複雑な話に気が滅入りそうなのに、ここにきてさらに衝撃的な発言をする。
頭の整理が全く追いつかない。
キーちゃんがなにを開発し、なにを研究していたか。
その一字一句を目で追おうにも、思考が停止しそうになる。
「…とにかく、一旦あいつに会わないと」
会うって、キーちゃんに?
「待って待って!キーちゃんが開発者って、そもそもなに??」
「せやから、あいつが開発したんや」
「なにを?」
「過去に情報を送信することができる、技術」
『クロノ・クロス』という用語を聞き慣れていない私にとって、それがなにかを把握するには時間がかかる。
だから亮平は、私にもわかりやすいように気を遣った。
キーちゃんがなにを開発したか、なにを研究していたか、そのことを1から私に教えようとした。
「クロノプロジェクトについてはさっき話した通りや。未来で始まった研究。人類の夢」
「そりゃ、まあ、わかるけど…」
「そのプロジェクトには多くの研究者や人間が携わった。予算も、時間も、たっぷりかけてな。2027年から研究が始まって、それから約10年かけて、「クロノ・クロス」の母体となるメインコンピュータが、完成するに至った」
「あんたがいたっていう研究所で?」
「そうや。俺もそのプロジェクトには関わってる。もちろん、数学も物理もサッパリな俺やから、研究そのものの中心には携われてない。しかし、一度被験者になった経験とデータを使って、あらゆる検証に参加したんも、また事実や」
「…想像はできないけど、なんとなくはわかるよ。未来で研究が行われて、新しい技術が発見されたっていう意味では」




