第581話
病院で、亮ママと約束していた。
絶対また、家に帰って来てね!
家の掃除も、庭の水やりも、全部やっておくから、必ず。
毎日宿題をする。
好き嫌いせずに、ちゃんと野菜も食べる。
日本でいちばんの剣士になって、母さんの病気をやっつける。
亮平の「夢」だった。
もう一度、あの日々を取り戻すことが。
「夏の大会で、必ず優勝する。だから、帰ってきてほしい。…そう言ったやろ?」
日に日にやつれていく亮ママの隣で、手を握ってた。
絶対に勝つ。
負けないって約束する。
逃げないって言ったじゃん。
あの時、亮ママが、あんたの手を握り返した時。
「…ふざけんな」
チャイムが鳴って、周りの生徒が席につき始めた。
「おはよー」という声。
遅刻ギリギリで駆け込んでくる男子が一名。
私も教室に戻らなくちゃいけなかった。
亮平は私を見てた。
視線を泳がせず、ただ、まっすぐ。
動揺する彼の言葉に対して、何か言うことはできなかった。
もう少し時間があれば、もっと、説得できる話を出せたかもしれない。
ただひとまずは、離れなきゃ。
「…また来るわ」
ちゃんと伝わっただろうか?
今の話が、本当だったかどうかはさておき。
…仮に本当だったとして、説得できたようには思えない。
キーちゃんの作戦によれば、亮平を大学に連れていって、記憶の中で亮ママに会ってもらう。
その上で、彼があの日以降の気持ちと区切りをつけてくれれば、というものだった。
ホームルームを終えた後、キーちゃんの所に向かった。
どうにも、乗り気にはなれなかったからだ。
作戦もそうだけど、第一こんなことで、アイツが前を向くとは思えない。
実際問題、亮ママには会えないんだ。
この世界にはもう、いないのだから。
「話してきたけど」
「それで?」
…それで、と言われてもですね。
進展があったかどうかと言われれば、無い。
怒らせただけだ。
多分。
絶対怒ってた。
すごく睨んでたもん。
「ちゃんと伝えた?」
「うん、まあ」
「曖昧だなあ」
「しょうがないやん。まともに聞いてくれんのやもん」




