第606話
ハア、ハア、ハア。
息切れがする呼吸を整えながらたどり着いた、神戸中央病院の3階にある個室。
スライド式のドアを開け、視線が重なり合った。
「よ!」
まるで何事もなかったかのように手を挙げて、「差し入れでも持って来たんか」と尋ねる亮平。
開いたドアの前で落ち着かない思考が、脳内を駆け巡る。
そんなこともいざ知らず、亮平はベットの上で欠伸をかいて、退屈そうにしていた。
…何が「よ!」だよ…
なにも持たずにここまできた。
走りに走った。
差し入れなど持ってくるわけないだろう。
おでこに貼られているガーゼに指を当て、大丈夫なのかと聞きながら、怪我の具合を伺った。
「痛い痛い痛い!」
ものすごい形相でしかめっ面になり、「触んな!」と嫌がっている。
ごめん。
そんなに傷深かったの?と心配すると、「嘘嘘、冗談や冗談」と笑って私をからかってきた。
「ふざけんな!」
「なんや、もっと優しい言葉を使えんのんか?」
使いたいよ?
そりゃあもちろん。
でも冗談が言えるくらいだから、大したことないんでしょ?
…なんか、拍子抜けだ。
心配して損した。
まあ、大したことないんならよかった。
「今、千冬も来とんねん。売店行って朝飯買う言うてたわ。お前も行ってこいや」
キーちゃん、来てるんだ。
ひとまず探しに行ってみようか。
朝はコーヒーしか飲んでないから、お腹が空いて仕方がなかった。
キーちゃんと帰ってくるから、その時にまた話をしようと告げて部屋を出た。
売店は1階にある。
エレベーターを使おうと思ったけど、最上階に上がったままだったため、待つのがめんどくさいから階段を使った。
どうせ3階だし。
…それにしても、なんで亮平はあの場所にいたんだろう?
今さらだが、不思議に思った。
聞く暇がなかったからしょうがないけど、絶対偶然じゃないよね…?
連絡した覚えはない。
地元だったらまだしも、あんな場所、用がないと来ないでしょ?
何かの通り道でもないし、超ど田舎だし。
そもそも、住宅街だった。
そんなとこに用がある…?
…いやいや、ないない。
友達の家に遊びに来ていたということも考えられる…?
北須磨に!?
…だとしても、タイミングが良すぎないか…?
帰ったら聞いてみるか。
うん、そうしよう。
一階まで降りて売店に着いたが、キーちゃんは見当たらなかった。
あれ?おかしいな。
電話をかけてもやっぱり繋がらない。
もしかして階段で降りて来たせいで、行き違いになっちゃった?
まあ、いいや。
ひとまず買うもの買って、腹拵えをしようと思った。
おにぎりにポテチに焼きそばパンにその他お菓子。
レシートの会計表には炭水化物しか載ってないが、少しくらいいいだろう。
夜中に食べるわけじゃないしね。
亮平にもなにか買ってやろうと思ったが、病院の先生とかに怒られたらやだし、やめにした。
帰りはエレベーターを使った。
廊下を伝って、2人に『病院来ない?』と誘いのメールを送りながら205号室の横を通り過ぎた時だった。
部屋を出る時にちゃんと閉じていったはずの亮平の部屋のドアが、少しだけ開いていることに気づいた。
お、キーちゃんが帰って来たのかな?と思い、「おっす!」と元気よく挨拶しようとした先で、部屋の中からケラケラと笑い合う声が聞こえて来た。
見ると、亮平のベットの裾にキーちゃんが座りながら、冗談混じりに互いを揶揄いあっていた。




