表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨上がりに僕らは駆けていく Part1  作者: 平木明日香
67/698

第66話


 「コーヒーが勝手に熱くなることはない。この意味は、わかるか?」


 「まあ」


 「ほんまに?」


 「いや、…まあ、なんとなくやけど」


 「せやったら具体的に言ってみぃ」


 「具体的に?例えば?」


 「例えば、なんで“熱くならん“のか」


 「えーっと、それはですね、ここにある水と一緒ですよね」



 そんなことを急に言われてもわかるわけないだろう。


 ただ、普通に考えて火とか熱を使わないとコーヒーは熱くならない。


 勝手に熱くなったらそれこそ大惨事だ。



 「そう。大惨事。火を使わんとコーヒーは熱くならん。ようするに、温度の上昇に伴って、エネルギーは発生する。熱力学の基本的な考えや。もしもなんの力も加えずにコーヒーが熱くなれば、火力発電所も、水力発電所も必要ない」


 「なんで?」


 「なんでって、スマートフォンが勝手に充電されるか?」


 「いや、勝手に充電とか、それこそ便利すぎるやろ」


 「そういう考えと一緒や。時間は常に不可逆や。物理的に、時間が未来に向かって一方向にしか進まんのは、今言ったように、エネルギーの発生が大きな関係を持っとる。時間を巻き戻すことが単純に可能なら、冷めたコーヒーが再び熱くなることも、可能や。その際に、エネルギーは必要ない。エネルギーが必要ない言うことは、簡単に言やぁ永久機関が“完成”してしまうことになる」



 “永久機関”。


 その言葉を何度か耳にしたことはある。


 確か理科の授業か何かで。


 私たちは生活をしていく上で、エネルギー問題に常に直面している。


 例えば石油とか石炭とか、化石燃料とか。


 火を起こすには外部から加える燃料が必要になる。


 その燃料を使ってエネルギーを発生させ、火を起こす。


 火が、ひとりでに発生することはない。


 もしひとりでに火が発生してしまえば、なんの力を加えることもなくエネルギーが発生してしまうことになる。


 亮平が言いたいのはつまり、そういうことだろう。


 “コーヒーが勝手に熱くならない”、という理由は。



 でもそのことと、亮平が言う「同じ現象が二度と起こらない」という事象の説明は、どんな繋がりを持っているのだろうか。



 「同じことが起こらないって、なんで?」


 「俺が未来から情報を送信された時点で、“すでに前あった世界とは違う状態”だからや」



 この“違う状態“っていうのは、言葉通りの意味らしい。


 スマートフォンの中にあるデータには、「容量」が存在する。


 日常的に使われている単位で言えば、MB(メガバイト)とかGB(ギガバイト)とか。


 つまり元々の世界の亮平と、情報を送られた亮平とでは、すでに「内蔵されている情報の量」が違う。


 「情報の量」が違うということは、具体的には、元々の世界との“エネルギー使用率/使用量の誤差“が生まれていることになる。


 この「誤差」は、すでに2つの世界が”同じ状態ではない”ということの直接的な結果に繋がる、ということを意味しているらしかった。


 つまり、——今、この瞬間に於いて“同じ状態じゃない“というのは、1秒後に起こる出来事も同じじゃないという状態に繋がるらしかった。


 しかもその「同じ状態じゃない」というのは、1つの大きな出来事に区分されるようなハッキリとした境界線を持っていないらしい。


 なぜなら、ここにいる”亮平そのもの”が、すでに違う状態だからだ。


 元々の世界では、「亮平が過去に戻ってきているという世界」ではなかった。


 その時点で、元々の世界の「純粋状態」は、永久に失われたそうだった。




 「せやったら、元々の世界と同じ状態に戻すには、どうすればええん?」


 「原理的には、不可能や」



 タイムリープとか、タイムトラベルとかの現象を頭の中で検証した時、私は、例えば一年前にあった世界に行けることを想像する。


 一年前の世界でもし誰かが死ぬのであれば、その日時にその「現象」が起こらないように、なにかしらの手段でその人を助けようとする。


 けど、ここで亮平が説明している「同じ状態ではない」というのは、常に発生し続けている「出来事の変動性」の外側に、“私たちが立つことはできない”とされていたからだった。


 具体的に言えば、一年前に戻って誰かが死ぬということを防ごうと思っても、元々あった世界の出来事が発生することは、微視的なレベルで“実現不可能”である、ということだった。


 これは、過去に戻っても、その時点で“過去に戻ったという外的な要因が発生してしまう”ことになるため、その“外的な要因を取り除いて過去に戻ることができない”以上、一つの出来事がもう一度「同じ状態」で発生するということは、経験的にも条件的にもすでに不可能である、ということが理由だった。


 結論を言えば、元々の世界で死ぬことになった「Aさん」という人間は、“過去に戻った世界=元々の状態とは違う世界“では、「死なない」ということ。



 「私はもう死なん、ってこと?」


 「恐らくな。だが、問題はそう単純やない」



 出た。


 すぐに「問題は単純やない」とか言う。


 今の話だと、50年先の情報があんたの頭の中にある時点で、“世界は変わった”わけでしょ?


 つまり、私の身に降りかかる運命や出来事も、丸々変わってしまったと言うことが、実際の「今の私の状態」というわけだ。



 「サイコロの話に戻ってほしいが、世界には定められたエネルギーの総量が存在する」


 「ベッケンシュタイン境界っていうやつやろ?」


 「このベッケンシュタイン境界というのは、元々違う用語でも存在していた言葉や」



 『ベッケンシュタイン境界』。


 この言葉は今の時代にも存在するらしい。


 未来では、もう一つの意味として扱われているみたいだけど。


 亮平は、元々のこの「ベッケンシュタイン境界」という言葉の概要を教えてくれた。



 【ベッケンシュタイン境界(ベッケンシュタインきょうかい、Bekenstein bound)は、エントロピー S、あるいは、情報量 I の上界であり、与えられた有限な領域の空間内には有限なエネルギーしか持たない、また逆に、与えられた量子レベルへ落とした物理系を完全に記述する情報の最大量があることを意味する。このことは、物理系の情報量、あるいは系を完全に記述するのに必要な情報量は、空間の大きさやエネルギーが有限であれば、有限でなければいけないことを意味する。計算機科学では、このことは有限の大きさとエネルギーを持つ物理系に対して最大の情報量プロセス率(ブレマーマンの境界(Bremermann's limit))が存在し、有限の物理的次元で無限のメモリを持つチューリングマシンは、物理的に不可能であることを意味する】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ