【第9章】世界が終わる前に 第604話
目が覚めると、そこは自宅のベットだった。
パトカーの音も街の騒音ももうここにはなく、静かな時計の針の音がベットの横で流れていた。
今何時だろうと思って見ると、午前9時だった。
え!?9時?
驚いて飛び起きた。
そのまま部屋のカーテンを勢いよく開けた。
白い空。
空に覆われた雲。
慌てて部屋を飛び出て、階段を降りた。
リビングには母さんがいた。
「あら、おはよう」
何気ない朝の挨拶。
朝食の片付けをしながら、トースターでパンを焼いているようだった。
冷蔵庫からバターを一切れ取り出した後、キッチン越しに私の顔を見て、「あんた、大丈夫なん?」と心配そうに聞いてくるから、首を縦に振った。
「みんなは!?」
あの後どうなっちゃったんだろう。
スマホを見ても連絡がないし、いつの間にか朝だし…。
「ちょっと落ち着き。今コーヒー入れるから」
トレーの上にコーヒーとシュガーを乗せ、テーブルの上に運んできた。
そうして隣に座り、うろたえる私を見て宥めるように背中をさする。
「昨日なにがあったの?」
昨日の夜にあったこと。
それをどこから伝えればいいのかな?
いや、そもそも伝えるべきなのだろうか?
思わず「事件」のことを話してしまいそうになったが、とっさに口を閉じた。
「体調が良くなったら、警察の人が話を聞きたいって」
警察の人?
そうだ、亮平はどうなったの?
「亮君は…わからない。今は病院にいるみたいやけど」
「病院…!?大丈夫なん??」
まさかナイフで刺されたとか?!
怪我でもしたの?!
最後に亮平を見た時は、確かに無事だった。
あれからどうにもなってないよね??
「亮君のお婆ちゃんとも連絡したよ。怪我は大したことないって。でも警察の人が色々話を聞いてるみたい」
まあ、確かに大変だったからな。
本当にあんなことが起きるとは思わなかった。
でも、怪我がないならほんとに良かったよ。
「あんた、昨日なにしとったん?」
…えーっと。
言葉に詰まる。
説明したいけど、説明できない。
昨日のこと、母さんはどこまで知ってるんだろうか?
「4人で遊んでただけやで」
余計なことは喋らないようにしよう。
起きたばっかりで整理できないけど、事が事だけに話がでかくなると厄介だ。
慎重に言葉を選ぼうと思った。
母さんは話をごまかそうとしてる私に気が付いたのか、「怒らないからちゃんと教えて」と言ってきた。
「遊んでただけやって」
「あんな場所で?なにしにあんなとこ行っとったん」
それは…。
別に何でもないよ。
4人で、散歩がてら遠出してただけだ。
カラオケ行ったり、食事したり、買い物したり。
だけどその説明に少しも得心していない様子で、ダイレクトに「事件」についてを聞いてきた。
「じゃあなんであんなことに巻き込まれたん?警察から聞いたで、あんたから電話があったって」
そういえばそうだった。
私が電話をかけたんだ。
無我夢中で、とにかく急いでかけなきゃと思ったから。
「そりゃ…」
また、言葉が詰まりそうになったが、咄嗟に今回のことを頭の中で整理した。
余計なことは言わなくていいんだ。
伝えるべきことを伝えなきゃ…!
そう思って、とにかく「ありのままの現実」を伝えようとした。
「あの場所で見たんや。ナイフ持った男が歩いてるって思って…」
この「嘘」は、自分の母親につくべきものではないかもしれない。
嘘とわかりながら吐いた言葉に、母さんが相槌を打つ。
私の目を見て「なにもされなかったのよね?」と尋ねるそのセリフに、少しだけ罪悪感が湧いた。
「大丈夫だよ、私は」
母さんは母さんで、まだ納得がいっていない様子だった。
私が知っている「全て」のことは、母さんには伝えられない。
隠してることがあるならちゃんと言いなさい、と、私の目を見て言われそうな気がしたが、母さんはなにも言わなかった。
「亮平がいる病院ってどこ?」
その言葉に対して少し戸惑った様子を見せていたが、「確か…、中央病院やった」と渋々口にした。
「まさか会いに行く気ちゃうよな?」
もちろん会いに行く。
無事なんでしょ?
だったら少し顔を見ておきたい。
「あかん。今日はもう家におりんさい」
そう言ったきり、足止めを食らってしまった。
そもそも入院してるってどういうこと?
見た限りじゃ、額に傷を負っていたくらいだ。
大した傷じゃないんだったら、わざわざ病院で寝泊まりする必要ないよね?
だけど「絶対に行くな」の一点張りで、しまいには近所迷惑なほどの怒鳴り声で「ダメ!」と叱りつけるのだった。




