第671話
それから、どれだけ時間が経ったのかはわからない。
窓の外からは街の喧騒が届いて、病室の外からは、患者さんや先生の声が聞こえた。
その間私たちは喋らなかった。
喋る言葉もなかった。
病室の窓からは海が見えた。
いつもとは違う海だ。
この3人で見た丘の上からの景色を、フッと思い出した。
潮の匂いと、波風の涼しさが通り過ぎていく日々を。
亮平がここに来れなかった理由を、少しだけわかる気がしていた。
手を握ったままそばに居続ける彼の目は、まっすぐだった。
ずっと、亮ママを見ていた。
時間が続く限りに。
亮ママは、もう言葉を発することもできなかった。
なにを言いたいのか、それが聞き取れないほど、喉が乾燥していた。
それだけじゃなかった。
もう、喋る力もなかった。
頷けるほどの力もなかった。
それくらい、痩せ細っていた。
でも、まだ、視線を動かすことができたんだ。
意識が遠のいていく最中でも、必死に何かを訴えかければ、それに反応する挙動がある。
だから亮平は見てた。
最後のその瞬間まで、そばにいることを伝えるように。
午後14時を回った時のことだった。
バイタルの数字に異常が見られたのは。
亮ママは苦しんではいなかった。
ただ、慌てたように看護婦さんがドアを開けて、「木崎さん!」と訴えかけた。
その声に続くように「おかん!」という声が響いた。
「もう行くんか?!」
その声が、ただ、どこまでも。




