第673話
地面に転がったヘルメット。
バイクと同様、あちこちにこびりついた擦り傷が眩い日差しに照らされて、くっきり見える。
襟の部分を手で掴んでバイクのハンドルにもう一度かけようとしたら、あることに気がついた。
ヘルメットの内側に、何かが挟まっていた。
それを強引に取り出そうとしたら、地面に落ちた。
×××年×月×日有効期限
そう書かれた、電車の片道切符だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「亮平!あんたいつまで泣いてんの」
「泣いとらん」
「わがままばっかり言うんだったら、このまま置いて帰るからね」
「勝手にせぇや」
「よーしじゃあ、いつまでもそうしてな。母さん先に行っちゃうから」
いつの日かはわからない。
小学生の頃の姿をした亮平が、駅のホームの上で駄々を捏ねてた。
目には涙が浮かんでいて、これから来る1番線の電車に乗りたいと訴えかけていた。
電車の行き先はわからなかった。
だけど、ここに来るまで、とにかく走った。
先生に内緒で、午後の学校をこっそり抜け出して。
お金を持っていなかった亮平が、電車に乗れないことは明白で、どうしようもなくジリジリ駅の中にとどまっていると、駅員さんが家に連絡して、迎えにきてくれないかと電話していた。
時刻は、もう夜を迎えていた。
亮ママが迎えに来た後、2人は言い合いになって、駅を出た街の公園の隅で、近所迷惑なほどに喚き散らした。
お母さんを助けたい。
子供心に感じていたこと。
彼の思いは1つだった。
あの電車に乗りたい。
あの線路の向こうにきっと続いている、新しい明日に向かっていきたい。
そうすれば、きっと…
だけど、わがままを貫く彼に見かねてそっぽを向いた亮ママが、彼を置いてどこかへ消えた。
ずっとそうしてな!って言いながら、亮平の傍を離れていった。
亮平はその場にしゃがみこんで、わああっと泣いた。
「おかんなんて大嫌い!この場所もみんな大嫌い!こんなところにおりたくない…」
暗い夜の中で、うずくまる。
どうしようもなく深い暗闇の疎遠さから、抜け出したくて、必死に泣き叫んで訴えていた。
今すぐにでも、ここから離れたい。
この場所じゃない、光の差す場所に行きたい。




