第593話
「ここの生徒?あなたたちは?」
全然、怪しいものじゃありません。
が、それを一字一句伝えてしまうと完全に「怪しい人物」に昇格してしまう。
なんて言えばいいだろうか。
なんて伝えれば、怪しまれずに済むだろう。
そこで綺音が動いた。
「大学が開催した今年の西瓜イベントに参加した時に、早川さんって言う人に色々お世話になったんです。お礼が言いたくて、会いに来たんですけど」
ワオ。
なんという話術だ。
言葉だけじゃなくその身振り素振りも自然で、少しも落ち度がない。
綺音は時々私の想像を超えて多彩な才能を発揮する。
数学の問題をスラスラ解くし、文化祭で踊ったダンスだってキレッキレで、しいて弱点を挙げるとすれば、おばけが苦手なことくらい。
綺音の話術に騙されて、職員の人が「そうなんですか」と得心してしまっている。
ナイス!
…しかし、具体的な情報までは提供してくれなかった。
「今は冬休み中だから、授業がないのよ。それに早川さん、だっけ?具体的なことはこっちから言うことはできないわ。個人情報だから。ただ、伝言なら預かっておくけれど」
伝言じゃあ意味がない。
それに事件の発生は5月5日の1週間前だ。
一刻を争ってる。
かと言って事件があることを伝えるわけにもいかないから、困った。
「でもイベントに参加してた子なら、運動場とかクラブハウスとかにいると思うから、話を聞いてみたら?」
休み中でも、サークル活動や研究室に通ってる学生がいるそうで、各館に行ってみたら?と教えてくれた。
だから本館を出て、ひとまず4手に分かれることにした。
キーちゃんはA〜C館、アキラはD〜F館、綺音はG〜I館で、私はテニスコートやカフェテリア、クラブハウスなどの「サークル系」に焦点を当てることにした。
「それじゃ、なにか収穫があったらラインで」
今一度地図を見る。
M館から一番近いのはテニスコートだ。
コートの中にはさっき何人かいたようだったから、その人たちに話を聞いてみよう。
階段を降りて芝生の広場に出た。
広場から見える一番大きい建物が「F館」だから、それを目印とするとコートに降りる通路が東側に見えるはずだ。
ぐるっと大巻に敷地を歩き、コートまで続いている直線上の坂道を見つけた。
でも、なんて話しかけよう?
綺音のように西瓜イベントを念頭に話を広げてみようか?
いやいや、素直にストレートに聞くべきだ。
変に嘘をついて誤魔化せるほど口が達者じゃないから、無難に無難に。
道路側から見た大学は、川を隔てた山の中に各館を建てているので、全体がどれくらいの広さかを正確に測ることができない。
けどこうやって構内を徘徊していると、改めて、ものすごい面積の敷地なんだということがわかる。
坂道から見えるテニスコートも、全部で4コートあるが、道路からは見えない低地にあった。
街中にある運動公園のテニスコート並みに広い。
縦の長さだけでも100メートルくらいありそう。
こんな空間が桜木町の真上にあったなんて、想像することもできなかったよ。
コートに入るための柵の扉を開き、キィーという金属音が鳴り響いたのを聞いて、コート内にいる女子大生数名が、こっちを見た。
よく見ると、男の人も3人くらいいないか?
動きやすいスポーツウェアを着て、汗を流していた。
顧問ではないだろうし、周りの女の人と同い年くらいに見える。
随分若々しいな。
パーマに茶髪。
それからメガネ。
おーい、ここは女子大だぞ。
中に入って、ベンチに座っているお団子ヘアのお姉さんに、話を伺うことにした。
優しそうな顔立ちだし、真っ先に私のことを見て挨拶してくれたからだ。
「こんにちはー」って、にこやかに。
「あの、こんにちは」
我ながらぎこちない。
初対面だし、年上すぎて何て言葉を使えばいいかもわからないから、出来るだけ低姿勢になろうとした。
「どうしたの?」
「人を探してるんですけど…」
全く、キーちゃんがちゃんと情報を仕入れてたら、こんな回りくどいことをしなくてもいいのに。
「人?ここのサークルの人?」
「いえいえ、違うんです。この大学の、早川玲於奈さんって人なんですけど」
「早川玲於奈?何年生?」
学年?
…ああそうか、大学って何年まであるっけ。
3年?4年?
とりあえず年齢だけはわかっていたので、それを伝えた。
「何年かまでは分からなくて…。24歳の人です」
「24歳?」
お姉さんは、クスッと笑っていた。
何に対して笑ったのかは分からない。
でもきっと、私のことだろう。
いきなりテニスコートに来るなり人を探してると言って、分かってる情報が「名前」と「年齢」だけなんて、客観的に見るとおかしいもんね。
するとコート内で練習していた人が、会話に参加してきた。




